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何もないつまらない日常ほど奇跡的なことはない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:中村まりこ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
今日、あなたは誰かに「おはよう」と言っただろうか。
 
言う相手は誰でもいい。
身近な家族や、愛おしい恋人、かわいいペットでもいい。
会社の上司や同僚でもいい。
 
その「おはよう」はどんな「おはよう」だっただろうか。
 
清々しく目覚め、元気いっぱいだった?
前日に喧嘩して、口も聞きたくない気持ちで、言わなかった?
飲みすぎて寝ていたから、生返事だけだった?
 
もし、その人と二度と会えなくなるとわかっていたら
あなたはどんな「おはよう」を言うだろうか。
 
きっとしっかりと相手を抱きしめて、頬を寄せて、笑顔いっぱいの表情だろう。
もしかしたら涙も浮かべているかもしれない。
溢れんばかりの感謝をこめて。
そう。
後悔のないように。
精一杯に「おはよう」と言うだろう。
 
あなたには後悔した「おはよう」はありますか?
 
私は1度だけある。
今でも思い出し、後悔をしている。
 
なぜ、もっと笑顔で言えなかったのか。
顔をしっかりと見て言えなかったのか。
 
そう、夢にも思わなかったのだ。
その日が、母の生きている姿をみる最期の日になるなんて。
 
両親は毎年、母の誕生日の月である1月に秋田の後生掛温泉へ2泊3日の旅行へ出かけていた。
恒例行事となっていたので、もう何度も足を運んでいる場所であり、
温泉宿の方とも顔なじみになっていた。
 
その年も、いわゆる日常おこなっている朝を過ごしていた。
 
私も出勤前の支度をし始め、母も身支度を整えているため、
お互いに「おはよう」は素っ気なかった。
眠い目は半開きで、やや眉間にシワが寄った状態で私は「おはよう」と言ったのだった。
母とも目は合わなかった。
 
私の出勤時間と両親の出発時間が重なり、
私は駅に歩いて向かい、両親はタクシーを玄関前で待っていた。
いつもなら、私が「行ってきます」と言い出た後に、振り返って手を振りあうことが日課だったのだが、
その日は振り返ったときに父と忘れ物の話をしていたようで、母の後ろ姿しか見ていなかった。
 
これにも私は後悔をしている。
 
あのとき、もしいつものように手を振ってもらうために声をかけていたら、
母は「ただいま」と温泉を楽しんで帰ってきたのではないだろうかと。
 
母が還らぬ人となったのは、翌朝のことだった。
 
通勤ラッシュの満員電車の中で携帯のバイブレーションがなっていた。
高齢の祖父母だけで留守番をさせるわけに行かず、泊まりに来ていた叔母からの着信だった。
通勤中ということはわかっているはずなので、電車に乗っているから出られないとショートメールを送ったところ、返信はすぐに降りて電話をしてほしいとのことだった。
私はその時点でも母に何かがあったとは思っていない。
祖父母に何かあったのかと、満員電車の人混みをかき分けて電車を降りたのだ。
 
かけ直した電話で、叔母が咳き込みながら声を震わせて告げてきた。
「お母さん、死んじゃったって」
 
駅であることを忘れ、大声で、
「え、なんで」
と私は叫んでいた。
昨日の夜に電話もして、母のうれしそうな声を聞いていたのだ。
まだそれから10時間も経っていないのに、母が亡くなったなんて実感など湧くわけもない。
母が亡くなったんだと実感が湧いたのは、
警察の遺体安置所で死装束に包まれた母を見たときだった。
蝋人形を見ているようだった。
 
母は大好きな温泉の蒸し風呂にはいった状態で亡くなっていたそうだ。
何度も入ったことのある馴染みの温泉で。
苦しんだ様子はなく、きっと幸せな居眠りをして、そのまま。
 
そう「死」は日常と隣り合わせだったのだ。
 
別れの日は突然やってくる。
年末のようなカウントダウンもない。
死期が近づいているという人でも、最期の日はわからない。
来ると言われながらもいつ来るのかわからない富士山の噴火のように。
忘れた頃に、とてつもない衝撃とともに、その日は襲ってくるのである。
 
必ず人には「死」はやってくるとわかっているはずなのに、
明日がその日だなんて、まず、思わない。
もう二度と「おはよう」も言えない。
もう二度と「いってきます」といって手を振りあえない。
もう二度とあの笑顔を見ることができない。
 
明日がその日だとわかっていたら、私は何をするだろう。
その人のしたいことを一緒にするだろう。
その間、ずっと手を握っていよう。
笑い会える話題を用意して、ずっと笑顔で過ごしたい。
最期は、ずっと抱きしめていよう。
きっと特別すぎることはしないのではないだろうか。
ただ、そこに居てくれることが嬉しいはずだから。
 
あなただったら、何をする?
 
そう、何もない「つまらない日常だ」と言う日が、
隣り合わせにある「死」を回避できた「奇跡の1日」であるということに、
人は自分が「死」に直面しないと気がづかないのだ。
「自分は大丈夫」
テレビで流れてくる災害や事故の情報など、隣の芝のことである。
 
気づいてほしい。
毎日言うことができている、その「おはよう」の一言がどんなに愛おしい言葉か。
かけがえのない大切な人の笑顔を見ることができるという日常が
夢の国のごとく当たり前ではない非日常の世界を生きているのだということに。
 
もう一度、あなたに聞こう。
今日、どんな「おはよう」を言っただろうか。
それは、何が起こっても悔いのない「おはよう」だっただろうか。
 
そしてあなたは、
これからどんな「おはよう」を言って生きてゆくのだろう。
 
だって逝くのは、他の誰でもない「あなた」かもしれないのだから。
悔いたまま「死」は迎えたくないだろう?
 
 
 
 
***
 
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2022-02-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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