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たくさんの宝物


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【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
新米教師として、定時制高校に勤めていたころ。
男子生徒の気持ちがわからなくて苦労した。
 
例えばある日、通勤途中にあるガラス張りのビルに、真っ赤なスポーツカーが突っ込んで、ひっくり返っていた。
ガラスが散乱している。
人影はない。
車体が黒かったらゴキブリみたいだと思いつつ、その角のすぐ先にある学校へ向かった。
 
1時間目の授業で教室へ行くと、騒然としている。
 
「先生、見た?」
「何を」
「車だよ。ひっくり返ってたでしょ」
 
普段から悪ぶっている男子生徒が、にやにやしながら話しかけてきた。
 
「見たよ。危ないよね。どうしたらあんな風にひっくり返るのか全くわからないよ」
「あれ、オレがやったの」
「!!!」
 
ちょっと待て、完全にひっくり返ったあの事故で、体は大丈夫なのか。
車の免許持ってるのか?
学校は車両通学禁止だぞ。
にやついてる場合か?
 
驚く私を見て、それが嬉しいとでもいうように、彼はすこぶる満足そうだった。
今頃、病院へ搬送されていたかも知れないのに……
後悔も反省もしない彼の態度が、さっぱりわからなかった。
 
彼だけではない。
 
仕事を終えて、さあ帰ろうと思って校門を出た途端。
門から2メートルと離れていないガードレールに腰かけて、タバコ片手にくつろいでいる男子生徒がいた。
 
「ちょっと、校門の前でタバコ吸うってどういうこと? わざと見つけてほしいわけ?」
「別に、見つかりたいわけじゃないけど。吸いたかっただけ」
「喫煙は、特別指導で自宅謹慎になるのは知ってるよね。とにかく、職員室へ戻ろう」
「はーい」
 
もう22時を過ぎている。
これから引き返して、まだ校内に残っているだろう生活指導部の先生と一緒に、特別指導を始めなければならない。
保護者に連絡して、指導案を作って、それから……
疲れがどっと出る。
なのに。
その嬉しそうな態度は何なのか?
意味不明だよ!
 
これが女生徒だと、「この子はきついこと言ってるけど内心怖がってるな」とか、「悪ぶっているのは友達に話を合わせるためで本心は違うな」とか、表情や声色から、なんとなく察することができた。
 
男子のぶっ飛んだ行動には、ただ驚かされるだけ。
苦手意識がどんどん高まり、ますます苦手になるという悪循環におちいった。
そのうち、男子生徒の前に立つと胃が痛くなりだした。
これではいけない。
なんとかしなければ。
 
少しでも生徒理解のヒントが得たくて、都が開く研修会の一つに参加した。
 
「生徒の話をよく聴いてあげましょう」
「どんな生徒にも良いところがあるので、褒めてあげましょう」
 
なるほど、「聞く」ではなく「聴く」。
女子の気持ちなら想像できるのは、彼女たちのことが知りたくて、身を入れて会話を聴いているからなのだろう。
苦手意識のある男子とは、なるべく関わりたくなくて壁を作っていたかもしれない。
 
よし、次はちゃんと「聴く」ようにしよう。
ついでに、何でもいいから受け持っている生徒全員の良いところを探そう。
 
これは、宝探しだ。
 
中に、定期考査20点代でノートを提出しない男子がいた。
 
「どうしてノート出さないの?」
「忘れた」
「いつも忘れてるよね。友達に見せてもらって書き写せる?」
「うん」
「じゃあ、今日の分は紙をあげる。これに書いて、後でノートに貼ってね」
 
考査点、授業点、出席点、ノート点など、いろいろ加算して基準を超えたら単位修得と伝えてある。ペーパーテストが苦手でも、授業に出席して真面目にノートを書きさえすれば合格ラインに達する。ほぼ全員、この基準で大丈夫だった。
だから彼にもノートを出してほしかったのだが。
 
書いてない。
板書して、机間巡視で近くに行ってみると白紙のまま。
 
「ほら、書こうよ」
「……」
 
見守っていると、一行目のタイトルを書いた。
二行目を曲がりくねりながら途中まで書いたところで……
文字のおしまいの線をながーく伸ばし、くるくる回した線を描き、折り返して紙全体にぐしゃぐしゃの線を引いた。
 
うわぁー、まいった。
ノートとれないんだ。
この子の宝はどこにある?
 
「ノート書くの大変みたいだねぇ」
「うーん」
「生物の勉強は嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「そうだね。休まないで授業出てるもんね。そこは偉い」
「うん」
「だったら、ノート提出の代わりに勉強しようか。放課後補習して、今回と同じテストを受けるの。80点以上とれたら合格で、できるまで続ける。どう?」
「いいよ。やる」
 
問題が全部わかっていても、彼が80点を突破するのは難しかった。
何度かチャレンジして、50点は超えるようになったが、そこで伸び悩んだ。
放課後の補習にも飽きが見え始めたころ。
彼が原付免許をとったという噂を聞いた。
事実ならチャンスだ。
 
「原付免許とったって本当?」
「とったよ! すごいでしょ!」
仲間4人と廊下にしゃがみこんでいた彼は、得意気に胸を張った。
 
「これで、ペーパーテストも本気出せば合格ラインまでいけるってわかったね。生物もできるんじゃない?」
「だって、免許はすごく欲しかったから」
「ふーん、生物の単位はそれほど欲しくないってことかな?」
「欲しい、欲しいです!」
「なら、できるよね」
 
その後は早かった。5回目の挑戦で彼は正々堂々と84点をとり、約束の条件をクリアした。
 
よほど嬉しかったのか、進級して私の授業がなくなった後も、廊下で会うと、
「先生、オレ生物のテストで84点とったよね!」
と確認したり、後輩たちの前でその話題を出した。
 
「あの時はよく頑張ったね」
「ほらみろ、本当だろ? オレ、頭いいんだぜ」
驚いた表情の後輩たちの前で自慢げに振る舞う彼は可愛かった。
 
そう、いつの間にか、理解不能だった男子生徒を可愛く思える余裕が生まれていた。
スポーツカーをひっくり返した彼も、校門前でタバコを吸っていた彼も。
誰でもいいから、自分のパフォーマンスに驚いてくれる観客を求めていたのだろう。
教師に見つからなければ見つからずにできたことを。
見つかっても、やってのけたことは自慢できる。
迷惑な話だが、誰かに認めてほしくて悪さをするのかも知れない……
 
少し、わかった気がした。
その年の終わりには、目標通り、全員の良いところを見つけることができた。
 
学校を休まない、遅刻しない、掃除当番をきちんとやる、挨拶ができる、字がきれい、歌が上手い、サッカーが得意、足が速い、友達に優しい……
授業中たくさん質問をする、実験を率先してやる、テストで学年トップ、テストの伸び率が高い(自分比)、ノートを綺麗にとる……
 
スポーツカーの彼は、あの事故で無傷という、とっさの判断力と運の強さがいい。
タバコの彼は、反抗もせず指導に従う素直さがいい。
 
慣れると宝探しは簡単だった。
だれにでも褒めるべき良いところがあった。
 
翌年の修学旅行。
初日の集合場所で、また一つ心に残る宝物を見つけた。
 
「うわぁ、それ今日のために新品を用意したの?」
「親が勝手に買ったんだよ」
「でも、ちゃんと今日まで、とっておいたんでしょう? この旅行を楽しみにしてた気持ちが伝わってくるよ。感動しちゃった」
 
普段、偉そうに振る舞っている彼が、照れたように微笑んだ。
足元の真っ白なスニーカーが輝いて見えた。
 
 
 
 
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2020-03-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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