コイスルシクミ《リーディング・ハイ》
記事:紗那(リーディング&ライティング講座)
「で、俺ってどうやらキモチワルイやつらしいんですよ!」
そう言うと、くしゃりと顔を崩して笑う男は、切れ長で綺麗な瞳の持ち主だった。
は? この男は何を言っているのだ?
どこからどう見ても彼はイケメンという特殊能力の持ち主だ。
180センチを超える身長も、しゅっと整った顔立ちも大手企業の営業マンというステータスも、全てにおいて女にチヤホヤされる種類の私が苦手な男に違いない。
それなのに「キモチワルイやつ」だなんて世の中の多くの人を敵に回す発言だ。
「いやいや、絶対モテますよね?」
私は手元の梅酒をぐいっと飲み干すとやっていられなくなった。
イケメンのくせに何言ってんだ。
これだから、イケメンはムカつくんだ。自尊心の低い私はイケメンが苦手なのだ。イケメンの余裕な振る舞いに何度イラっとさせられたことか。
「いやいや、俺振られてばっかりですから!」
はぁ?
心の声が漏れそうで慌てて口をつぐむ。
んな、わけないだろうに!
「で、なんでキモチワルイってことに気づいたかっていうとある本を読んだからなんですよ!」
その男の目が輝く。
私と彼は、とある読書会で知り合った。たまたま同じテーブルになり、同世代ということで何人かと会の後に飲みに行く流れになったのだ。
「これ、読んだらなんか恋愛について理解が深まったんですよね!」
ほう、なるほど。
それは、アラサー、独身の私には非常に気になるじゃないか。うーむ、気になる。さっきのムカムカが落ち着き、純粋な興味が湧いてくる。
「へぇ、そうなんですか。で、どんな本ですか?」
冷静を装って答える。しかし、心の中は前のめりだ。
ポーカーフェイスはこういう時に役に立つ。いやいや、だってイケメンの前で恋愛本にがっつくアラサーなんてダサいじゃないか。だから、できる限り冷静なトーンで切り返す。
「そもそも、恋愛ってなんでするか考えたことあります?」
彼は枝豆をポリポリ貪りながら、声をひそめる。
知らん。
そんなもん知るか。
知っていたら、とっくに幸せな結婚してるわ! と心の中で激しくツッコミを入れつつ、首を振って彼の顔を見る。
「この本読むと、わかっちゃうんですよ! それが!」
イケメンのくせにとても無邪気に笑う男だ。
「え! ちょっと教えてくださいよ!」
私も枝豆に手を伸ばす。
気になる。気になる。非常に気になる。
乾いた枝豆が不味いとか、目の前のイケメンの前で取り乱してダサいとか、そんなことは段々どうでもよくなってきた。
だって、私も幸せな恋愛がしたい!
だから、イケメンよ! 私に答えを教えてくれ!
