リーディング・ハイ

親友が罪を犯しても、罪を償うまで、信じ抜くことができますか?《リーディング・ハイ》


記事:unai makotoki(リーディング&ライティング講座)

 

 

相手フォワードのフェイントに反応すると、

ふくらはぎの真ん中に鉄の棒が埋め込まれたように

ピンと激痛が走った。

 

バランスを崩し転倒する。

その間にボールは全速力で

自陣のゴール前へ運ばれていく。

 

追いかけようと必死に身体を起こすと、

一瞬、大きな影が自分を追い越した。

 

次の瞬間、猛然とした勢いで相手選手の背中に

身体ごと突っ込んだ。

二人はもつれるように転がって、倒れた。

 

味方ディフェンダーがボールを確保しようとした瞬間、

長いホイッスルが聞こえてきた。

 

主審は、ペナルティスポットを指差している。

 

延長後半のロスタイム。

ラストワンプレーも残されていない。

次の瞬間、ボールはゴールのサイドネットへ

吸い込まれていった。

 

全国大会の県予選の決勝。

試合の終了は、おれたちの高校サッカーの

終わりも告げていた。

 

試合が終わっても、

大輔はピッチで仰向けのまま

動かなかった。

 

悔しさというよりも呆然としていた。

PKを与え決定的な失点を与えた事実を

受け入れられないのかもしれない。

 

おれは大輔の手を引き、身体を起こした。

何も言わず、見つめていた。

 

おれは胸が痛かった。

 

大輔はいつもそうなのだ。

どんなに厳しい場面でも歯を食いしばり、

ディフェンスへ戻ってくる。

 

相手に抜かれたのは、おれなのだ。

誰も大輔を責めることなんでできないはずだ。

これまで、俺たちはどれだけ

大輔に助けられてきたのだろう。

 

 

 

おれと大輔は幼稚園の頃からの

幼馴染で、もう15年の付き合いになる。

 

大輔は、小さい頃から身体が大きく、

いわゆるガキ大将のような存在だった。

一方、おれは小さかった。

 

そのせいか、周りの子どもにいじられ

よく泣かされていた。

 

おれが泣いていると

いつも大輔は飛んできてくれた。

 

大輔は一人っ子だ。

だから兄弟とりわけ弟の存在に

あこがれていたらしい。

 

今思えば、小さなおれに対して、

弟のように接していたのかもしれない。

 

大輔とはこんな思い出もあった。

あれは確か、小学校3年生の頃だったと思う。

 

学校全体で消しゴムが流行っていた。

父親が海外出張のお土産にブラックライトで

光る消しゴムを買ってくれた。

おれは嬉しくて、学校で友だちに自慢していた。

 

ある日、おれの筆箱から消しゴムが消えていた。

それを知った大輔は、3日間犯人を探し続けた。

 

結果、6年生の、学校では有名な不良が

持っていることを突き止めた。

 

大輔は、授業中にも関わらず、

そいつの教室に乗り込んでだ。

 

相手とは取っ組み合いの大喧嘩になった。

 

教師が止めに入ったものの、

両者ともに全治3ヶ月の怪我をおった。

 

大輔は頭を5針縫って、左腕を骨折。

それでも折れた左腕に握った消しゴムを

離さなかった。

 

その一件以来、おれは大輔と

一生友だちでいることを決めた。

 

 

 

全国選手権の予選が終わり、

卒業後の準備を済ませると、

春を迎えていた。

 

おれは、サッカー推薦で

大学へ進学することができた。

 

大輔はJFL3部のチームから誘いが来ていた。

僅かな給料ながらプロサッカー選手だ。

 

「いつかお互いにJリーガーになれたら、

この校庭で、高校時代のつらい練習の話を肴に

一杯やろう」

 

卒業式のあと、大輔とは笑顔で別れた。

 

 

 

おれは大学3年生になっていた。

その頃、高校時代の友人から

変な噂を聞いた。

 

そいつの友人が、銀座でたまたま大輔に

会ったらしい。

 

ずいぶんと派手な格好をしていたというのだ。

黒のブランドスーツの上下スーツに

ゴールドのネックレス、腕にはロレックス。

高級クラブで一本で50万円以上もする

ピンクのドンペリを奢ってくれたらしい。

 

