父に、将来赤ちゃんになってほしい、と願う
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:若林麻由(ライティング・ライブ福岡会場)
2021年5月末、入院中の父から電話があった。
「今からエクモをつけるから、しばらく話せなくなる」
父とは思えない、か弱い、かすれた声だった。
「絶対死んじゃダメだよ!」
電話の向こうで小さく頷いているのが分かる。
「お父さん!大好きだよ!元気になって絶対帰ってきてね!」
「うん」
父も多分、泣いていた。
会話したのはこれが最後となった。
エクモでの治療をしての生還率50%。
もしかしたらこのまま会えないまま死んでしまうのかもしれない。
そう思ったら、電話を切った後も涙が止まらなかった。
テレビでは毎日ニュースで報道されているけれど、
父が感染するまでは、どこか他人事だった。
感染対策もしているし、外出もそんなにしていない。
発熱した前日まで、母と共通の趣味のダンスを楽しんでいたのに、
発症して3週間で、余命あと1週間と言われ、母はどん底に突き落とされた。
でもそこから1週間で、体内の菌はなくなり、隔離病棟からICUに移動できた。
父は意地を見せてくれた。
もし菌で死んでしまったら、看取ることもできない。葬儀をすることもできない。最悪の事態は免れることができた。
菌が父の体内からなくなったおかげで、週に一度、家族だけは15分の面会が許された。
しかし、治療のリスクとして懸念していた多臓器障害になった。
透析をし、気管切開をし、首と太ももにエクモの太い管が入り、意識はない。
いくつもの機械に繋がれ、筋肉の落ちた身体は、とても父とは思えない。
でも、顔にしっかり脂が浮いている。
父の肌の色がちゃんと、ある。ほんのりピンク色。
父の活力を感じた。
父は、生きている。
意識はなくても耳は聞こえているはずだと、とにかく話しかけた。
意識のない状態が2ヶ月続いた。
母が痩せていった。
もしかしたら奇跡が起きて助かるんじゃないかという期待と、
もうすぐ死んでしまうのかもしれないという恐怖。
毎日毎日、祈ることだけは続けた。
でもそれ以外に、父にしてあげられることが、何もない。
なんて無力なんだろう。
歯がゆい気持ちと、不安と。
毎日、心臓が押しつぶされそうで、正直、仕事も手につかなかった。
ただ、父と、心が通い合うことのないこの期間があったことで、現状を少しづつ受け入れることができたのかもしれない。
発症して3ヶ月たった暑い夏の日、父の意識が少し戻った。
しかし気管切開しているから声が出ない。
何か話そうとしているのにそれが読み取れない。
それが悔しくて悔しくて、涙が出た。
必死に父の口の動きを見ていた時、
ありがとう、と小さく動いた。
声にならない声。でも、分かった。すかさず、
「お父さん!こっちこそありがとうだよ!」
って言ったら、小さくうなづいてくれた。
もう、死期が近づいていることが分かっていたのだろうか。
そのあとは口を動かさなくなり、眠っているような表情になった。
次の日、朝早くに病院の先生に呼び出された時には完全に意識はなくなっていた。
父の顔は、土と同じ色だった。
その日の夜、機械から鳴り響く、ピーという異常音にも耳が慣れてしまうくらいにたくさんの機械の中で、家族に見守られながら、静かに息を引き取った。
看護師さんから、
「エクモをつける前に、もしこれで死んでも悔いはない、っておっしゃってたんです。人生充実されてたんですね」と言ってもらい、その言葉に救われた。
「よく頑張ったね」って、父のおでこを優しく撫でると、ほんのり脂が手についた。
お父さん。
最期まで、しっかり生きようと頑張ってくれてありがとう!
振り返ってみると、私はかなり父の影響を受けて育った。
読書する父が、本に線を引くのに憧れて、幼少期の私も絵本に線を引いていた。
絵本を開けば、むかしむかしあるところに、という文章にも、線が引いてある。
社長になるのが夢なんだ! と脱サラして、会社起こして頑張ってる姿を見て、
経営者ってかっこいい! と思っていたからだろう、私も、形は違えど同じ道を選んだ。
父も母も66歳。親孝行はいつでもできると思っていた。
父と母の共通の趣味はダンスで、私も、ダンスの競技会いつか見に行くね、とよく言っていたけれど、結局、行く行く詐欺で終わってしまった。
親孝行は親が元気なうちに、とよく耳にするが、
ほんとにそうだ。
何もできていない自分に腹が立つ。
父の亡き後、どういう形で、親孝行ができるのだろうか?
何があるだろう。
まず、できること。
⋯⋯そうだ、私自身が幸せでいること。幸せでいつづけること。
それだけかもしれない。
多くを語るわけではないけれど、母と喧嘩もするけれど、週4日ペースで母と二人でダンスをしていた父。
日々楽しそうだった。
日々充実していた。
それが父がみせてくれた家族の在り方。
そんな家庭を私自身が目指すこと。
私の二人の子ども達から、お父さんやお母さんみたいな大人になりたいって言ってもらえるような私になること。
やれなかった後悔に目を向けるより、今からやれる親孝行を意識していきたい。
父と母のところに生まれてきて、本当によかった。
よく、子どもが親を選んで生まれてくる、というけれど、
私は、母の子宮に着床する前の時点から、人を選ぶ能力に長けていたようだ。
何の長所もない私に備わっていた、最強の能力なのかもしれない。
お母さん、一緒に、思う存分、お父さんの話をしよう。
お父さんへ
私の孫として生まれてきてね。
赤ちゃんとして生まれてきたあなたを家族みんなで抱っこするよ。
***
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