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「クチバシ」へのトラウマ

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:草間咲穂(ライティング・ゼミNEO)
 
 
私は鳥のクチバシが怖い。どうしても怖い。
 
 
街中でカラスや鳩が近くに来ると、物凄いスピードでこちらに飛んできて、
クチバシで突かれるのではないか?という勝手な妄想が瞬時に頭の中をよぎる。
檻を隔てていても、その檻をこじ開けて突きに来るのではないか、と考えてしまう。
 
 
何とも言えない恐怖を感じてしまう。
と同時に、悲しさを感じる。
 
 
なぜこんなに恐怖を感じるようになったのか。
その理由はとても明確で、ヒッチコック監督の『鳥』という映画を観たからだ。
 
 
小学校1年生か、2年生だったと思う。
その日は寝付けなかった。
父親の仕事部屋に行って、怒られないように小さな音でテレビを付けた。
 
 
その時たまたま深夜ロードショーでやっていたのがヒッチコックの『鳥』だった。
映画の名称はずっと後になってから母に教えてもらって知ったのだが……
 
 
鳥の大群が無差別に人間を襲うパニックサスペンス、そんな映画だ。
家の中にいようが関係ない。
もの凄い勢いでクチバシを窓に叩きつけ、ガラスでさえも破り、
集団で人を襲って、鳥が人間に復讐する映画だった。
いかにも!という鷹やカラスだけでない。
スズメやカモメも、悪魔の様に変貌し、容赦無く集団で向かって復習を果たす映画だった。
 
 
とてもよく覚えている。
怖すぎて、なぜかリモコンで電源ボタンを押す、ということさえ忘れてしまうぐらい身体が硬直していた。テレビ画面を凝視し、終わるのをただひたすら耐えていた。
 
 
その時から確実にクチバシが怖くなった。
というより、鳥は好きでも嫌いでもなかったのに、クチバシを意識してしまうようになった。
いわゆるトラウマというものに初めてなった。
 
 
 
 
トラウマになった同じ年、家族と近所の夏祭りに行った。
 
 
年子の弟と私、それぞれ数百円ずつお小遣いをもらった。
この範囲であれば、屋台で好きなものを買っていいよ、と。
 
 
 
暫くすると、明らかにニヤついた悪い顔をして、弟が走って帰ってきた。
手には何やら紙袋。
 
 
中を開けると、ひよこが3匹いた。
ベビーカステラが入っているような袋に、いきものが入っていたのだ!
屋台の動物くじのドベ賞がひよこだった。
 
 
両親も想定外だったと思う。
 
「生き物を飼うっていうのはとても難しいことなんだよ。」
「ひよこはね、お家で飼うのはとても大変だからすぐに死んでしまうんだよ。可哀想だよ。」
 
 
そんな事を伝えていたと思うが、一歩も引かない弟。
お小遣いで好きなものを買っていいと言われたのにと、全面的に納得がいかない弟。
 
 
とうとう、3匹ではなく、1匹だけならば、と家に連れて帰ることになった。
渋々と2匹を受け渡して帰ってきた弟の手の中には、小学校1年生の小さな手にすっぽりと収まるほどの小さなひよこがいた。
 
 
そこから我が家にひよこが一匹家族として加わる事になった。
名前はとても単純な「ピーちゃん」になった。
 
 
ネットですぐに調べるなんて事ができない時代にどこでそんな知識を知ったのか、
 
 
「ひよこはすぐに死んでしまうから、
そうならないように、夜中もあったかくしてあげないといけないんだよ。」
 
 
と、父親が家に帰るなり湯たんぽを用意し、暖かい小さな寝床を作った。
 
  
そこからの記憶はあまりない。
もの凄いスピードでたくましく成長し、気がついた時には立派な「オンドリ」になっていた。
 
 
真っ赤なトサカに、真っ白な羽根。
誰もが思い浮かぶ、ニワトリの象徴の様な姿になっていた。
 
 
 
