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メディアグランプリ

ショート小説『すれ違い電話』


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鳥井春菜(ライティング・ゼミNEO)
※この記事はフィクションです。

切っては、電話帳をめくり。
切っては、また電話帳をめくり。

おばあちゃんは、ずっと電話している。
くるくると螺旋状にまわる線に指を引っ掛け、延々と誰かと会話している。

しばらくはスマホで暇潰しをしていたけれど、堪えきれなくなった私はついにゴザの上に寝転がって目を閉じた。

どうやら、気構えていたのは私の方だけだったらしい。

* * *

「入院することになったの。結局一週間も」

始まりは、お母さんからの連絡だった。強烈な腹痛は、胃潰瘍が原因だったらしい。

「ねぇ、お母さんの代わりに、おばあちゃんところへ行ってくれない?」

入院期間を短くしたいと医者と交渉したのは、おばあちゃんが理由だった。
九十歳を過ぎてもおじいちゃんが残した一軒家で一人暮らしというのはそれだけですごいけれど、ついにおばあちゃんにも「痴呆」の影が見えはじめたのだという。

「ね、一週間だけでいいから」

大学も夏休みなんでしょう、とすがるような声に、「わかったから」と静かに電話を切った。

ーー別に、私だって嫌なわけじゃない。

おばあちゃんのことは心配している。
ただ、少し戸惑っているのだ。

これまでに、一人でおばあちゃんの家を訪ねたことはない。
正月やお盆に家族で帰省することはあっても、二人きりなんて、何を話せばいいのやら……

それでも、電話から数日過ぎた頃には、腹をくくっていた。
「これはいい機会なのかもしれない。おばあちゃんとゆっくり話す、もしかすると最後の機会かも……」

それなのにだ。
肝心のおばあちゃんはといえば、初日から電話にピッタリ耳をくっつけて、目の前の私ではなく、電話先の誰かとずっと話をしている。何だか拍子抜けしてしまった。

* * *

おばあちゃんの家では、時間はじっくりと進んだ。
早起きをするようになって、一年以上読みかけのままだった小説を読み終えた。朝食後は、洗濯機を回して、それぞれ自分のネットの中身を干す。布団は私が二人分はたくけれど。
庭の水やりも一日二回しないと花が萎んでしまうし、トイレや風呂場をこっそり掃除したり、案外忙しいものだ。

昼食と夕食も、おばあちゃんに習いながら、私が作る。

「口で言ってくれればいいから。教えてくれるでしょ?」

お母さんからの情報では、最近のおばあちゃんは、炊飯器や電子レンジの使い方も忘れてしまったらしい。そんなのはきっと、孫に知られたいことではないはずだ。

そう、二人暮らしは、案外悪くない。意外にもぎくしゃくも、気まずくなったりもしていない。

それなのに、おばあちゃんは相変わらず昼過ぎになると、電話帳を開く。
一体何をそんなに……まさか自分が完全にボケてしまう前に、知人に連絡し回っているのだろうか。それなら、孫との一週間だって同じように貴重だと思うのだけど……

「そうたい」とか「そげんことよ」とか、九州訛りのイントネーションを聞いていると、早起きした私の体はいつもゆっくり眠りの中へ落ちていく。

ーーまぁ、いいや。

だって、思い返せば私とおばあちゃんは昔からこんな感じだった。

「おばあちゃんっ子」の従姉妹みたいに素直に甘えたりねだったりもできないし、家族で帰省しても実際におばあちゃんと私が交わしていた言葉は数少なかった。マイペースに過ごしていたのは、私の方だってそうだ。

