中指に、お守りを
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:鳥井 春菜(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ふぅーっ」
息を吐きながら、左手の中指に細い金色の指輪を通す。
繊細なデザインがほどこされたその指輪には、小さなダイヤがさりげなく飾られている。
「……よしっ!」
化粧を終え、オフィスカジュアルを身にまとって最後にこの指輪をはめれば準備完了。最後にもう一度、鏡を確認する。表情が華やぐアプリコットのリップもお気に入りだ。学生時代はピンク系のメイクが多かったが、社会人になった今はもっぱらオレンジ系のリップとチークを使っている。少しでも、大人っぽく、スマートに見せたかった。
その指輪を買ったのは、社会人二年目のことだ。ボーナスを手にした私は、とあるジュエリーショップを訪れていた。万単位の商品が並ぶその店は駅ビルの中にあり、今まで何度も目にしているはずなのに、意識したこともなければ入ったこともなかった。白を貴重とした店内で、キレイな女性スタッフにそっと声をかけられる。その指には何種類もの指輪が重ね付けされていて、キラキラと輝いていた。私は少し緊張していたが、その胸にはふつふつと高揚感が湧き上がっていた。
とはいえ、私はボーナスに浮かれてその場所にいたわけではない。むしろとても真剣な心持ちでここを訪れたのだ。ほしかったのは、自分を“持ち上げてくれる”モノ。もちろん物理的にではなく、実際の自分よりも大人っぽく見せてくれて、少し背伸びをさせてくれるようなアイテムを探していたのだった。
そして見つけたのが、その指輪だった。2、3㎜の細いリングなのに、小さな輪っかが連なったような「透かし」の技工がほどこされており、角度によってキラリと光る小さなダイヤモンドは全く押し付けがましくない。繊細さと華やかさのある、とてもキレイな指輪だった。
「どの指におつけになりますか?」
先程の女性店員が優しい声で聞いてくれる。私はガラスのショーケースの上に置かれたPOPを見た。つける指によって、指輪は異なる効能を発揮するらしい。
「じゃあ……左手の中指でお願いします」
迷わず選んだ、左手の中指。それは指輪をつければ、表現やクリエイティブの能力を引き出してくれるという指だった。広告代理店に務める私は、仕事で結果を残し、早く独り立ちしたいと思っていた。
結果で言ってしまうと、指輪の効能はあった。クリエイティブの能力を引き出してくれたかは、分からない。だけど、手元を見るたびにそれはキラリと光って、私を励ました。細く繊細なつくりのジュエリーは、私の短く赤子のような指もオトナの女性らしく、ほんの少しキレイに見せてくれた。パソコンを打つ手が、軽やかになった気がした。
まだまだ未熟な自分でも、見た目からオトナっぽくすることで「デキる女」のような気持ちになろうとしていた。自然と振る舞いも、少しだけ変わった。自信のない声で話すことをやめ、踏み込むことを意識した。
キラキラ光るジュエリーがお守りにもなると気がついたのは、その時だった。ブレスレットやネックレス、イヤリング、指輪。これまでだって様々なアクセサリーを身に着けてきた。それらはすべて、自分を着飾るためのものだった。でもこの指輪は違う。それは、そっと励まし、胸を張らせ、背中を押してくれるものだった。なりたい自分の断片であり、憧れへのとば口であり、未来を引き寄せる細い糸だった。
「それ、彼氏から?」
そう聞かれることもあった。そうじゃない、この指輪は自分で買ったことに意味があるのだ。自分を自分で、なりたい未来へ連れて行くことが大切なのだから。私の中で、この指輪は、他のアクセサリーと全く違う意味を持っていた。それは、意志の表れであり、いつしか相棒のように思っていた。
そうして毎朝はめていた指輪も、いつしか付けない日が増えていた。少しずつ、気持ちに余裕ができて、その儀式が自分に必要なくなっていたのかもしれない。それでも、この指輪が自分にとって大切なものであることに変わりはない。これまで心の支えとして頼っていたし、何よりなんとか現状から這い上がろうともがく自分を思い出す。「オトナっぽく見せたくて、キレイな指輪を買いました」なんて、とても安直で人にする話でもないが、私は本当はそんな自分を笑えない。どうにかしてやると手を伸ばした「意志」が、そこには詰まっているのだから。
身につけるものは、その時の思考を表す。何を重視しているのか、どんな自分になりたいのか。そして、その思いが強ければ強いほど、自分にとって特別なものになり、その思いを宿したまま残る。あの頃の私を支えてくれた指輪は、あの頃の私の意志を背負っているし、そしてこれから私が勇気をもらいたいと指にはめて頼るたびに、その時の不安も、期待も、喜びも、悔しさも吸収していくのだろう。指輪をつけるたびに、過去の自分に励まされながら、背筋を伸ばすのかもしれない。相棒であり、軌跡なのだ。輝くダイヤモンドはただの宝石ではなく、それを選んだ私の意志の塊だと思う。
あなたの隣の女性がステキな指輪をつけているとき、そこにはそんな物語があるかもしれない。あるいは、あなた自身が大切に選んだものが、そうした物語を紡ぐかもしれない。
伸ばした手は、いつも何かを掴む。強い願いや意志があれば、その気持ちにこたえて武器にもお守りにもメタモルフォーゼしてくれる特別なものとの、貴重な出会いにつながるかもしれない。
***
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