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リーディング・ハイ

SMの「放置プレイ」が苦手な人に全力でおすすめしたい短編ミステリー《リーディング・ハイ》


記事:貫洞沙織(リーディング&ライティング講座)

 

 

わたしは長編を読むのが苦手だ。ストーリーに置いて行かれるあの感じが、幼少期に母親の手を見失った心もとなさと、息苦しさを思い出してしまう。

 

 

わたしは、よく迷子になる子どもだった。キャラクターのついたおもちゃを見つけたとき、おまけの付いたお菓子を見つけたとき、道端に小猫がいたとき、てんとう虫が葉についているのを見つけたとき。

 

わたしは母親の手をすり抜けて、さっとそれらに近づいていく。おもちゃやお菓子のときは母親が数歩引き返してわたしの手を引き直してくれた。でも子猫やてんとう虫のときは、つい動く生き物たちについて行ってしまって、結局迷子になった。

 

 

迷子になった町は、知らない場所でとても不安だった。一生このまま発見してもらえないのじゃないかと思った。わたしは不安でもじっとしておれない性格だったので、元いた場所からかなり離れたところで発見されることもあった。

 

 

幸い、わたしが生まれた町の商店街には「迷子のお知らせ」の放送があった。そこでわたしの名前が町中に響き渡るスピーカーで放送された回数は、軽く20回を超えたという。「迷子のさおりちゃん」「落ち着きのないさおりちゃん」としてちょっとした(悪い方で)有名人だった。まあ、そのおかげで大抵発見してもらえたので助かった。

 

 

母親はひどい育児ノイローゼにかかった。

 

「女の子は育てやすくていいわねえ」

 

と通りすがりの人に言われたとき、わたしをジッと見て殺意を覚えたこともあったという。

 

 

 

 

時がたち、わたしは大人になった。勉強をしたことがなくて、本など読んだことがない人間であったが、いろいろあって本を読む機会にめぐりあえた。人生でうまくいかないことを、本の中の人がことばにして昇華させてくれる体験は酒よりも友よりも優しかった。(まあ当時、友はいなかったのだが)

 

 

 

 

いろいろ読んでいくうちに、純文学に助けられ、人生が楽しくなった。少し余裕ができてきたころ、ミステリー小説というものに心を奪われた。うまく言えないが、物語に参加している気分になるのが楽しいのだ。遊びに出かけなくても、島に遊びに行っている気持ちになれる。

 

わたしはミステリー初心者であるが、読み始めるとかなりのめりこむ。時のたつのを忘れて謎解きに没頭し、脳内で「島の地図」ばかり思い描いている。人生で一度くらい「島に呼ばれる」という体験がしたい。なぜか島にあるホテルで一泊しなければならない状況になり、外は豪雨になり、携帯の電波が入らない状況になりたい。密室で何かが起こってほしい。悲鳴をあげる女の子の肩を抱いてリビングから自室に去っていきたい。(なんだそりゃ)

 

 

 

とにかく、ミステリー小説は麻薬のようなのである。

 

 

 

 

こんなに好きなのに、実はわたしは長編を読むのが苦手なのだ。子どものころの実生活とおなじで落ち着きがなく、物語の中で迷子になってしまうのである。置き去りにされてしまうのである。ひとりぼっちで取り残されてしまうのである。

 

単に脳内の「ミステリー筋」がまだ弱いだけなのかもしれない。鍛えれば読めるようになるのかもしれない。上下巻に分かれたミステリーをいくつか読了しているのだから、大丈夫なのかもしれない。

 

 

わたしのミステリー好きを性癖でたとえると「放置プレイが苦手なマゾ」みたいなものだ。

 

 

ご主人様が部屋から出て行ってしまったらもうプレイどころじゃない。ご主人様早く帰ってきて! どこ! ねえ今までの流れ全部忘れちゃうよ! 放置無しでやってよ! ねえ! ねえ!

 

……わがままなマゾである。(SM専門用語だとこういうマゾのことをエゴマゾと言う)

 

 

いつしかわたしは、本を読むにあたって、長編ミステリーを避けることが増えた。長い物語を読む場合、ただ追っていく読書を好んだ。読みやすい本に囲まれ、読了を続けていると「わたしは本が読める」という成功体験が積み重なる。だからわたしは、絶対にわたしの手を離さずにいてくれる、Sっ気の少ない本とイチャイチャするのだ。

 

 

幼少期は母に見放され、物心ついてからはクラスからのけものにされ、大人になってからは放置プレイに辟易してきた。せめて本を読むときくらい誰からも見放されたくない。べったりくっついて離さないでほしい。

 

物語に見放されずに、ミステリーを楽しみたい……!!

 

そんなわがままなエゴマゾには、この二冊が良いんじゃないかと思う。深くは語らないが、短編なのにミステリーを読んだときの満足感がしっかり詰まっているのだ。放置プレイ無しのSMに浸りたい人にぴったりだ。(放置の時間があるお話もあるが、短編なのでとても短い放置だ)

 

 

 

「自薦THEどんでん返し」

「自薦THEどんでん返し2」

 

 

 

あまりに気持ちがいいオカズは何度も使うのと同じで、わたしはこの短編をそれぞれ三回くらい読んでいる。気に入った短編に至ってはすでに五回は読んでいる。ミステリーの気持ち良さが凝縮されているので、つい読んでしまうのだ。読後はいつもニヤニヤしている。気持ちがいいのだから仕方ない。

 

 

 

最後になるが、長編ミステリー小説の中で迷子になるのは、実はそんなに嫌なことではない。謎解きに置いて行かれて、ヒントをいくつも見逃したって、最終的にパズルがピタリとはまる瞬間に立ち会えればそれで充分楽しいのだ。

 

 

わたしは毎日本を読む。毎日「ミステリー筋」を鍛えている。突き放されたってあきらめない。時間を置いてまた読めば良いのだ。大事なのは「読むことをあきらめないこと」。

 

ミステリーの世界で恍惚となる体験がしたい! ラストのどんでん返しに絶頂したい! そういうミステリーをもう何作も読了してきた。わたしのミステリー欲は、まだまだ満たされない。さらなる快楽を目指して、今日も夜な夜な、ページをめくるのである。

 

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2017-03-21 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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