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嘘から出た○○○?


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記事:東ゆか(リーディング倶楽部)

 
 

事実を「盛って」話してしまう。身に覚えはないだろうか。
相手を騙したいわけではない。
ただ自分の思い入れのある事柄については、いかにそれが素晴らしいか、偉大であるかを伝えるために大げさに話してしまう。
または、事実を多少「改ざん」したことはないだろうか。事実はこうだったけど、ちょっと都合が悪いことだから、多少変えてしまえと。
飲み会の席で、就活の面接で、気になる人とのファースト・デートで、そんなことを少しでもやってしまった覚えはないだろうか?

ちょっと想像してみてほしい。
あなたは有名大卒だというのにエリートコースからこぼれ落ちてしまい、職歴もなくうだつの上がらないアラサーである。
そんなあなたが敬愛してやまないもの、それは超国民的ミュージシャン・ルイ。その人気は国内に留まらず、世界中で大人気だ。ひょんなことからあなたはルイとお近づきになる。そうしてあれよあれよと言う間に、あなたはルイのマネージャーになった。朝晩問わず、ルイはあなたを必要とし、あなたは住居のお世話までしてあげる。ルイの隣には決まっていつもあなたがいる。
そしてあなたは、彼にとっても、また音楽史上にとっても偉大な功績となる「伝説のライブ」のために尽力し、その立役者となった。「ルイに捧げたわが人生に一片の悔い無し!」

しかしその直後、あなたはあっさりと彼から捨てられる。
「前から君のことは信用できなかったんだよね」

ルイはあなたの代わり、あなたとは正反対なバリキャリのリア充をマネージャーにし、新マネージャーに「俺が死んだら俺の伝記を書いてくれよ」と遺言を残しこの世を去る。
「伝記だって……?」
あなたは急に焦りだす。どうしてかって、ルイの私生活は本当にひどいものだったからだ。
「そんなことが世間に知れたら俺の敬愛するルイが、尊敬に値しないミュージシャンになってしまう! なんとしても食い止めないと! 俺の大事なルイを守るために!」

さて、敬愛するルイのパブリック・イメージを壊さず、かつ後世にもルイを偉大な人物たらしめるためにあなたならどうする?

「盛る」「改ざんする」しかないのではないだろうか?

そんな“あなた”もとい、不遇のマネージャー、アントン・フェリックス・シンドラーに迫ったのがかげはら史帆著『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(柏書房)である。

“ルイ”とは、皆さんご存知、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンである。

シンドラーがベートーヴェンの名誉を守るために行ったこと。それは耳の聞こえないベートーヴェンが、周りの人々との筆談に使っていた「会話帳」の改ざんである。

ベートーヴェンの過干渉のせいで自殺未遂へ追いやってしまった甥については、まるで甥が悪いかのように会話帳に加筆を施す。ベートーヴェンと人妻との淫らな一夜については塗りつぶす。書いて消してを繰り返し、彼はベートーヴェンを尊敬に値する人物として守り抜いた。

作品に対する解説だって忘れない。これも彼の作品を後世まで愛されるようにするためだ。
日頃クラシック音楽を聴かない人にも耳馴染みのある、ベートーヴェンの名曲「交響曲第5番」の冒頭。「じゃじゃじゃじゃーん!」のモチーフに対する有名な解説「運命はこのように扉を叩く」。これもシンドラーの捏造の可能性があるという。

また、愛されなかったシンドラーの嫉妬なのか、自分に取って代わった後任の秘書については、彼の人格を疑わせるような書き込みをしている。これは自分がベートーヴェンの伝記の執筆者として、いかに適任であるかを示すためだ。

彼は会話帳の改ざんというベートーヴェンの日常のエビデンスを固めつつ、ベートーヴェンを美辞麗句で彩った伝記「ベートーヴェン伝」をみごと書き上げたのだった。

1ページ1ページを読みすすめるごとに、シンドラーに対しては「なんと哀れな男だろう」と呆れ返ってしまう。しかしどうだろう、これがさきほど皆さんにご想像いただいたような、“憧れのあの人”と“私”との物語だったら。

シンドラーに対して鼻で笑うような感情が消え、寂しさが広がってくる。誰よりもベートーヴェンを、その音楽を愛していたのに、ベートーヴェンから疎まれてしまったシンドラー。
初めは偉大なベートーヴェン像を守る目的だった会話帳改ざんも、次第に彼とベートーヴェンとの秘書と大作曲家の理想の関係を作り上げるような内容にまで及んでくる。
まるで、自分こそが本当に必要とされた秘書だったのだと、理想の過去を作り上げる切実さがなんとも切ない。

嘘をついたり相手を騙したいわけでもないのに、どうして話を盛ってしまうかというと、それは現実が物足りないものだからだ。でも私達は実際にはそんな物足りない現実を生きるしかない。だからきっとフィクションを求めるのだろうし、ちょっと大げさだなと思っても、オーバーな身振り手振りと、多少盛りつけされたエピソードで注目を引く、TVのお笑い芸人の話に耳を傾けてしまう。

そんなお笑い芸人よろしく、良くも悪くもシンドラーの会話帳の改ざんとエピソードを盛る技術は、ベートーヴェンの音楽が生誕250年経った今でも、愛されることに多少なりとも貢献したのだ。
彼が捏造したかもしれない解説「運命はこのように扉を叩く」から、交響曲第5番は「運命」の愛称で親しまれている。

本書中に、「1オンスの史実は1ポンドの美辞麗句に匹敵する(1ポンドは1オンスの16倍)」という言葉が出てくる。本書はそんな1オンスの史実を求める人達の功績によって生まれた本だが、ときに思い通りにならない人生を生きる私達にとって、事実よりも時には1ポンドの美辞麗句を求めたくなるものだということを突きつけられる。

音楽史をちょっと勉強してみるかな、と思って手にとった本だったが、思いがけず人の業にふれてしまい、ちょっとクラクラしてしまう。
こんなときは心を落ち着かせるために、ベートーヴェンが最晩年に作曲した「ピアノソナタ32番」を聴いてみるかなと思い、CDをかける。
ネットの解説を読んでみたところ、ここにもシンドラーが登場した。
「本来なら3楽章まであるはずのこの曲が2楽章で完結しているのは『時間がなかったから』とベートーヴェンはシンドラーに語ったとされている」
ベートーヴェンが時間がないことを理由に作曲を完結させることなんてあるのだろうか? このエピソードはちょっとセンスなさすぎない? このようにシンドラーはたまにおっちょこちょいなのである。ちょっと憎めない気がする。

愛と嫉妬、理想と現実、狡猾さと間抜けさ、そんなシンドラーの感情を本の中で追いかけてみてほしい。

 
 
 
 

 
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2020-04-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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