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ベトナム人は山田さんが怖いという話


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記事:しげG(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「おーい、山田!」
「す、すみません!」
 
あやまったのは山田さんではない。となりにいたベトナム人である。
 
日本語教師になって4年が経つ。
中国、ベトナム、ネパール、スリランカ、インド、バングラデシュ、ミャンマー……。
教室は国際会議場のようだ。
 
その中でも近年、ベトナムからの留学生が増えている。
日本学生支援機構によると、2019年におけるベトナム人留学生の数はおよそ7万人。全留学生の23%を占める。中国人留学生に次いで第2位の割合だ。
コンビニや居酒屋でアルバイトをするベトナム人の姿も珍しい光景ではなくなった。
 
日本からベトナムへの旅行も人気だ。
食事が美味しいし、治安もよい。フライトも6~7時間ほどだ。
ベトナム観光総局の調べによると、日本からの観光客は2009年のおよそ30万人から2019年には80万人を超えたらしい。
 
ベトナムの小学校では、日本語を「第一外国語」として教える動きもあるようだ。
経済的な結び付きだけではない。教育にいたるまで、日本は名実ともにベトナムのパートナーなのである。
 
ところで彼らが話すベトナム語は、世界一困難な言語だと言われている。文字はアルファベットに近いので、難しいものではない。文法も英語と似ており、特殊なルールはない。
 
問題は発音だ。
日本語の母音は「あ・い・う・え・お」の5つである。
ベトナム語には11の母音がある。さらにその母音同士をくっつけた二重母音が6つある。
 
これだけではない。声調と呼ばれる音の高低が実にやっかいなのである。
例をあげてみよう。
 
マー(高い音から低い音へ)これは「しかし」という意味である。
マー(低い音から高い音へ)これは「ほっぺた」という意味である。
 
さらに、音を上げたり下げたり、まっすぐ伸ばしたり。
実に6つもの声調がある。「マー」にも6つの意味が存在するのだ。
 
ガイドブックに載っているカタカナ表記のベトナム語も注意が必要だ。
「市場」は「チョー」という。だが発音を間違えると「待つ」という意味になってしまう。
市場に行きたいから「チョー、チョー」と言っても、ベトナム人には「待つ、待つ」と聞こえてしまうのだ。
 
なんど聞いても聞き取れない発音もある。
日本語の「乾杯」にあたる「dzo」だ。
「ジョ」と「ヨ」の真ん中の音らしい。
 
学生たちと飲んだときのことだ。
「先生、乾杯お願いします」
よし、ベトナム語で音頭をとってやるかと意気込んだ。
 
「じゃあみんな、ビールを持って。ジョ!」
「先生、ジョじゃないです。ヨです」
「ごめんごめん、じゃあもう1回。ヨ!」
「先生、それも違います……」
 
お手上げである。日本人は「dzo」の発音ができないのだ。
 
一方ベトナム人も、日本人の「ヤ・ユ・ヨ」の発音が聞き取れないらしい。
「ジャ・ジュ・ジョ」に聞こえるそうだ。
たとえば「ヤマ」と日本人が言う。
それがベトナム人には「ジャマ」と聞こえるのだ。
 
冒頭の会話を説明をしよう。
 
フォンという、ハノイから来た女子留学生がいる。
小柄でおとなしい性格だが、アルバイトで学費を稼ぎながら勉強を続ける努力家だ。
彼女が働くコンビニには「山田さん」というスタッフがいる。
あるとき店長が遠くからその山田さんを呼んだ。
 
「おーい、山田!」
これが彼女には
「おーい、邪魔だ!」と聞こえたのである。
 
彼女は自分が何かの邪魔をしているのかと思い、とっさに
「す、すみません!」
と謝ってしまったのである。
 
思わず笑ってしまったが、彼女にとっては店長に怒鳴られるという、恐怖体験だったのである。
 
似たようなケースもある。
バンという、ホーチミンから来た男子留学生のケースだ。
日本の大学進学を目指す、まじめな熱血漢である。
先日、アルバイト先の男性スタッフの名前が思い出せず、店長に聞いたそうだ。
 
「すみません店長、あの男性の名前、忘れてしまいました」
「ああ、あの人は女子だ」
「ええ!?」
 
男なのに女子だって? そうか、あの人は本当は女性で、男装をしているのか。
彼は本気でそう思ったらしい。そのスタッフとどう向き合えばいいのか、真剣に悩んだそうだ。
 
読者のみなさんはもうお気付きだろう。
男性スタッフの名前は「吉田」である。
「ヨシダ」が「ジョシダ」に聞こえたのだ。
数日後には事の真相がわかり、彼もほっとしたそうだ。
 
こんなケースもある。
ベトナム語には「ツ」という発音がない。「チュ」なのである。
 
「今日はアツイですね。はい、みなさん言ってください」
「今日はアチュイですね」
「チュじゃなくて、ツですよ。はい、ツ」
「チュ」
 
ベトナム人の耳には「ツ」も「チュ」も同じ音に聞こえるらしい。
耳のいい学生はしっかりと聞き分け、話し分けることもできるのだが。
 
昨年来日したティエンという留学生がいる。
ファッションにこだわるおしゃれ系男子で、勉強にも熱心である。
2年目ともなると、経済やビジネス用語も使えるようになる。
 
「先生、最近日本の中華は伸びてますね」
中華? 日本のラーメンは麺が伸びているというのか。
 
お気付きだろうが「中華」ではなく「通貨」の話である。
 
こんな素朴でけなげなベトナム人留学生たち。
残念ながら差別的な発言を受けることも多い。
電車の中で友達と話していると「うるさい!」と叱られるらしい。
日本人同士は注意されないのに……。彼らは悲しげな顔をする。
 
日本語学校では、公共の場では静かにするよう教えている。
外国人だからという理由で、ちょっとしたことでも問題視されてしまうからだ。
彼らもそんな現実はわかっている。だらかなるべく小声で話すよう気を付けているのだ。
 
前述のように、ベトナムでは小学校から日本語を学ぶという動きがある。
日本を目指す若者も増えてくるだろう。
 
だが心ない人たちの一言が、彼らを傷つけてしまう。
日本はもう嫌だ。そんな気持ちが彼らの中で芽生えてしまうかもしれない。
 
もし留学生が来なくなってしまったら?
コンビニや居酒屋は働き手を失ってしまう。
農業や漁業、製造業や介護業界も同様だ。
日本の産業が受けるダメージは小さくないのである。
 
どうか暖かい目で見守ってほしい。
彼らは日本が好きなのだ。
中国や韓国へ留学するベトナム人もいる。
しかし彼らは日本を選んだのだ。
日本に来てよかったと思ってほしい。
 
日本語教師、そして日本人としての筆者からのお願いである。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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