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「おいしい」はどこにある?


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記事:谷中田千恵(天狼院リーディング倶楽部)
 
 
「おいしい」の感じ方には、個人差がある。
 
「このお店のハンバーグはとびきりだから!」と親しい友人にオススメしても、それが彼女の「おいしい」になる確証はどこにもない。
逆に、「今日は失敗したわ」と母が、申し訳なさそうに出す肉ジャガが、私の「おいしい!」を引き出すこともある。
 
「おいしい」の感覚とは、一人ひとりが違った形を持つ、指紋みたいなものなんだと思う。
 
だから、レシピ本を選ぶ時は、慎重だ。
 
どんなに有名な料理家の先生だからって、私の「おいしい」と同じ感覚を持っているとは限らない。
本屋で、じっくりレシピを読み込み、これは私の「おいしい」に合うだろうかと、精一杯イメージを膨らませる。
ところが、イメージは、結局イメージでしかなく、味までわかるはずがない。
やむなく、その本のネット上のレビューを読み込む。
何件も、何件も、レビューを読み込む。
残念ながら、レビューにだって、私の「おいしい」との相性が書いてある訳ではない。
最後は、「一か八かの勝負だ!」とレジに駆け込むのが、いつもの方法だ。
 
しかし、このお菓子の本、「CAKES」に関して、例外だった。
 
ページをめくった時から、いや、もう手にとったその瞬間から、ここには、「おいしい」があると直感した。
表紙の文字が、カバーの色が、厚みが、重みが、硬さが、もう全てが好みだった。
あっ、この本、絶対おいしい!
 
読み進めると、それは、確信に変わる。
季節の物語がしっかりと感じられる、たくさんのレシピ。
センスのいい食器に、シックなテーブルコーディネート。
丁寧に説明される手順に添えられた、すっきりとした写真。
絶対、絶対、これはおいしい!
 
極めつけは、著者、坂田阿希子さんの前書きだ。
「実家に帰ると必ず眺める、古いお菓子の本があります」
で、始まるほんの短い文章。
その古いお菓子の本を通して、坂田さんは、過去のお菓子づくりの思い出を語る。
お母様のつくったオレンジのゼリー。
初めて焼いたシュークリーム。
堅くなってしまったスポンジケーキ。
よくつくったお菓子のページにはシミがつき、ところどころ壊れたその本を、坂田さんは「大切なアルバム」と表現する。
 
これを読みながら、私は、母のことを思い出していた。
 
小さな頃、母もお気に入りの本を見ながら、よくお菓子を焼いてくれた。
人参が練り込まれ、ほんのり赤いキャロットケーキに、黄金色のレモンのパウンドケーキ。
特に、朝食に出てくるリンゴ入りのホットケーキは、私の大好物だった。
 
朝、目が覚めると、あの幸せな甘い香りが部屋いっぱいに広がっている。
いつもは、グズグズと布団から出ないでいるくせに、その時ばかりは一目散にテーブルに向かった。
母は、ホットケーキにたっぷりのはちみつをかけてくれる。
口いっぱいに頬張ると、ふんわりとした生地の中にシャクシャクとリンゴの食感が楽しい。
夢中で、何枚も何枚もおかわりをした。
気がつくと、口のまわりも、手も服もはちみつでベタベタになっていた。
 
ああ、きっとあのなつかしい「おいしい」までも、この本の中にはあるのかも知れない。そう、思った。
 
実際、本を持ち帰って、つくってみると、予想通り。
いえいえ、予想をはるかに上回る「おいしい」が!
 
どのお菓子も、一口食べるとお腹の底が、ジュワッとあふれるようにあたたかくなる。
今まで味わったことのない味なのに、どこかなつかしくてやさしい。
食べるごとに、心の奥からふつふつと、幸せがわいてくる。
よくわからないけれど、これが「滋味」ってやつなんだろうか。
 
正直に申し上げると、お菓子作りに慣れていない私にとって、簡単ではないと感じる部分はあった。
なかなかバターをクリーム状に練ることができず、右腕はパンパンになったし、鍋をゆするタイミングがつかめず、カラメルソースは、鍋の中でカチカチのべっこう飴にしてしまった。
材料だって、私の住む片田舎では、手に入りにくいものだってある。
 
それでも、私は、この本でお菓子をつくることを決してやめない。
 
どのお菓子も、苦労をあっさり忘れさせるような特別な「おいしい」があるから。
グレープフルーツのプリンには、甘さと苦さの新鮮なおどろきが。
バタークッキーには、母を思い出すようなどこまでもなつかしいやさしさが。
ミルクパンケーキには、いつまでもおぼれていたくなるフワフワの誘惑が。
 
レシピが必要なくなってしまうほど、これから、私はこの本のお菓子を何度も何度もつくり続けることになるだろう。
そのうち、本にはシミがつき、ところどころが壊れてくるかもしれない。
そしたら、きっと、この「CAKES」こそが、私の「大切なアルバム」になる。
 
こんな時期だ。
ありがたいことに、自宅で過ごす時間は、たっぷりある。
 
今日も、この部屋を甘くて幸せしかない、あの香りで満たすことにしよう。
 
レシピの準備も万端だ。
 
さあ、今日は、何をつくろうか!
 
 
 
〈この一冊!〉
CAKES
著者:坂田阿希子
出版社:NHK出版
 
***
 
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2020-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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