かわいい女になりたい パーフェクトウーマンの葛藤
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:しん(ライティング・ゼミ平日コース)
「かわいい女になりたい」
強い意志の宿った視線を、真っ直ぐに向けながら彼女は言った。
唇を真一文字に結び、真っ直ぐに私に視線を向けたまま、しばらく彼女は動かなかった。大きく見開かれた目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
黒髪のショートカット。琺瑯のような滑らかで白い肌。シンプルだが質の良い素材を使ったネイビーのスーツ。均整のとれた体型は男女問わず目を奪われる。
一言で言えば「いい女」である。
同性からは憧れの眼差しを向けられ、100人の男がすれ違えば、100人が振り返るだろう。
「充分なんじゃない?」
僕には彼女が何を悩んでいるのか、全く理解できなかった。
一回り以上年の離れた年下の彼女と、看板のないこのBarで出会ったのは、ちょうど1年前。
特に親しくなるわけでもなく、たまにこの店でばったり会うと、お互いの近況をなんとなく報告し会う程度の知り合い。連絡先すら知らない。
「充分? いったい何が充分だっていうの!? いつも一人で食事をして、誰もいない家に帰って、ベッドで一人、今日あったことを思い出しながら、自己嫌悪に襲われる毎日の何が充分だっていうの!?」
「いや、そのことと、かわいい女になりたいっていうことに、どんな関係があるんだい? 君は充分にかわいいじゃないか。そのうえ頭もよくて仕事もできる。こういっちゃなんだけど、プロポーションも抜群で、男から見れば高嶺の花だと思うよ」
「それが問題なのよ!! 少しくらい頭が足りなくても、だらしのない体を気にしてなくても、幸せそうに笑っている女は沢山いるじゃない! それこそ星の数ほどの女が、自分勝手に生きているくせに、幸せそうに暮らしてる。私はずっと良い子で生きてきたのに、こんなの不公平よ!!」
親や周囲の期待に応えることで、彼女は自分の居場所を作ってきたという。
おとなしく一人で遊んでいられる良い子。
言われなくても勉強する良い子。
しっかりした良い子。
「良い子」
この言葉が彼女を動けなくした。
「良い子」でなければ、生きていてはいけない……。
自分の気持ちに素直になって行動したら、生きる場所を失ってしまう。
自分らしさとは「良い子」であることと、彼女は思い込んで生きてきたのだ。
「舞台のうえで、まるで自分にだけスポットライトが当たっているような感覚なのよ。周りは暗くて誰もいない。客席から拍手や歓声は聞こえるけど、私の周りには誰もいないの!」
その孤独感もまた、彼女の思い込みでしかない。
だが彼女は、それが彼女自身で作り上げた思い込みであるということにすら、気づいていなかった。
「私は今年で35歳になるのよ。なのに週末にデートする相手もいない! これが幸せ? 仕事では認められている。誘ってくる男は、いるにはいる。でも、周りが見ている私は、ステージで演じている私なのよ。本当の自分をさらけ出したら、皆離れていくに決まってる! 男だけじゃない。友達も親も仕事の仲間も、みんな離れていくに決まってる!!」
「本当の君?? 本当の自分をさらけ出したら、周りは離れていくと思ってるんだ。それとも実際にそんな経験がある?」
「経験なんかあるわけないじゃない。怖くて自分をさらけ出すなんて出来ないわよ。でも、そうに決まってる! 私は変わりたくても変われないの!」
誰もが憧れるパーフェクトウーマンは、自分と真逆の人間に憧れていた。
そしてそのような人間を「かわいい女」と表現したのだ。
「かわいい女」
それは、すでに彼女の中にあるものだ。
人は自分が持っていないものを認識できない。
彼女は、すでに持っているものから目を背け、閉じ込めているだけだ。
「変わらなくても良くない? 手放す必要あるのかな? 今の君があるのは、強くて、優しくて、賢くて、ユーモアを理解する人間だったからだ。今の自分を持ったまま、弱くてだらしのない自分をそこに足してみてはどうだろうか?」
「足す?」
「そう、今の自分を変えるのではなく、今の自分を含んで超えていく。変える、手放すのではなく、今の自分を持ったまま、含んで自分を超えていく」
「今の自分を含んで超える……。そんなこと出来るのかな?」
「僕にはわからない。やるのは君だから」
「私、変わらなくてもいいの? 今の私を含んで超える……。今の私はそのままで」
彼女は何度もつぶやきなら、カウンターのランプシェードをぼんやりと見つめていた。
人は多面性を持った生き物だ。強くて優しい彼女も、弱くてだらしない彼女も、同じ一人の人間だ。そして、今の自分を引き継ぎながら、良いと思うもの、手に入れたいと願う自分を、積み重ねて超えていく。
「変わらなくてもいい……。今まで誰もそんなこと言ってくれなかった。私が欲しかったのは、その言葉だった。変わるんじゃなく、今までの自分を含んで超えていく……。。なんかいいね。楽になった気がする。変わるんじゃなくて成長するって感じ」
彼女はうっすらと穏やかな微笑みを浮かべながら、両手を交差させて自分の胸をそっと抱いた。目を閉じ、上半身をゆっくりと揺さぶりながら、まるで自分の中の幼い自分を抱くように自分自身を抱きしめていた。
あれから半年。
いつものように看板のないBarに向かって歩いていると、向こう側から一人の女性が声をかけてきた。手にはタピオカミルクティ。デニムのパンツに大きめの白いTシャツ。足元はネイビーのサンダル。こちらに笑顔で手を振りながら近づいてくる。
「誰かと思ったら君か。今日はずいぶんラフな格好してるね」
彼女は、ちょっと照れくさそうに笑いながら言った。
「楽だからね。自分の気分に素直になったらこうなったの。人の目を気にしたり、カッコつけたりするのやめたんだ。どう?」
「感想……。いる?」
「あはは! いーらない!! あっ、今日はおごってね!」
「なんで??? 僕がおごらなきゃならないの? なんかのお祝い?」
「そう! 私の誕生日! かわいい女の誕生日。祝いたいでしょ? ゴチになります!!」人気お笑いタレントの、グルメバラエティの決めポーズを決めながら、彼女は言った。
今夜は散財させられそうだ。
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