私たちは皆役者である
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:藤井佑香(ライティング・ゼミ 通信限定コース)
「藤井さん、ドラマトゥルギーってご存知ですか?」
目の前のAくんから、よく分からない横文字が飛び出してきた。Aくんは、仕事を通じて知り合った人だ。暫く海外に住んでいた彼が帰国したということで、久しぶりに会ってお茶をした。
「ど、ドラマ剣(つるぎ)……?」
「ドラマトゥルギーです(笑)。社会学の理論の1つなんですが」
Aくんは、海外の有名大学を卒業している。流石言うことも小難しいなと感心して耳を傾けた。賢そうな彼の説明を要約すると、ドラマトゥルギーとは、(私の理解が正しければ)私たちは役者という職業でなくても、実は常に演技をしているという考え方のことらしい(多分)。そう言われてみると、思い当たる節があった。
「確かに、私たちって常に何かの役割があるよね。家族の中だったら娘の役割、とか妻の役割とか」
「そうです、そういうことなんです。上司と話すときは自然に敬語になって話し方が変わるとか。僕たちは、気づかない内に与えられた、あるいは期待されている役割によって自分の振舞いを変えているっていう考え方がこの理論なんです」
何故Aくんとそういう話をするに至ったかはあまり思い出せない。しかし、Aくんと話していると、大学進学時の記憶が蘇ってきた。
私は、地方から東京の大学に進学した。新しい環境にはすぐ慣れるだろうか。友達は出来るだろうか……。様々な心配を抱えて東京に出てきた。しかし、最初に混乱したのは意外なことだった。
それは、大学での自分のキャラ設定である。
大学に進学する前は、幼稚園から高校までの一貫教育を行っている学校に通っていた。そのため、クラス替えなどで環境が変わったとしても、知らない人が居ない環境に身を置いたことがなかった。しかし、大学に入ると、周りの誰も私のことを知らない。ということは、私のこれからのキャラ設定次第で、どんな人にでもなれる、ということだと思った。じゃぁ、どんなキャラが良いのだろう。というか、今までの地元で友人に思われていた私のキャラってどんなものだったのだろう……。周りに知り合いが居なくなると、普段自分がどう振舞っていたのかさえ、思い出せなくなってしまった。新しい環境に身を置くことで、何にでもなれる自分。だけど、そのなりたい自分も、元の自分もよく分からなくなってしまった。自分って一体どんな人なんだろう。考えれば考えるほど混乱してしまったのだ。
ドラマトゥルギーなる考え方に出会った今、大学時代のはじまりの混乱を振り返ると、まさに私は周りから期待される役割を演じたかっただけなのかもしれない、と気づいた。地元での私は、生徒会長も務めるような優等生だった。その期待に応えるべく、校則はきっちりと守り、勉強も頑張った(結果はついてこなかったが……)。しかし、大学に入ると優等生であることは、誰かに期待されることではなくなった。そうなると、優等生を演じる必要はなくなる。初めて会った人たちばかりに囲まれると、周りから何を期待されているかも分からない。だからこそ、演じる役さえ見つからなくなってしまい、キャラ設定に迷ったのだと今更ながら理解することが出来た。結局、大学ではキャラの模索を続けた結果、「自信があって、ハッキリ物をいう人」というのが、自分の中で確立されてきた。細かいきっかけは覚えていない。しかし、そういう風に振舞った時に、周りの友人が面白いと評価してくれたのは確かだった。その時に、なるほど、このキャラであれば、ウケが狙えるのか。そう思うと嬉しくなったし、そう振舞うことが期待されているような気がしたのだと思う。結果、大学4年間はそのキャラで過ごすことになったのだった。
大学進学時の混乱が言葉で説明出来てスッキリしたとはいえ、私は今でも期待される役割を演じることから逃れられてはいない。家にいる時は妻の役、職場では部下や先輩の役。コンビニやレストランに行けば客になる。その都度与えられた役割に対する周りからの期待があって、それに応えようと、自分の振舞いを変えている。そして、この感覚は、私だけではないと思う。殆どの人が、無意識の内に、置かれた環境で期待される役割を演じているんじゃないだろうか。Aくんが説明してくれた社会学での理論の詳細は、私には難しすぎて分からない。ただ、これが自分だと思っているものが、実は演じているものかもしれないと気づくことには、意味があるように感じている。何かの役割を演じている自分がいるとしたら、演じていない自分も居るはずだ。本当の自分の姿はそっちにあるかもしれない。
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