リーディング・ハイ

結婚が怖い28才独身女が「逃げ恥」を読んで、決意したこと。《リーディング・ハイ》


nigehazi
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記事:おが あやな(リーディング&ライティング講座)

 

28才独身。絶賛、結婚適齢期。

周りの友人は次々と結婚を決め、Facebookのタイムラインにまぶしい幸せを振りまく、華やかな今日この頃。なのに、だ。

率直に申し上げよう! 私は今、結婚が怖い!!

怖くてたまらない!!

こんなことを言うと驚かれるかもしれない。

なにせ、ずっと、結婚願望は強い方だったのだ。異常なほどに。

16の誕生日を迎えた日から「早く結婚したい、早く結婚したい」と言い続けてきた。付き合って1週間後には「ねぇ、いつ結婚してくれるの?」と迫り、ようやくできた彼氏に「必死すぎて怖い」とドン引きされた。友人からも「あんたは最初に結婚して、同窓会に子連れで来るタイプだよね」と言われた。まんざらでもなかった。

わかっている、自分でも異常だと。だけど、止められなかった。どうしても結婚したかった。結婚の意味を知らないころから、早く結婚したかった。

私は結婚の何に憧れていたのだろう?

なぜ今はこんなにも、結婚が怖いのだろう?

今夜もまた、誰もいない一人暮らしの部屋に帰る。

眠れない夜が来る。

 

「逃げ恥」を観る気にはなれなかった。

ミーハーだし、ガッキーも星野源も大好きだし、本当だったら我先に恋ダンスを習得しているような性格なのだ。なのに、どうも火曜日の夜になると気分が落ち込む。テレビを消し、「逃げ恥」の実況で盛り上がっているTwitterLINEからも目をそらしてしまう。

理由はただ一つ。「結婚」がテーマになっているから。

どんなに世間が盛り上がっていようが! どんなにガッキーがかわいかろうが! どんなに恋ダンスが流行っていようが! 私は10月からの3ヶ月間、「逃げ恥」から逃げ続けていた。

しかし、「逃げ恥」からは逃げられても、逃げられないものがあった。

それは「現実」だった。

11月の終わり、イチョウの葉が黄色く色づくころ、久々に会った母はお決まりの呪いをかけた。

「あやちゃんももう28才になるとね。お母さんがあんたば産んだときと、同い年たい」

知ってる! 知ってるよ、お母さん! お母さんは27で、おばあちゃんは26で結婚した! だから私はずっと「きっとあやちゃんは28才で結婚するんやろうね」って言われてきた! それはもう、呪いのように、呪いのように!

「彼氏ともう5年も付き合っとるんやろ? そろそろ結婚の話とか、出らんとね」

「あはは~? 出るような、出ないような~?」

「はぁ、あんたの彼氏は相変わらず煮え切らん男やねぇ」

ごめん、彼氏。理不尽にも、君のことを悪者扱いしています。本当に煮え切らないのは、私の方なのにね?

28才で5年付き合っている彼氏がいて、仕事もそこそこ落ち着いて、順風満帆じゃないか。母をはじめ、周りからは「なぜ結婚しないのかわからない」と言われる。

確かにそうだ。結婚の話は出ないわけではない、けれども。

仕事がどうとか。お金がどうとか。そのたびに理由をつけてごまかしている。

「よく言うよ。自分だって、結婚して苦労したくせにさ……」

ぐちぐちと小言をこぼす。母は何食わぬ顔で、私がお土産で買ってきた通りもんを頬張っている。私は忘れていない。きっと彼女も忘れてなどいないのだろう。

結婚は人生の墓場だという。だとしたら、家族は何だ? アダムス・ファミリーか?

『ねぇ、お父さんと離婚してもいい?』

母が泣きながら私にすがった日のことを、忘れていない。

私は呪われている。だから、28才に刻まれた「結婚」の二文字がこんなにも怖いのだ。

 

結婚したら毎年ハワイに行こうね、北海道もいいな、子供ができたらバレエを習わせたいね、背筋がぴっと伸びて凛とした子になるように。付き合って12年、そんな夢物語を語っている間は楽しかった。

結婚しても仲良しでいようね、ずっと同じベッドで腕枕をしてね、子供ができたら真ん中に寝かせて読み聞かせをしたいね、あなたみたいな本好きの子に育てたいから。34年の間に、大きな喧嘩も何度かあったけれど、乗り越えるたびにお互いを理解し合えた。

5年も経つと、ただただ怖い。

「現実」からは逃げられない。

夢だと思って語っていれば、楽しいだけだった。だから私はずっと、「結婚したい」と口にし続けていたのだ。憧れのままでいてほしかった。手を伸ばしても届かない月のような存在でいてほしかった。

現実はもっと、生々しいじゃないか。

父と母にだって恋人同士だった時代はあったはず。なのにどうして、互いを罵り合うようになってしまったのだろう。

嫌だ、離婚しないで、家族一緒がいいよ、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと、私の四人で家族なんだよ、バラバラになるのは嫌だよ――

母が泣いた日、いつの間にか私の方が大泣きしていた。

母は私をぎゅっと抱きしめて、それで、何と言ったのだったか?

