メディアグランプリ

『愛していると言ってくれ』が教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森北 博子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「聞こえるのと聞こえないのと、私とあなたと、そんなに違うの?」
私は改めて、この言葉を噛みしめていた。
 
日曜日から、ドラマ『愛していると言ってくれ』の再放送が始まった。
耳の聞こえない青年画家「榊晃次」と、小さな劇団に所属する女優の卵「水野紘子」のラブストーリーである。本放送から25年が経ったそうだ。
 
冒頭のセリフは、榊と紘子がぶつかり合いながらも、互いの恋心を初めて確認する場面で発せられた、紘子の心からの叫びである。
 
これまでも、ろう者と健聴者を主人公にしたドラマが数々作られてきた。いずれの放送後も、手話がブームになったのだという。かくいう私も影響を受けて、当時、手話に興味を持った一人だ。「ストーリーに感動した」、あるいは「役者のファンになった」、きっかけはその程度のものである。しかしドラマの熱が冷めれば手話への想いも薄れ、習うまでには至らず、もうずいぶん長いこと手話への興味を忘れたままでいた。
 
ところが、おととしの春に転機が訪れた。それは、回覧板がきっかけだった。いつもはろくに見もせず隣りのお宅に回してしまうのに、たまたま目にした町会新聞で、無料手話講習が行われることを知った。しかも徒歩すぐの福祉センターが会場だという。なんという偶然!
 
「そうか! 今このタイミングで習え、という啓示なんだ!」
 
若いころに観た数々の手話ドラマの感動が蘇ってきて、心が騒いだ。
そして私は、手話講習会に通いはじめたのである。
 
週一回の講義は、ネイティブ(ろう者)の先生が中心となり、難しいところはアシスタントの先生が通訳をする、という形で進められた。1年間通った手話講習は、毎回、新鮮な気づきの連続であった。
 
なかでも一番印象に残っているのは、1回目で出された宿題を、2回目のときに皆の前で発表させられたときのことだ。
 
宿題は、B5用紙に印刷された無地のTシャツの絵の中に、自分が着てみたい柄やイラストを自由に描いてくるというものだった。回収された絵は、すべてホワイトボードに貼り出された。そして1人ずつ前に出て、自分が描いたTシャツの絵をジェスチャーで表現する。それがどれなのかを皆で当てる、というゲーム方式の発表だった。
 
描いた絵は単純でも、これが言葉ナシで伝えるとなるとなかなか難しい。まだ手話を知らない状態なので、オーバーアクションや顔まね物まねなど、各自思い思いに工夫しなければならない。クラスメイトたちは悪戦苦闘していた。
 
もともと身振り手振りを交えて話すような、外交的な人ならたやすいことなのかもしれないが、人見知りの私にとっては、かなりの高いハードルであった。まだそれほど親しくない間柄の皆の前で演じなければいけない、という緊張感は、発表の順番が近づくにつれて高まる一方だった。ちなみにそのとき私が描いた絵は「花」である。予想通り、あっけなく正解を得ることができたのは言うまでもない。
 
しかしこれは、「手話とはどんな言語なのか」を理解するのに必要不可欠な、ショック療法であった。
 
手話は、単なる手技の繰り返しではない。顔の向きや目線の角度、口を閉じたり開いたり、胸を張ったり体を縮こませたり、悲しみや喜びといった表情も伴う、全身を使った総合表現なのだ。手話は語彙数が少ないため、そうした表現方法を使うことで何通りにも意味を持たせている。だから恥ずかしがって手だけ小さく動かしていては、スムーズなコミュニケーションは成立しない。手話の勉強を重ねるごとに、顔や体を使うことの重要性を実感していった。
 
そして受講中、特に勉強になったのは、ネイティブの方々とのお茶会やランチ会だった。
 
手話で伝える、手話を読み取る、といった到達度チェックだけではない。ネイティブの方々が、いかに表現豊かに会話しているかを目の当たりにできたこと、そちらのほうが大きかったと思う。眉や口角を上げ下げし、目を細めたり見開いたり、顔中の筋肉という筋肉をフル稼働して会話するので、その時々の感情や場面の臨場感がよく伝わってくる。豊かな表現につられて、聞いているこちらも表情やリアクションが自然と大きくなってしまうほどだ。
 
私もクラスメイトたちも、ネイティブの方々との交流会が楽しみになっていった。
 
はじめは、ろう者と健聴者の文化の違いや、苦労したこと、生い立ちを尋ねることに終始していた交流会は、回を重ねるごとに興味が「対・ひと」に移っていった。ろう者・健聴者という違いを忘れて、ごく普通の話題が挙がるようになった。しかし同時に、自分の足りない語彙数や、読み取れない手話表現にもどかしい思いをすることも増えていった。もっと手話でスムーズに話したい! という思いを皆が強くしていった。
 
手話という言語を学び、会話のキャッチボールが成立する嬉しさは、外国の人たちと英語でコミュニケーションできる喜びと似ていると思う。たとえば恋人が外国人であったなら、想いを伝えるために、相手の話す言語を必死で覚えようとするだろう。数々の手話ドラマで展開されてきたラブストーリーも、外国語が手話に置き換わったに過ぎない。外国と日本では文化が違うように、ろう者と健聴者の文化も違う。それを理解していく過程で、思い違いやトラブルが生じるのも、きっと同じなのだ。
 
そう考えると、冒頭の紘子のセリフの答えは、どうだろう。
「聞こえるのと聞こえないのと、私とあなたと、そんなに違うの?」
 
私は、何も変わらないと思う。
そこにあるのは、言語と文化の違いだけだ。
 
昨年、ワケあって、手話の勉強を辞めざるを得なかったのだが、『愛していると言ってくれ』の再放送に刺激され「もう一度、勉強してみようかな」という気になっている。当時はわからなかった手話表現を、今は少し理解できるようになっていることが背中を押してくれた。
 
そして、これを機に手話ブームが再び起きたらステキだなと思う。
手話という「言語」の魅力を、多くの人が知るきっかけになればと期待している。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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