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青春の音、『廉太郎の音』

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事: 熊元 啓一郎(ライティング特講)
 
 
突然鳴らされた第一音。
そこからは怒涛の連打が廉太郎の身体を叩いた。
突然激流に突き落とされて混乱すらきたす。
だが、荒波にもみくちゃにされながらも、洋琴に魅せられていく。
 
これは、『廉太郎ノオト』の一節。
東京音楽学校でのケーベル男爵の演奏に滝廉太郎が衝撃を受けるシーンだ。
時に柔らかく時に叩きつけるような迫力あるピアノを演奏するケーベル男爵。
 
「上には上がいるみたいです」
 
演奏が終わった後、空に向かってそう呟く廉太郎。
今にも迫ってくるような音の衝撃、コンサートの独特な緊張感が文章から伝わってきて、まるで僕自身が東京音楽学校の演奏会で、ケーベル男爵の演奏を聴いているような、そんな感じだった。
 
滝廉太郎。
日本人なら誰でも知っている有名な音楽家だ。
『お正月』や『春』など、日本人にとって馴染みの深い唱歌の生みの親である。
明るい曲だけでなく『荒城の月』といった哀愁漂うメロディは、日本だけでなく海外でも高い評価を得ていて、日本にとどまらず時代や国を超えて心に響くものだと思う。
 
そんな明治初期の音楽家の駆け抜けた青春を描いたのが、歴史小説家の谷津矢車先生の『廉太郎ノオト』。姉の死や父との対立、東京音楽学校への入学、ライバルとのぶつかり、ドイツへの留学、そしてその後の運命の急転……、明治時代の音楽をテーマとして、滝廉太郎が生きた軌跡を色濃く描かれている。本作を通じて僕が非常に面白いと感じた点をまとめてみた。
 
まるで、紙で作られたレコード。
それが、僕がこの小説を読んで第一に浮かんだ言葉だった。
冒頭に書いたシーンだけでなく、本作では多くの演奏シーンが描かれている。
演奏シーンになると僕の息は荒くなり、心臓は高鳴りっぱなしだった。
両手に収まるくらいのこの小説は、大きな演奏会場や小さな音楽室と姿を変え、その中からピアノやバイオリンの情緒豊かな旋律を僕に届けてくれる。
そして、滝廉太郎がピアノを演奏するシーンは彼の汗や息遣いまでが感じられる。彼が自身の指先で鍵盤を打つ時、まるで読んでいる僕自身もつい感情移入して演奏しているような感覚だった。そういう意味では、この小説は紙で作られた楽器になるのかもしれない。
 
人間、滝廉太郎。
この物語に描かれている滝廉太郎に抱いた僕の印象だ。
教科書などで読む滝廉太郎のイメージは天才という言葉が合うと思う。
15歳で東京音楽学校に入学し20歳で後世に語り継がれる唱歌を作曲しているのだから、まさに天才だろう。
天才は生まれつき優れた才能があり努力などとは無縁なイメージだ。
しかし、この小説では滝廉太郎が多くの壁にぶつかり悩む。
ライバルの苛烈さもあって、滝廉太郎は非常に内省的で、時にその壁に押し潰されてしまいそうだった。
苦しみ葛藤する繊細な少年の姿は僕のイメージと異なっていて、だからこそ、その壁にぶつかった時の葛藤やそれを超えて成長し突き抜けていくときの感じが非常に痛快で読んでいて気持ちがいい。
 
滝廉太郎が日本の音楽に残した影響。
小学校の頃、音楽の先生が滝廉太郎の曲はあんぱんだと言っていたのを覚えている。日本の詩を西洋の音楽に乗せて作られた曲は、まさにパンとあんこが出会い、和洋折衷なのだと思っていた。しかし、滝廉太郎の曲はただ日本の詩を西洋の音楽に乗せただけではなかったのだ。
この小説はある新聞屋が、『滝廉太郎君の遺作発表会』に招かれたところから始まるなど、滝廉太郎を描いた小説としては少し特殊な描き方をされている。
初めから滝廉太郎を描かずに、なぜこんなはじまりなのか最後まで不思議だった。しかし、このギミックが実は滝廉太郎の作品が後世に残した影響を的確に導いていて、僕は純粋に感動してしまった。
 
「あいつ、やりやがったのか」
 
それが、新聞屋が滝廉太郎に向けた最後の言葉だ。
この言葉に全てが凝縮されているようだった。
滝廉太郎が何をやったのか、何を後世に残したのか。
ぜひこの小説を読んで、確かめて欲しい。
そしてこの物語を読み終えた時、その言葉が日本の音楽を照らす「光」になることを暗示するようで言葉だと感じるに違いない。
この小説を読み終えて僕は音楽の先生が言っていたあんぱんの意味がようやく分かった気がする。
 
『廉太郎ノオト』は物語としても音楽としても、また音楽の歴史を知る上でも非常に魅力的な作品だと思う。読んでいない方はぜひ一度手に取ってみてはいかがだろうか。手に取ったその日に、きっとあなたの頭の中で明治時代を生きたピアノの音が色褪せることなく鳴り響くことだろう。
 
 
 
 
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2020-04-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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