 
ピーちゃんは朝6時になると、毎朝必ず鳴いた。
「コケコッコーーーー」と文字通りにちゃんと鳴くようになっていた。
 
 
そのうち近所で有名になった。
 
それはそうだ。
東京都練馬区の住宅地の家の庭に、立派なニワトリがいて、
朝6時に必ず鳴くのだから話題にならないわけがない。
 
 
保育園のお散歩集団が通れば「ピーちゃん、こんにちはーー!」と先生が呼びかけ、
保育園児が合わせて「こんにちはー」と言ったり、手を振ったり。
 
 
近所の方が、毎日のように余ったキャベツの葉っぱや、小松菜を持ってきてくれたり。
「目覚まし代わりになるわぁ」とおじいちゃん、おばあちゃんから大人気だった。
 
 
弟は誇らしそうに、よく抱きかかえていた。
 
 
 
ただ……いつまで経っても、私は触れなかった。
クチバシが怖かったからだ。
 
可愛い、という気持ちはある。
でも、どうしてもクチバシが怖かった。
 
家族の一員なのにという罪悪感がとてもあった。
 
 
 
 
父親にクチバシが怖いと言うと、
 
「口元を持っててあげるから撫でてみたら?」
 
とクチバシが見えないように隠してくれた。
それでも父親の手を振り払い、襲ってきたらとどうしても想像してしまって触れなかった。
 
  
 
母親に「お母さんはクチバシ怖くないの?」と聞くと
 
「ぜんぜーん!
お母さんはね、小さい頃から咲穂のひいおばあちゃんがお家にいっぱい庭に鶏を飼っていて、
良く首しめてきてーって言われて、鶏の首を締めて食べていたんだけど、それは可哀想
で嫌だったなぁ。」
 
 
……求めていた言葉と全然違いすぎて逆に物凄く覚えているのだが、
いずれにしても私は一度も触れなかった。
 
 
 
 
ピーちゃんの住まいは、庭に設置された「縦2m、横1.5m」ぐらいの檻だった。
ある日、ずっと狭い所にいるからお散歩をさせてみよう、という事になった。
そんなに飛ばないし、逃げないだろうと。
 
 
父親が檻の外に出し、家の前の道路に足をつけて離れると、
不思議そうにキョロキョロし、少し前に歩いた。
でも、2メートル進んでは戻る。必ず2メートル進んでは戻る。
 
 
ずっと狭い檻の中にいるからか、それ以上の感覚がなくなってしまったようだった。
 
私はそれを見て、すごく胸が痛くなった。
 
「もっと飛んでいいんだよ!もっと進んで自由に動いていいんだよ!!」
と抱きしめたい気持ちになった。
けれど、それでもどうしても触れない自分がとても悲しかった。
 
 
 
恐らく夏祭りの動物くじで、ここまで生きたニワトリを私は知らない。
5年ぐらい、東京都練馬の実家の庭で毎日6時に鳴いて生きた。
 
 
別れの日は突然だった。急に鳴かなくなった。
座って、立たなくなった。
家の中で、父親に抱き抱えられて、横たわりながら目はだんだんと閉じていった。
 
 
弟は大きな声を出して泣いていた。
父親と母親は「天国に送ってあげようね」と言った。
 
小さな庭の端に、穴を掘って、「今までありがとう」と言いながらそっと置いた。
 
 
父親が「最後に撫でてあげようね」と言った。
その時、私は初めてピーちゃんを撫でた。
泣いた。大声で泣いた。
 
今までごめんね、撫でてあげられなくて。という気持ちが溢れた。
 
 
 
今でもクシバシを見ると感じる恐怖。それは消えない。
一方で、悲しさも感じる。
それは、好きになりたいという気持ちを強く感じた経験があるからだ。
 
不思議なもので、何かをきっかけに生まれたトラウマはなかなか消えない。
いつか、また何かのきっかけで変わるのだろうか。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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