それが急に「面と向かって話をしよう」なんて、こちらの押し付けだったのだ。

おばあちゃんは、この家で、一人で起きて一人で暮らして。
ずっとちゃんとおばあちゃんらしく、生きてきた。その姿勢はきっとこれからも変わらないのだ。

* * *

昼寝から不意に目が覚めたのは、いつもとどこか違う声の抑揚を感じたからかもしれない。

「本当に、賢い子よ」

どうやらおばあちゃんが、まだ電話しているらしい。

「今日はね、さばのみぞれ煮にしようかって。あんた、話したと? 私が好きなのを知っとるんよね」

そうだ、おばあちゃんは大根たっぷりのみぞれ煮が好きだと昔からよく言っていた。
親しげな声の調子は、お母さんと話しているらしい。

「うん。また寝とんしゃあ。裏庭まで雑草取りしよったから……」

寝ている……私のこと?
ふわりと浮上してきた意識の中、おばあちゃんの声が響く。
てか、裏庭の雑草、バレてたんだ……

「ほんとに……ありがたいねぇ」

その、少し弱々しい声を聞いて、急にハッキリと目が覚めてしまった。
これまでに聞いたことのない、どこか孤独な声。ぽつんと暗闇に放られて、すぅっと消えていくような声。起きていてはいけない気がするのだけど、耳に全神経が集中してしまう。見たことのないおばあちゃんの姿が、瞼の裏に浮かんで……

その日以来、私は狸寝入りで聞き耳を立てずにはいられなかった。
おばあちゃんはいつも、電話タイムの終盤に、お母さんにかける。

「あの子は、機転のきく子よ」
「何でもさっとやってしまうでしょ」
「寝るのが好きなのは、私に似たんやね」

日常の報告を一通り終えると、私のことを嬉しそうに話す。面と向かってそんなふうに言われたことは一度もない。

素直になれないのはおばあちゃんも同じだったのだ。素直じゃないのも甘えられないのも。

ーー本当に、似たもの同士……

おばあちゃんの電話タイムは、私の楽しみにもなった。

* * *

まだ、夏の盛りはこれからという時期。
けれども、おばあちゃんと私の一週間はあっという間に最終日を迎えた。

「ただいま! おばあちゃん、大丈夫だった?」

心配性のお母さんは、病院から直行してきた。

「大丈夫は、あんたの方やろ」

私の前では、すまして、スタスタと玄関口から中へ入ってしまうおばあちゃん。
けれど、本当はお母さんには素直なのを、私は例の電話で知っている。

「お母さんも大変だね」

思わず、ふふっと笑いが盛れる。

「おばあちゃんってば、入院中もずっとお母さんに一時間も二時間も電話してたのにね」

すると、きょとんとした顔で私を見つめて、

「できるわけないでしょ。病院なんだから、そんな長電話」

それから、ぐっと私に顔を寄せて、

「短い報告は二、三回もらったけど……もしかして、おばあちゃん、おかしなことしてたの?」

ーーえ、どういうこと?

いいや、確かに毎日お母さんと長電話をしていた。そして、私のことを話していた。
あれは夢? いやでも、あんなに毎日……

「ねぇ、おばあちゃん……」

思わず奥へと追いかけていって、言いかけてから、ふと口をつぐんだ。
振り返ったおばあちゃんが、なんとも言えない顔をしていたからだ。

いたずらのバレた子供のような、歯に噛んだような、そんな表情になんとか大人の顔を被せたような。

「あの、私、また来るね」

思ったのと違うことを言っていた。

「……いいよ。他にやることあるでしょう」

そっけないなぁ、もう。

「じゃあ、電話ならいいでしょ?」

ふっと顔を上げるおばあちゃん。

「電話なら、気軽でしょ」

あの電話は、お母さんへの電話ではなかったのだ。
あれは多分、私への電話だった。

膝を突き合わせて話をしなくても、たぶん一緒に過ごすことが、もう会話だったのかもしれない。
けれど、やっぱり言葉をもらうのは嬉しいものだ。私たちには少し気恥ずかしいけれど、時々は……

「電話しようよ、おばあちゃん」

「そうねぇ」と、おばちゃんはまだ、すましている。

***

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