立ち飲み屋はダンジョンかもしれない件について
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ちゃんなな(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「社会人になると、平日の夜はなんにもできひんよ。お給料でついお酒飲んでしまうからね。酔ってしまったらややこしいことは考えられへん。」
研究室の飲み会で教授がそんなことを言っていた。
大学の4年生の冬。卒論の提出も終わり、いよいよもうすぐ卒業と就職、というタイミングだった。
その場では酔った勢いで「いやいや私は社会人になっても頑張って、ブログとかいっぱい書いてみせますよ」と息巻いて、レモンサワーをあおっていた私だったが、蓋を開けてみればどうだろう。
比較的早く退勤できた日は駅と家の間のスーパーに吸い寄せられて、缶ビールかチューハイを買ってしまうのだ。カシュっと開けてグビグビやると、もう教授の言うとおりややこしいことは考えられない。読書や記事執筆のような生産性の高いことはできなくて、ベッドでダラダラネットサーフィンして、寝落ちするギリギリで歯を磨いて着替えて寝る。
そんなどうしようもないOLになってしまった。
まれに「お酒を飲んだほうが仕事や勉強ができる」という人がいる。
同僚のエンジニアはビールをガブガブ飲みながら、常人には考えられないスピードでコーディングをするらしい。前職の有名なベテラン社員も同じタイプだったようで「職務規定には会社で酒を飲んではいけないって書いてあるけど、飲んだほうが捗るんだよな」とよく嘆いていたそうだ。
常人には信じがたいが、アルコールは彼らの能力をブーストする特殊アイテムなのだ。RPGの、魔力が1.5倍になるポーションのように効くらしい。
一方、普通の人間の私がお酒を飲むのは、逆の作用だ。
意識がはっきりしていると、どうしても仕事やプライベートの心配事が頭をよぎる。いろいろ考えすぎて気が重くなる前に、わざと意識を。そうすれば徐々に嫌なことも忘れて落ち着いて眠ることができる。
お酒は回復力を高める代わりに、1ターンおやすみするアイテムなのだ。
もちろん回復アイテムは便利だ。なくてはならない。
だけど強化アイテムのようにお酒が飲める人のことは、ずっと素直に羨ましかった。
そんな調子でお酒を飲み、いつしか私もアラサーと言われる歳になった頃。
新しい発見があったのは、近所の立ち飲み屋でのことだった。
そこは古い雑居ビルの2階にある小さな店で、8人入ると超満員。床の木材はギシギシいうし、エアコンはいつ行っても修理される気配がない。
店員は痩せ型の中年男性のマスターただ一人。彼もまた酒を飲むと生産性が上がるタイプの怪人で、客に酒を注ぎながら自分も毎晩ビールを2リットル、ワインをボトル1本飲むらしい。
ボロい立ち飲み屋ではあるが、意外と女性一人でも落ち着いて飲める雰囲気で、小皿料理が安くて美味しいこともあり、あるときから私は仕事帰りや友人と飲む2軒目として利用するようになった。
それはある平日の夜、この立ち飲み屋で味玉をつつきつつ安いチリの白ワインを飲みながら、いつものように少しずつ意識を飛ばしていたとき。
2杯目のおかわりをしたあとに、自分の頭が妙に冴えていることに気がついた。
そしてそのときずっと気がかりだった仕事について、「なぜこの仕事が嫌なのか」「どの部分がボトルネックになっているのか」「誰に相談すればことがうまく運びそうか」が頭の中にポンポン浮かんでいたのだ。
その日は「ずっと悩んでいると、突然解決策が思いつくこともあるんだなぁ」くらいに思っていたが、また別の日に友人とこの立ち飲み屋で飲んでいても同じようなことがあった。
以前から聞いていた友人の交際相手とのすれ違いに対して、クリエティカルな助言が浮かんだのだ。
「すごい、ナナさん今日、めちゃくちゃ冴えてるじゃん!有能!」と私を褒める友人。
おかしいな。お酒を飲んだ私はポンコツダメダメOLのはずなのに。
もしかして、私も体質が変わってお酒がポーションみたいに効くようになったのだろうか?
だが、家で飲んでも何もできないのは変わらないし、ほかの普通の居酒屋では同じような体験はほとんどない。
なぜか立ち飲み屋にいるときだけ、素晴らしい天啓を得ることができているようなのだ。
なぜだろう?
別の機会に、店のマスターにこの立ち飲みの魔法について訊いてみることにした。
「そうだねぇ、立ち飲みってのは、冷静に考えるとすごく危険なんだよね」
腕を組んで、あっけらかんと話すマスター。
「お酒を飲むと酔っ払うけどさ、立ち飲みだと座って飲んでいるときみたいにぼんやりできないじゃない。立ったまま倒れると大惨事だから。常に気を張っていないといけないわけ」
「なるほど……?」
「だから酔っているけど、逆に頭が冴えてくる気がするんだよね。ほら、しかもぼくは、包丁も握らないといけないしね」
そう言いながら店長は、手元のコップのワインをクイッと飲みきって、ニヤリと笑った。
立ち飲み屋のくせに、立ち飲みは危険と言い張ってみせる。その笑顔が怪しすぎて、マスターはまるで中ボスくらいのモンスターに見えた。
酔った頭を冷やしながら考える。
「……ひょっとすると立ち飲み屋は現代人が気軽に立ち寄れる、冒険ダンジョンなのかもしれない」あえて危険に身を晒すことで、日々の社会人生活という鎖で封印されし力を解放することができる。ちょっと飲んでさっさと引き返すもよし、深酒で他の客と舌戦をやるもよし。ほろ酔い気分と千鳥足で、日頃の鬱憤に会心の一撃を叩き込もう……!
ここまで、すべて酔っぱらいの戯言にすぎない。でも、行き詰まったときは一度、身近な「立ち飲みダンジョン」を試してみてほしい。
ちなみにこの原稿のネタも、悩んだ末に立ち飲み屋に迷い込み、ダンジョンの壺を全部割るように探し回って見つけたものだ。
だから立ち飲み屋の力は本物に違いない。信じてもらえないだろうか?
***
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