薩長同盟again
記事:Ryosuke Koike(ライティング・ラボ)
会談の開始時刻まで半刻ほど時間があった。
そこでまず、今夜泊まる宿へ一行をお連れした。あてがわれた南向きの部屋からの眺めは素晴らしく、眼前には桜島がどしんと構えていた。激しい噴火もなく山の裾から頂上に至るまで輪郭がはっきりとしていて、卯月の青空に浮かぶ雄大な景色にしばらく見とれていた。
関門海峡を渡ってきた一行の代表は緊張しているのか、厠の回数が多かった。確かにそうだろう。何しろ初めて対面する相手であり、今後も協力を仰ぐ相手なのだから。
そういう私も頭の中で、これから始まる会談の段取りを何度も確認していた。
今宵の件は絶対に成功させなければならない。
約束の時が近づいてきた。会談が行われる料亭は宿から二町もないところにあった。私は旧長州藩の客人を連れて会談の場所へ向かった。
料亭の玄関の引き戸を開けて中に入る。着物姿の仲居が奥の方からやってきた。私が名前を告げると、仲居は微笑んでゆっくりとお辞儀をし、我々を奥の方へと案内してくれた。
通された座敷は会談の人数の割には大きく、各席にはかなりのゆとりがあった。
先方はまだ到着していなかった。到着までの間、我々の間を何ともいいようもない張りつめた空気が支配していた。
しばらくして、仲居の声とともに部屋の入口が開かれ、今宵の会談の相手方である旧薩摩藩の客人らが入ってきた。私は立ち上がり、何度か会ったことがある先方に旧長州藩の客人を紹介した。
簡単に挨拶を済ませた後、旧長州藩、旧薩摩藩が向かい合って席につき、いよいよ会談が始まった。
初めて会った緊張からか、厳かな雰囲気からか、最初の方はぎこちない会話が続き、その間を私と先方の仲介役とでなんとか取り繕いでいた。しかし、酒が入り、また、次々と運ばれてくる料理が美味しかったためか、会談が進むにしたがって場は和んでいった。
それにしても薩摩の人は酒が強い。顔は二杯目ぐらいからすっかり赤くなっていたが、飲む調子は次第に早くなっていった。以前お会いしたとき、昔は焼酎を穴の空いた盃で受け、こぼれないうちに飲んだものだと言っていたのを思い出した。
しかし、長州も負けてはいない。こちらは顔色を全く変えず、先方の調子に合わせていた。幼い頃から知っているが、毎日酒を飲んでいるにもかかわらずいたって健康なのが不思議だった。
会談は、それぞれの置かれている状況や今後の見通しなどを話し合った後、いよいよ本題に入る。酔っ払いもいる中、一同姿勢を正す。
過去、窮乏な長州藩は薩摩藩に資金的援助を依頼したともいう。
今宵は、私が懐から紅白色の布に包まれた包み紙を取り出し、先方の仲介役に渡した。快く受け取ってくれた。
同盟の締結に向け、会談は無事成功したのだ。
今から7年ぐらい前の、両家の顔合わせの話である。
顔合わせが終わった後、料亭の隣にあるバーで休憩も兼ねて飲むことになった。
私も彼女(妻)も一仕事終えた感じでビールを注文した。その横で、それぞれの父親が二人ともウイスキーをストレートで頼んでいた。
全員に飲み物が行き届いたところで私の父親が開口一番、
「建前は抜きにして本気で語りましょうや」
何を言い出すのかと体に緊張が走る。
「これから家族となるのだから遠慮しないことにします」
といって、勝手に飲み始めた。あれだけ飲んでおいて遠慮はなかったのか。
しかし、それに呼応して義父も飲むわ飲むわ。メインの私や彼女、そして母親達を放っておいて閉店まで二人で勝手に盛り上がっていた。
結婚は一義的には当人達の問題であるが、実際には家同士の関わり合いがつきまとう。夫婦仲はいいけど、家同士が……という残念な話を聞くこともある。
私と妻は福岡で結婚した。山口県、鹿児島県にある双方の実家に帰る機会もなかなか少ない。ところが帰省すると、父親同士が我々の関知しないところで日本酒やら焼酎やらつまみやら色々と送りあっている話を聞かされる。
最近は飲まない人も多くなってきたし、アルハラや飲酒運転のこともあり、百薬の長とはいえ酒が万能とは言えない。
しかし、私達の場合は、酒が取り持つご縁というか、酒の力があるからこそ上手くいっているのかもしれない。
先日、娘が生まれたこともあり、お祝いの「会談」が福岡で行われた。
父親達はいつものごとく酔っ払っていた。私も酔っぱらっていた。ちなみに、授乳中で飲めない妻は酒が私より強い。
同盟の賜物である孫の二十年後は、どうなっていることか。
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