泣かせちゃってごめんねぇ、お母さんが悪かったね、ずっと一緒がいいよね、お母さんが我慢すればそれで――

あの頃、母にとって父と一緒にいることは「我慢」だったのだ。

かつては恋人同士だったはずなのに、望んで一緒になったはずなのに、どうして結婚は人生の墓場と化してしまうのだろう。どうして人の心は変わってしまうのだろう。

 

私はエゴイストだ。母を墓場に縛りつけた。子供の涙で「我慢」を強いた。

そしてこの期に及んでまだ、エゴの限りを尽くそうとしている。

彼の心変わりを不安に思っているわけではない。それはまったく問題ではない。ただ、私は、今の自分でなくなるのが怖いのだ。

いつか、「彼と別れたい」と言い出すのではないかと、それが一番怖いのだ。

今はこんなに大好きな、世界で一番大切な人。父のような息子のような、兄のような弟のような、恋人。彼に「夫」という肩書が増えたあと、いつか一緒にいることを「我慢」だと思う日が来るのなら、彼に「嫌いになった」と言われるよりも不幸だと思う。彼に捨てられるのは怖くない。彼を捨ててしまえる自分になってしまう方がよほど怖い。

ごめん、彼氏。君の彼女はとんでもないエゴイストだ。

 

「逃げ恥」を観る気にはなれなかった。

もう、結婚に憧れるつもりはなかった。

なのに、今、私の手元には漫画がある。「逃げるは恥だが、役に立つ」。なんと、第8巻! くそぅ、最新刊じゃないか! 1巻を読んで1冊、また1冊と増えていき、1週間も経たないうちに既刊全巻が部屋に揃っていた。

なぜなのか。なぜなのか!

きっかけはまたしても母だった。ドラマも面白いけど、やっぱり紙の本がいいよと否応なしに押しつけられた。母に読まされた1巻、自主的に買い集めた2巻から8巻。ずっと逃げてきたのに、何なんだ。逃げてもいいんじゃなかったのか。

一人暮らしの部屋の隅に積んだ8冊の山が、私を見つめている。

ガッキーではないみくりさんが。星野源ではない平匡さんが。

「逃げるな」と言っているように見える。

漫画を押しつけた母は「まぁ、28才にこだわらんでも、いつでもいいんやない? 結婚って、結局タイミングやし。お母さんがお父さんと結婚したのもタイミング、タイミング」とケラケラ笑った。

あの日泣いてすがった母の姿は、過去のものだった。「結婚」から逃げているつもりで、捕らわれ続けていたのは私の方だったのかもしれない。母はもう泣いてなどいない。

漫画を開く。逃げ続けていた「逃げ恥」と向き合う。丁寧に紙をめくっていく。

あぁ、そうか。やっと気づいた。

人の心は、変わってしまって、いいのかもしれないなぁ。

みくりさんの顔が母の顔に、平匡さんの顔が父の顔に重なる。私はドラマを見ていないから、ガッキーと星野源とは重ならない。

年を重ね、穏やかに笑い合う、今の母と父に見える。

人の心は変わるものなのだ。それは決して、悪いことばかりじゃない。

 

「ねぇ、『逃げ恥』観てる?」

大嫌いだった火曜の夜10時、彼にLINEを送った。すぐに既読がつく。思わず笑ってしまった。一人同士で過ごす夜なのに、姿は見えないのにすぐそばにいる気になるから。

ぴこん、と音がして彼からLINEが返ってきた。

「観てるよー」

ハートを飛ばしまくる猫のスタンプが送られてくる。

「ガッキー世界一かわいい。ガッキーと結婚したい」

……って、コノヤロウ!!!

 

もうすぐドラマは最終回。原作のどの辺まで進んでいるのだろう。みくりさんのあーんな台詞や、こーんな台詞を、ガッキーが発しているのだろうか? それとも、ドラマはドラマで別の展開を見せているのだろうか? 星野源演じる平匡さんはかっこよかったり、かわいかったりするのだろうか?

原作はまだまだ続く。みくりさんと平匡さんの不思議で甘い結婚生活も続く。

結婚が怖かった28才独身女の私はというと、逃げるのをやめた。見てろよ。今年のクリスマスこそ、君にプロポーズしてみせる。

ガッキーじゃないけど、世界一かわいくもないけど、いつか感情が爆発して突然「別れたい」なんて泣き出すかもしれないけど。

それでも、私と結婚してくれませんか?

私と一緒に、笑顔の絶えないアダムス・ファミリーを築きませんか?

どうぞ、ご検討ください。よろしくお願いします。

 

海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ」 講談社KC Kiss(1~8巻以下続刊)

 

 

 

 
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2016-12-20 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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