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美しい傷~患者さまの一生に寄り添うものだからこそ~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:林明澄(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「うん。美しいストマ(人工肛門)になったね」
手術中、前に立つ上司の先生が満足そうな表情で言った。その発言を聞いた時、私は“肛門”に“美しい”という表現を使うことに驚いた。肛門は便の通る場所である。その形に美しいとか美しくないとかあるのだろうか。
 
皆様は、おへその横に便の出口を作る“人工肛門”というものをご存じだろうか。人工肛門をつけている方向けに、多目的トイレにシャワーが設置されているのを見たことがある方もいるかもしれない。
人間は、口から入った食べ物が食道、胃、小腸、大腸と一本の管を通って便として出るように出来ている。それが大腸や小腸などで詰まると、腹痛や気持ち悪さ、吐き気の原因になる。その状態が続くと、腸がパンパンになり、酷いときには腸が破裂してしまう。そのため、腸が狭窄してしまった患者さんにはなるべく早く詰まりを解消してあげることが必要だ。狭窄より手前の腸管を切り、お腹の外に出すことで便の出口を作るのが“人工肛門”だ。ちなみに、肛門括約筋という排便をつかさどる筋肉はお腹にはないため、出した腸管の先はパウチをつけ、便はそこに溜めていく。
 
医師になって半年。消化器外科で働いていたこの日、私は若い女性の人工肛門を作る手術に助手として入っていた。腸の病気のために大腸が狭窄し、食事をとれない患者さんの小腸の一部を切り人工肛門としてお腹からおへその横に出す手術だった。彼女は手術直前の3日間、食べたものをすべて吐いてしまう状態だった。病気のために熱もあり、吐き気で苦しそうな患者さんの状態を踏まえ、緊急で手術を行うこととなった。
手術が始まり、お腹の中を専用のカメラで覗くと術前の検査では分からなかった患者さんの状態が次々とわかってきた。お腹の中の炎症が激しく、腸管はほかの臓器とくっついていた。執刀と助手の先生は患者さんの病状を踏まえ、どのような人工肛門がいいのか、他の先生と相談しながら一つ一つ手術を進めていった。一度作った人工肛門に納得できず、再度作り直した後に先生が言ったのが冒頭のセリフだった。
 
この日手術をしていた先生は、いつも患者さんの立場に寄り添う先生だった。当番の先生が行ってくれる仕事についても、必ず自分で足を運び、穏やかな口調で診察する。患者さんだけでなく、若手の先生からもとても慕われていた。
「この方にとって、一生一緒に生活していくものになるからね」「きれいに作れてよかった」その先生が穏やかな表情でそう微笑んだ人工肛門は、素人の私から見ても対称の山型できれいな物だった。その前の納得いかずに作り直したものとは全く異なっていた。先生の“美しい”という言葉がしっくりきた瞬間だった。
 
その後、私は外科で様々な患者さんの手術に入らせてもらった。その中で、今でも鮮明に覚えているとある若い女性がいる。彼女は20歳代の若い女性で、乳癌を患ってしまい、乳房をとる手術だった。彼女は、手術室に入って来る前から泣いていた。付き添いの看護師さんが温かい言葉をかける度、眼からは大粒の涙がこぼれた。
初めての“癌”という病気と大きな手術に、不安でいっぱいの顔をしていた。
 
少し時間が経って、気持ちが落ち着いた後、全身麻酔をかけた上で手術が始まった。乳腺組織を皮膚から剥がし、摘出。その後、止血をしっかり確認し、閉創となる。私は、最後の閉創を担当した。
手術の閉創は多くの場合、2週間程度かけて自然に体の中で溶ける糸を用い、糸が表面に出ない縫い方で閉じていく。撚れたり引っ張られたりすることないよう丁寧に一つ一つ縫った。縫い進めてみて、閉じた創に納得出来ないければ、一度糸を切って縫い直しもした。必死で“綺麗に”縫い、最後には思い描いた通りに美しく縫えた。とても嬉しかった。
 
術後、私たち外科医は創や体の状態を確認するため、何度も患者さんのところへ足を運ぶ。
「お傷、綺麗に直ってますからね。順調ですよ」
手術の次の日、術前に泣いていた患者さんがみせた、ほっとした穏やかな顔が私の心に残った。「ああ、よかった」私が担当したのはほんの一部だったけれど、そう思った。
 
手術は、誰しもできれば受けたくないものだと思う。どんな手術にも合併症のリスクはあるし、大きな手術は体に大きな負担をかける。不安に感じるのはもっともだ。
術中に体の中で切ったり縫ったりする手順を見ることのない患者さんにとって、その後長きにわたり、創が手術を受けたことを実感する一番身近なものとなる。
 
私自身は、手術を受けたことはない。手術をこれから受ける患者さんの不安や苦しみを想像でしか慮ることは出来ない。
だからこそ、患者さんが少しでも前向きな気持ちでいられるよう、小さな事でも貢献したいと思う。きっと、汚い縫合創より、きれいな“美しい”傷がその一助になるのではないかと思う。この患者さんとの出会いは、手術の傷にはそんな役割があることを教えてくれた。これから出会う患者さんのために、私はこれからも技術を磨いていきたい。
 
 
 
 
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