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禁煙には、ピーター・ブルック


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:南波 圭(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「尼寺へいけ」
 
世界で一番有名であろう劇作家、シェイクスピアの名作『ハムレット』の台詞だ。
もしかしたら、
 
「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」
 
これなら、ご存知の方がいるかもしれない。
 
書かれたのは、1601年ごろで、420年以上前の戯曲だが、今なお世界中で上演され続け、たびたび映画化もされている。
日本で歌舞伎の祖となる、お国歌舞伎のことが歴史の中に登場するのが、1603年。
徳川家康が江戸幕府を樹立した年だから、どれだけ長く愛され、そして、強いインパクトを残して来たのか、想像できるのではなかろうか。
 
私にも、強いインパクトを残された作品がある。
ピーター・ブルックが演出した『驚愕の谷』だ。
こちらは、今現在、世界で一番有名であろう演出家だ。
 
何かの記事で、この作品の前評判が高いことを知って、半年以上前から日本上演をとても楽しみにしていた。
 
2014年11月4日。
今でもこの日を、はっきりと覚えている。
 
場所は、池袋にある、東京芸術劇場。
数年前に劇場前広場が改装されて、当時あった植栽の裏の喫煙所、広場にあったゴミ箱は見る影もないが、観劇前にはよくそこで一服した。
もちろんこの日も、買ったばかりの新しい一箱を開けて、観劇前の一服を楽しんだ。
前評判が高く、私の期待値はチケットを取った半年以上前から上がり続けていたので、もしかして、期待外れだったどうしようという不安について、一緒に行った友人と話した。
 
席は、前から3列目。
ピータ・ブルックの作品で、こんなに前の席が取れたことは今までなかった。
何せ、生きる伝説といわれる、世界的な演出家だ。
御年、97歳。
今も彼の作品を上演したいと思っている、劇場のプロデューサーやフェスティバルディレクターは星の数ほどいるはずだ。
だからなかなかチケットが取れないし、それなりの値段がする。
 
それを、前から三列目。
客席数は834席だから、後ろを振り向けば、たくさんの顔がすり鉢城に並んでいる。
この位置で見られるということに、思わず優越感を覚えてしまう。
期待以外を持て、という方が無理なのではなかろうか。
 
おおおお、俳優の顔も身体もはっきり見える。
字幕も見やすいではないか!
私の喫煙所での心配は、稀有に終わるかもしれない。
 
正直、私は、ピーター・ブルックをそんなに面白いと思ってこなかった。
演劇学部の学生であった私は、教授の勧められる本の著書が、たまたまこの演出家だったから読んだだけだし、来日するなら観て当然、という同調圧力に屈して観劇していたにすぎない。
何せ、世界中で人気の有名演出家の作品だ。
役者が豆粒のように見える席しか取れなくて、字幕ばかりを追っていた。
モチベーション低く観劇しているのだから、面白くなくて当然だ、
 
だが、今回は違う。
前評判も良い、席も良い。
生きる伝説、世界のピーター・ブルックの異名を遺憾なく発揮してもらって、伝説たる所以を浴びまくって帰ろうと意気込んでいたのだ。
 
物語は順調に進んだ。
期待していたとうり、時計のはりを気にすることなく、面白かった。
そして、全てがわかった。
何も、わからないこともなかった。
 
そう、何もわからないことがなかったのだ。
 
私は、世界のピーター・ブルックを、生きる伝説を観に来た。
いわば、今まで観たこともない、神の手のような、特別な何かを。
だから、わからないことが何もないなんて、あってはならない。
そうでなければ、伝説とは言えない!!
 
それなのに、全部わかってしまう。
日本の演劇界の末席に座る私が知っているようなことではなく、観たこともない全く新しい体験を望んでいたのに……。
 
隣の席で気持ちよさそうに眠っている友人の顔を眺める。
私の喫煙所で恐れていたことは、やっぱり、現実となってしまった。
 
私は、前がかりになっていた体勢から、真っ赤な背もたれに、深くもたれる。
もう、字幕も追わなかった。
ただ、俳優を眺めていた。
急にぼんやりしてきた頭でも、俳優を観ていたら、なんとなく物語がわかったから。
細かいニュアンスはわからないまでも、何が起こっているのか汲み取れた。
わかるって、つまらない。
あとは、このまま終演を待つだけだ。
 
他にすることがないので、やっぱり、ただただ、俳優を眺めていた。
 
でもね、座っている体勢を何度か変えるたび、私はちょっとずつ、また前かがりになっていった。
 
おかしい。
わかる。
わかるのだ。
 
私は英語が話せない。
よって、セリフの意味を理解するには字幕が欠かせない。
今は、全く字幕をおっていない。
なのに、私は、わかってしまっている。
登場人物たちが、何に悩み、何を乗り越えようとしているのか、知ることができている。
 
ありえない!
なんで?
なんで?
 
また改めて、舞台を眺める。
新しい手法は特にない。日本でもやられている、どこかで観たことがあるもの。
 
どこかで、観た、ことが、あるもの?
 
それって、誰が始めたの?
 
急に、伝説を理解できた、気がした。
 
きっと、世界中の演劇人が、彼の、生きる伝説のピーター・ブルックに影響を、多かれ少なかれ、受けてないはずがないのではなかろうか。
御年、97歳だもの。
フランスに拠点を置く彼の演出作品の影響は、世界中を巡って、日本の演劇界の末席に座る私でも、当然と思えるまでに浸透してしまっているのでは。
だとしたら、私が全てわかるのも同然だ。
 
どこをみても、やはり特別なことは何もない。
彼しかできない神の手で成し遂げているものはなく、私でも出来る普通のことを、当然のように、ちゃんとやる。
 
そしてその普通を、シェイクスピアを生んだイギリスで、もっとも権威ある演劇賞、ローレンス・オリヴィエ賞(最優秀女優賞)を受賞するような激ウマの俳優たちと、一つ一つ丁寧に仕上げていくのだ。
まるで重箱の隅を突くように。
そこから先は、ただもう、彼らの精巧さに、見惚れていた。
 
これが、彼の伝説たる所以かもしれない。
 
劇場から出た私は、買ったばかりのタバコを、今はなき広場のゴミ箱に捨てた。
だって、世界の巨匠があれだけ丁寧に演劇と向き合っているのに、のほほんと過ごしている場合ではない。
私にはやることがある。
 
当たり前を、当たり前にやること。
 
いきなり世界と戦うのは難しくても、当たり前をちゃんとやったその先にこそ、次が見えてくるのではないか。
私は、確かに伝説を受け取った。
 
これでおわかりだろう。
禁煙をしたければ、
「尼寺へいけ」
いや
「劇場へいけ」
 
2022年5月現在、禁煙はまだ続いている。
 
 
 
 
***
 
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