近道を探さない勇気
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:深田 千晴(ライティング・ゼミ通信限定コース)
学習の場では「近道を探せ」とよく言われる。目的に向かって、効率よく、時間をかけずに取り組めということだ。それができれば、同じ時間や労力でたくさんのものを得られる。
そして、このごろでは近道を探すのがとても簡単になってきたとも思う。参考書や動画、google検索を駆使すれば、知識や技術、方法論があふれんばかりに手に入る。だからなのか、要領よく、うまくやれずに困っている者を「自己責任」だと責める風潮も高まっているように感じる。
けれども……本当にそうだろうか?
そんな時流に一線を画すのが、子どもである。
彼らは近道を探さない。後も先も見ない。求めるのはわくわくするような楽しさ、それだけである。
私は3歳と0歳の男の子を育てている。
出産を機に「専業主婦」になって、平日は彼らが寝ている時間以外、ずっと一緒にいる。
天気が良ければ、次男をベビーカーに乗せ、長男の手を引いて出かける。0歳児は自転車の後部座席に載せられないので、移動はいつも徒歩だ。公園や児童館で遊ばせる前後に、細々した用事を済ませたいのだが、だいたい予定通りにはいかない。
「ママ、見て見て。テントウムシがいるよ」
駅前のスーパーに行く途中だった。長男が歩道の上で立ち止まり、座り込む。家を出てからまだ5メートルほどしか進んでいない。
「今日は駅の方に行くんだよ。電車、見たいでしょ?」
少しでも早く行きたい私は、気をそらそうと声をかけた。ただでさえ、長男のペースに合わせて歩くと倍の時間がかかるのに……しかし、長男はびくともせず、
「ママ、見て見て」
と繰り返す。
仕方なく、私は立ち止まった。歩道のすみに、大人の足の幅より狭い茂みがある。かがんで覗き込むと、小指の先ほどの大きさの、黒いテントウムシがいた。茂みの中を潜ったり、葉の上に出てきたりしている。歩きながら、よく気が付くものだと、その点だけは感心した。
専業主婦は悠悠自適だと思っている向きが多いだろう。私もそう思っていたが、現実は違う。就業時間にしばられることはない一方、家事の合間の子どもとのやり取りに時間が少しずつ奪われ、予定は全く予定通りに進まず、気が付くと夜になっている。
積み残しを翌日に回そうにも、翌日もまた同じように家事と育児のタスクがある。そんなことを繰り返すうちに、片付かないままの部屋があり、家具の隅に誇りは溜まり、一息つけるときにやろう、と思っていた勉強はいつまでもできない――もちろん、人による部分は大きいだろうが、少なくとも私が専業主婦になってからの3年は、そのように過ぎた印象である。
勉強のために買った本は、手付かずで積みあがるばかりになっていた。リビングに置いたその本たちに、今日も触れなかったと思うとイライラして、自分を責めた。時間が足りない。どうしてできないんだろう。私はそんな焦りを常に抱えていた。誰に追われるわけでもないのに、自分を追い込み、そのことに疲れ始めていた。
長男とともにテントウムシを見つめて、何分くらい経っただろう。交通事故にあわないよう時々左右を確認し、ベビーカーに座っている次男の様子もちらちら見つつ、長男と会話をする。そういう時間は、私にとってとても長い。早く歩いて、早く買い物を済ませて、早く帰れたら……1分でも……という気持ちだった。帰ったら帰ったで、掃除や夕飯づくり、洗濯もの畳みなど、タスクは尽きないのに。
テントウムシはそんな思いにかまうことなく、出てきたり、もぐったりしている。
不意に、長男が言った。
「ママ、テントウムシさんは、なにしてるの?」
私は戸惑った。確かに、何をしているんだろう?
「何をしているんだろうね。なんだと思う?」
「遊んでるんじゃない?」
長男は答えた。「トンネルをくぐっているみたいだよ」
それはたぶん、正解ではない。けれどもそれ以上に、長男が自ら日常の中の疑問に気づき、その答えを自分の頭で考えようとしていたことに感動した。勉強する時間がないと嘆いている私よりも、彼のほうが、よっぽど学んでいる。今までテントウムシに興味をもつことなどなかった私は、帰ったら調べてみようとひそかに決意していた。「あのテントウムシは、おそらく葉の裏のもっと小さな虫を食べていたんだろう」とわかった後も、長男とはひとしきり盛り上がった。テントウムシの口はどこなのか。どうやって虫を捕まえるのか。排便はどうなのか……
この経験を忘れたくなくて、私は日記をつけるようになった。寝かしつけた子どもの様子を見ながら、頭に浮かんだ疑問や関心事をスマートフォンのメモに思うままつづっていく。
すると思いもよらない効果があった。頭がすっきりして、5分や10分の空いた時間に、気になっていたことを調べたり、本を手に取ったりできるようになった。そして最もよかったことは、タスクの残りに気を取られず、長男と次男との時間を楽しめるようになったことだ。彼らが見ている世界を一緒に見るのは、とてもわくわくする。正解を早く知ることだけが大切なのではない。小さなことに立ち止まり、考える経験は、思いもよらないところでつながり、自分だけの学びになっていく。
近道を探さない勇気が、大人になった私に、新しい学びを与えてくれた。
***
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