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「メガネメガネ……」のトイカメラ論


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木村 勉(ライティング・ゼミGW集中コース)
 
 
10年前、ちょっと奮発してミラーレス一眼を買ってみた。
 
ぜんぜんお金が無かった私は、それまでガラケー(スマホを持つ前の話)のカメラくらいしか持っていなかった。
思い出にとっておくには解像度が低い。
しっかりしたカメラを、ひとつ持っておきたかった。
 
ミラーレスとはいえ、さすがに電話よりは、ずっしりした重さがある。
けれど、てのひらに、ちょうどいい大きさ。
 
撮影した写真を見返すと、景色に映っている小さな看板の文字まで、ちゃんと読み取ることできる。
そのときの旅の行程がハッキリとよみがえり、思い出が語りかけてくる。
断然、旅行にいくのも楽しくなった。
 
だけど、半年くらいして、倦怠期はやってきた。
なんだか、飽きちゃった……
しっかりピントが合った写真は、スーツを着たビジネスマン。
丁寧に話しかけてくるけど、なんだか事務的。
どんなに撮影しても、同じに見えてきてしまって(本当は自分の腕のせいなのだけど……)、撮影してもメモリカードに入れっぱなしになってしまった。
 
小さい頃から、目が悪かった私は、小学校一年生の健康診断で、0.1と診断された。
じつをいうと、それまで自分の目が悪いことに、気づいていなかった。
 
本は、目の前に近づけて読む。
人の顔は、輪郭がぼやけている。
 
物心ついた頃から、擦りガラス越しの世界にいた私は、それが、あたりまえのことだと思っていた。
 
そのせいか、いまでも、人の顔をまっすぐ見て話すのが、なんだか苦手で、ドキドキしてしまう。
メガネ越しの矯正された景色は、くっきりしすぎている。
向きあって話している相手に、YES、NO、ハッキリ意見を言わなければいけない気がして、気負ってしまうのだ。
 
正確なのはいいけれど、そればかりでは疲れてしまう。
ときどきメガネを外して、ぼんやりとした世界を眺めてすごす。
 
ネットサーフィンをしていたときに、トイカメラに出会った。
 
写真ファンのサイトに載っていた、ぜんぜん知らないメーカー名のカメラ。
加工しているのかな、と思った。
IT時代に似つかわしくないぼやけた写真。
だけど、気になって、つぎつぎ検索してしまう。
 
トイカメラは、特定のカメラをいうのではない。
もともと大衆向けに、安価に作られていたカメラの総称。
レンズがプラスティック製だったり、素材がオモチャみたいだったりする。
『ロモ』や、『ホルガ』などの機種が有名だ。
その名のとおり、カメラ自体もオモチャみたいだが、撮れる写真もオモチャみたいだ。
だけど、この不器用さが、いまの時代に、かえって人気が出ている。
 
最初に手に入れたのは『VQ1015 R2』というもので、少し厚いマッチ箱ほどの大きさだ。
5,000円くらいだったと思う。
新品の電池をいれても、すぐに「電池切れ」の警告音。
ディスプレイなんて付いていない。
さすがオモチャだ、と笑った。
 
でも、ダメな子ほど可愛いというのは、心理らしい。
小さいから、携帯するのも手軽で、出掛けるたびに持ち歩いた。
 
旅行先で撮影した写真は、たしかにぼやけていた。
隅は黒く影が出て、色もなんだか現実離れ。
ちょっと歪んでもいる。
 
でも、心地よかった。
何がよいのかわからない。
ただ感覚的に「きれい」と思える。
不思議と語りかけてくるような写真。
 
いうなれば、記録にしておきたいのはミラーレス。
眺めていたいと思うのはトイカメラの写真。
旅行写真でも、語りかけてくる、イメージがずいぶん違う。
 
トイカメラは、裸眼で世界を覗いたときのような曖昧さに似ているような気がした。
 
ディスプレイの付いていないトイカメラは、実際にファイルを開くまで、どう撮れたか確認できない。
この感覚は、近づいてみるまで何なのかわからない、裸眼の自分に似ている。
 
いまから思うと、幼少の頃のメガネを買うまでのあいだ、かなり不便な生活を送っていたはずだ。
だけど、不思議とそんな記憶はない。
 
いまでも、風呂に入るときは、メガネを外す。
だけど、そこで困ることはほとんどない。
だいたいの位置は把握しているし、バスルームに置いてある物は、想像が付く。
記憶と想像で、補完しているのだ。
 
トイカメラの、全体が白く飛んでしまった写真は、輪郭が滲み、風景を曖昧にしてしまう。
だけど、その曖昧な部分は、頭のなかで焦点を結ぶように、記憶と想像を刺激してくれている。
 
極端に色味が変わった写真を見ていると、少女漫画でよく見る、フワフワと球体が浮かんだ吹き出しを思いだす。
トイカメラの写真が語りかけてくるのは、やわらかな心の声。
 
私は、メガネを掛けるようになって、逆に視覚に敏感になってしまったと思う。
会話をするときに、相手の表情や、仕草ばかりが気になって、思っていた言葉が出なくなってしまう。
音声だけのほうがどれだけ楽だろうか。
 
ずっと眺めていたいと思うのは、きっと、余計なものはぼかして、大事なイメージだけを、やわらかく語りかけてくれるからではないだろうか。
 
破綻したホワイトバランス、極端な色味。
トイカメラで撮影した写真は、虚構のような世界。
だけど、色メガネを外して見ているような、素直で、やわらかな風景を映してくれる。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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