聞いてくれ! 君のおっぱいだけが好きなわけじゃないんだ。《リーディング・ハイ》
記事:おが あやな(リーディング&ライティング講座)
あなたの憧れの女性は、と問われたら。
一体、誰を思い浮かべますか?
母でしょうか。祖母でしょうか。それとも、歴史上の女傑?
私はそのどれでもありません。
頭に浮かんだその人の名前を口にすることに少し躊躇いを覚えてから、おそるおそる、答えるでしょう。
「壇蜜です」
本名を「齋藤支靜加」というらしいその人の、かりそめの名を。
私、「壇蜜」に憧れています。
――貧乳のくせに、ね!
エッチなお姉さんは好きですか?
私は好きです。大好きです。
え? なんですか? 女が巨乳好きではおかしいですか?
ばか言え、美しいものに惹かれてしまうのは全人類共通でしょう。頬骨、肩、胸、腰、尻、膝小僧……からだ中に存在する曲線という曲線を、あんなに惜しみなく提供してくださるというのに、これが拝まずにいられますか!
もう、なんですか? え? 自分にないものを求めてるだけだって?
そうですよ、確かに私は貧乳ですよ。谷間とか横乳とか下乳とか、全部ぜええんぶ無縁の存在ですよ。鎖骨のずっと下の方に、ちょっとだけ盛り上がった脂肪の山――すみません、見栄を張りました――脂肪の丘がついてるだけですよ!
私だって、私だってなぁ、地面に向かって、重たく実るようなたわわなおっぱいが欲しかった! 惜しげもなく人前に晒せるような、肉体でありたかった!
『実るほど、頭を垂れる稲穂かな』
内面が豊かであればあるほど、人は謙虚に、低姿勢になるという意味の格言です。私のおっぱいは豊かではないばかりに、今日も高々と天に向かって頭をもたげています。私だって謙虚になりたいのは、やまやまなのですが。
人は自分にないものを求める。確かにそうなのかもしれません。
しかし、私が「壇蜜」に憧れるのは、決して「壇蜜」がエッチなお姉さんだからではありません。もし「壇蜜」が貧乳で、たとえお尻が絶壁のようでも私は彼女に憧れたでしょう。
賢いくせに、悲しい彼女に。
初めて私が彼女の言葉に触れたのは、テレビ番組のコメントでした。
熟した見た目とは裏腹の、少女っぽいかわいらしい声に興味を持って、ラジオを聞いてみました。
そこから先は、もう、ずぶずぶと。
「壇蜜」の操る日本語はとても美しいものでした。まるで書くように、話す人だと思いました。
エッチなお姉さんだって? エロの伝道師だって? とんでもない。この人の価値は目に見えないところにある。からだも顔も、私の耳に引っかかったかわいらしい声でさえ、「壇蜜」としてパッケージ化された商品でしかないのだ。
そうして、ついに、私は彼女の本を手に取りました。
文字になった言葉は、言葉の主を手に入れた気分に浸るのに最適です。
本を読んでいる間、私は「壇蜜」の一番の理解者でした。
彼女の言葉を読み、内面に触れてみると、たわわに実ったおっぱいは、彼女の涙に育てられたものなのかもしれないと思うようになりました。あんなに美しい造形をしているのに、優しくて、どこか悲し気に見えるから。あの丸い豊かな胸が、男の無骨な手の内でぐにゅりと形を変えるところを想像すると、私は少し、泣きたくなってくるのです。
豊かな乳は張りを保ったまま、強い力を受け入れるのでしょう。
そうして「壇蜜」は、静かに息をつくのだろうと思います、まるで自嘲するかのように。
先へ、先へ進みたいのに、どうもうまくページをめくれない。指に吸い付いて離してくれない。本に刻まれた彼女の言葉が、しっとりと濡れているように感じました。
あんなにきれいなのに、どうして悲しそうなのだ?
あんなに賢いのに、どうして愚かに生きようとするのだ?
どうして世界に一人ぼっち、みたいな顔をするのだ?
知らず知らずのうちに私はどうやら泣いていたみたいです。どおりで。指が濡れるはずだ。私の涙じゃないか。
だって、彼女があまりに儚げにこちらを見つめるものだから。写真と、言葉の両方で私に語り掛けてくるものですから、そこにいるのが「壇蜜」なのか、「齋藤支靜加」なのか、だんだんわからなくなってきました。
確かなことは一つ。私は彼女を好きだということ。
彼女に憧れているということ。
濡れた手で試しに自分の胸を触ってみました。本の中にいる「壇蜜」と同じものがついているとは思えない固さで、ぐい、と押し返されました。
私の手の中でさえ形を変えてくれない頑ななもの。謙虚になれない私のおっぱいよ。
あぁ、「壇蜜」になりたい。静かに頭を垂れる稲穂になりたい。
貧乳のくせにそう願ってしまうのは、はじしらず、でしょうか?
ないものねだり、でしょうか。
あの豊かさは、涙の雨に育てられた稲穂は、私のからだにはきっと一生実ってくれないのでしょう。
だからこそ。
エッチなお姉さんは好きですか?
私は好きです。大好きです。
エッチでもエッチでなくても、私は好きです。壇蜜さん。
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壇蜜「はじしらず」(朝日新聞出版)
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