おれが最後に大輔と話したのは、

たしか大学1年の最後のあたりだ。

 

怪我してるから練習を休んでいる、

といったことを話した記憶がある。

 

その後音信不通だった。

 

何か悪い予感がして、

大輔が一人暮らししているという住所へ

訪ねたこともあるのだが、

すでに別の人が住んでいた。

 

それ以来また、大輔の話は

聞かれなくなった。

 

 

 

それから3ヶ月後、

次に大輔の噂を聞いたのは、

うちの母親からだった。

 

近頃、頻繁にこのあたりに現れているという。

何でも、久しぶりに地元に戻ってきたら、

懐かしくて顔を見せたというのだ。

 

でも、話がおかしい。

なぜおれに連絡を取らないのだろう。

 

それからしばらくしてのこと。

近所一帯で立て続けに、

振り込め詐欺の被害が起きた。

 

おれは嫌な予感がした。

ただの偶然なのだろうか……。

いても立ってもいられない気持ちになった。

 

 

 

自分で探ってみるしかない。

最近では犯罪さえもネットで

リクルーティングしているという。

 

危ないことを承知のうえで、

いわゆる裏サイトを検索し始めた。

 

 

 

調べ進むにつれて、気になる情報に辿り着いた。

振り込め詐欺の事前調査員なる募集があるのだ。

 

事前にターゲットの家を調べて、

その家の情報を手に入れてくるのが

主な仕事らしい。

 

相手に電話する前に正確な情報が分かれば、

よりそれっぽい演技ができるというものだ。

 

大輔は事前にこの辺りに顔を出して

いろいろと聞き込んでいた。

 

この仕事の内容と大輔の行動が

妙にリンクすることが気にかかった。

 

サイトをみると、仕事の詳細を

対面で説明してくれるという。

 

怖かったが、アポイントを取った。

もちろん、個人情報を全て伏せて。

 

 

いくら大輔のことが気にかかるとはいえ、

まさか自分がここまで行動するとは思わなかった。

 

そして、この行動に駆り立てたのには

別のきっかけもある。

 

それは学生時代に読んだ、

宮部みゆきの火車のことを

覚えていたからだ。

 

ある女性がクレジットカードによる

多額の借金から逃れるために、

別の女性の身分をのっとるという

ストーリーだ。

 

主人公である休職中の刑事は、

失踪した甥っ子のフィアンセを捜す過程で

現代のクレジットカードが生み出している

危うい幻想を目の当たりにしている。

 

まだ、大輔が詐欺の道へ足を踏み入れた

確信はない。

 

でも、ただ普通に生きている人であっても、

気持ちが緩めば、人の道を簡単に踏み外せる。

 

現に、ちょっとネットを調べれば、

簡単にその道へいざなってくれる……。

 

火車の後半に出てくるエピソードには

妙に胸に迫るのがあった。

 

 

 

 

『「あのね、蛇が脱皮するの、

どうしてだか知ってます?」

 

「脱皮っていうのは――」

 

「皮を脱いでいくでしょ?

あれ、命懸けなんですってね。

 

すごいエネルギーが要るんでしょう。

 

それでも、そんなことやってる。

どうしてだかわかります?」

 

本間よりも先に、保が答えた。

 

「成長するためじゃないですか」

 

富美恵は笑った。

 

「いいえ、一生懸命、何度も何度も脱皮しているうちに、

いつかは足が生えてくるって信じてるからなんですってさ。

今度こそ、今度こそ、ってね」

 

べつにいいじゃないのね、

足なんか生えてこなくても。

蛇なんだからさ。

 

立派に蛇なんだから。

 

富美恵は呟いた。

 

「だけど、蛇は思ってるの。

足があるほうがいい。

足があるほうが幸せだって」 』

 

 

 

 

仮に大輔が詐欺を手伝っているとして、

いや、そうじゃなくても、聞いてみたい。

 

お前はこの蛇のように

幻想に命を懸けているのではないか?

俺たちの友情をおいてまで

必要な幻想なのか?

 

 

 

待ち合わせの場所である

スタバには、15分早く到着した。

 

だが、怖くてとても待ち合わせ場所へ

向かうことができなかった。

 

相手が先に現れるのを待って、

あまりに怖そうな人だったら、

今日はあきらめようと思っていた。

 

その場でしばらく待っていると

見覚えのある歩き方の男が

待ち合わせ場所に現れた。

 

黒の上下のスーツに、

ゴールドのネックレス……?