このイケメンのおかげでこの後の私の人生が、キュンに満ち足りたものになることができるかもしれない。イケメンは枝豆を手持ち無沙汰にぷらぷらさせながら、ほんの少し口角をあげてニヤリとする。
「人を好きになるのは、変わりたいからなんですよ」
「え?」
「好きになった相手が自分をどこか違うところに連れて行ってくれそうだから好きになるんです! 恋愛体質な人は常に変わりたいと思っているということらしいです!」
私は枝豆に伸ばした手を止めた。
あ、そういうことか。
「極論、恋する相手なんて誰でもいいんですよ! 自分を変えてくれそうな誰かならね!」
イケメンはキメ台詞のようにそう言うと満足そうにまた枝豆を食べている。
おそらく、そのイケメンが言いたかったこととは、少し違うのだが私は彼の言うことがとても腑に落ちた。
私は変わりたくなかったのだ。
自慢じゃないが私は恋愛体質ではない。そんなにすぐに人を好きにならないし、キュンキュンしまくっている友達や、常に恋愛している友達を見ると羨ましくなる。キュンセンサーが別売りされているのなら、購入して装備したいと真剣に思う。しかし、それはきっと自分が変わるのが怖くて、人を好きになる気持ちにブレーキをかけていたということなのだろう。
だって恋をすると、自分が自分でなくなる気がする。いつもの自分がガラリと変わってしまう。片想いの期間は送ったLINEの返事が来ないだけでソワソワするし、すぐに返信をすると暇なやつだと思われるだろうか等と無駄な思惑を繰り広げ、スマホを遠くに追いやってみたり、たった一言言われた言葉を何度も何度も脳内再生して無駄な妄想を繰り広げたり。
いざ、付き合い始めてみればいつも冷静なはずの自分が、相手の一言で振り回され、嫉妬したり、不安になったり、好きだからこそ嫌味を言いたくなったり、とにかく自分が汚くて、めんどうくさい生身の人間だということを目の当たりにしなくてはいけない。いい歳して本当に情けないのだが、そんな風に可笑しな行動ばかり取ってしまうダメダメなアラサー代表なのである。
恋をすると見たくもない自分の恥ずかしい一面や、新しい一面がペロンペロンと出てくる。今まで1ミリも興味がなかったことでも好きな相手が好きなものなら興味を持つだろうし、変わろうなんて意識しなくても色々なことが変わってしまう。付き合う人によっては見える世界が180度変わってしまうこともあるのだ。
そういうことが私は怖くて仕方なかったのだ。
だから、慎重に慎重に、安易に人を好きになったらいけないとへっぴり腰で生きてきたのかもしれない。
「あの、聞いてます?」
目の前にある綺麗な顔の男の声で私は意識を現実に戻す。
「あ、ぼっーとしちゃいました。で、その本は誰の、何て本ですか?」
「二村ヒトシっていう人なんですけど」
イケメンはまたニヤニヤしている。
「へー、知らないです」
「実は、この人すごい人なんですよ!」
「有名な作家ですか?」
「有名な監督です」
「あ、映画か何か?」
「いや、AV監督です!」
「は? エーブイカントク?」
私はまたしても枝豆に伸ばした手を止めてしまった。
AV監督?
なぜ?
いや、恋愛については知りたいけれど、別にそういうエロを勉強したいわけじゃないのだ。確かに、色気とかエロさとかあったほうがいいのだろうけれど、何もAV監督の本って……。
「いや、この人すごいんですよ! 人が恋する仕組みをちゃんと考察してあります! だから、騙されたと思って読んでみてください! 本当に本当に目から鱗が落ちたんです!」
イケメンが私の不安げな顔を見て、自信満々に笑っている。
「まぁ、そこまで言うなら気になるので読んでみます!」
私は乾いた枝豆にもう一度手を伸ばすとイケメンの顔を見てそう答えた。
彼は満足げな顔で頷いている。
「それで、それ読んでから、いい恋愛できそうですか?」
「はい。いい恋愛できそうです。今まさに!」
今まさに?
イケメンがじっと私の目を見る。
澄んだ綺麗な切れ長な瞳に吸い込まれそうになる。
やばい。
なぜ、今までに気づかなかったのだろう。
よく見たらこの人、私のどストライクな顔じゃないか!
キュンはここに落ちていたのか!
もしかして、もしかして私を変えてくれるのはこの男なのか!
恐る恐る私は口を開く。
「そうですか。でも理想高そう!」
私の言葉にイケメンは首を大きく振っている。
「全然理想高くないですよ。ガッキーレベルなら、いつでも付き合います!」
満面の笑みで答える彼の言葉に私は耳を疑う。
「え?」
は? ガッキーレベルの女?
ガッキーレベルの女が石ころみたいにコロコロ転がっているわけないじゃないか!
イケメンの無邪気な顔が私の目の前で笑っている。
ダメだ。ダメだ。
さっきのキュンは取り消し!
とりあえず、むかつくけれどこのイケメンに勧められた本を読むことにしよう。
私が恋愛体質になれることを信じて…。
紹介作品:
二村ヒトシ「なぜあなたは愛してくれない人を好きになるのか」
………
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