 

間違いない、大輔だ。

 

確信した瞬間、おれは走り出していた。

スタバのドアを勢い良く開き、

大輔が待つ席へすべりこんだ。

 

「……大輔、だよな」

 

息を切らしながら、

かすれた声で名前を読ぶ。

 

大輔が逃げるのを防ぐため、

思わず逃げ口を塞ぐように身体を入れた。

 

「お前、なんで、なんで、ここにいるんだよ」

 

大輔は、驚いたことだろう。

 

詐欺に協力したいという人物と

待ち合わせたら、そこに親友が現れたのだ。

 

「なんで、ここにいるか、分かるよな、大輔?」

 

おれは、そう言って、大輔の出方を待った。

 

大輔は何か言いたげに口を動かしているが

言葉にならない。

 

180cm後半のガタイが

ずいぶんと小さく見える。

 

「大輔、おれは全部知ってるんだ。観念しろ」

 

あえて抑えて、強く発した。

でもこれはブラフだ。本当は何も知らない。

 

状況的に感じただけだ。

大輔が詐欺につながっていると。

 

大輔は椅子に腰掛け直すと、

言った。

 

「誰かに止めて欲しかった。

でも、罪が罪を生む連鎖に

心が勝てなかった……」

 

 

大輔は、JFLへ入団直後の練習試合で

相手のファールを受けて右半月板を

断絶する大怪我をおったという。

 

聞けば、高校の最後の試合で

相手にファールを与えた時、

すでに半月板を損傷していたらしい。

 

試合後に動かなかったのは

怪我による影響だった。

 

おれたちに心配をかけないために

黙っていたらしい。

 

手術は成功したものの、

リハビリが思ったように進まず、

結果、2年で戦力外通告を受けたという。

 

学歴は高卒。とりわけ特技も無い人間を

大切にしてくれるほど、社会は甘くなかった。

 

正社員につくことすらままならない自分と

かつて、唯一のプロ選手として期待された自分の

ギャップに耐えられなかったという。

 

そんな時、偶然にネットで

この仕事に出会ったという。

 

詐欺には直接手を染めずに、

ただ、ターゲットとなる家の事情を探り、

情報を横流しするだけ。

 

それで、1回あたりの報酬は、

正社員の月給くらいだった。

 

最初は生活費の足しにでもなれば、

それくらいの気持ちではじめたが、

1度手を染めると、オファーは続いた。

 

大輔はもともと、人の懐に入って

可愛がられるタイプだ。

天賦の才を間違った方向に使った結果、

その仕事ぶりが認められていったという。

 

気持ちが寂しかったのだろう。

 

サッカー意外にさして取り柄の無い自分が

他人から認められていったことが

素直に嬉しかった、と話した。

 

間違っていると自覚しながらも、

詐欺そのものと距離がある、ということも

やめられない理由だったのだろう。

 

話を聞きながら、おれは寂しかった。

なぜ、真っ先におれに相談してくれないのか。

 

大輔は、弱っている自分を見せることが

おれに負担になるのではないかと

気遣ってくれたらしい。

 

だから、その気持ちがこそ逆なのに……。

 

 

 

お互いに思いの丈を話あった。

時計を見ると、すでに5時間も経っている。

 

おれは大輔をあきらめていない。

今後どうするか、大輔に訪ねた。

 

「警察にすべて話す。

これまでのことを償うよ」

 

おれは、うなずいて、言った。

 

「大輔、いつまでも待ってるから、

今度は必ず連絡してこいよ。

高校の校庭でいつまでも待っているから」

 

火車では、主人公である休職中の刑事は、

失踪した女性に起こった不幸や犯した罪を

全て聞き入れた上で、それでも女性に

同情をするでもなく、見下すでもなく

冷静に見つめ続けた。

 

大輔がこれまで誰かのためになったこと。

一方で誰かを傷つけたこと。

どちらが上回っているのだろう。

いや、どちらが上回っていようとも

おれは大輔を待ち続けるだろう。

大輔は友達だから。

 

 

※この記事はフィクションです

 

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2017-04-07 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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