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人生とは再現性のないもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高井雄達(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「この夏で店、閉めようと思ってるんですよ」
 
ちょうど、手元にある二杯目のハイボールを飲み終えるタイミングでカウンターの中からオーナーの内田が話し出した。
いつものように明るく振る舞ってはいるが、大切なことを相手に伝える真剣さを感じる。
 
「このご時世で客足も遠のいて、正直続けるのが厳しいんですよ」
客として、なんとなくは感じていたが、そこまで厳しい状況だったとは。
 
世界中に蔓延したウイルスの影響で飲食店は軒並み休業を余儀なくされた。
休業要請が明けても、深夜に営業できなくなった街の小さなスポーツバーが受ける影響の大きさたるや、容易に想像がつく。
 
「だからこの物件の契約更新のタイミングで、お店辞めます」
 
正直、内田のこの告白にどんな返答をすれば良いのか悩んだ。
「ずっと考えてたの? ここの契約更新っていつよ?」
悩んだわりに、寄り添うでもなく、ただ興味本位のような質問しかできなかった。
 
「実は、前から考えてました。更新は8月末です。なのであと一ヶ月半よろしくお願いします」
その日はその後、店で何を話したのか正直覚えていない。決してお酒のせいではなく、心の整理がつかなかったのだろう。
まだ閉店したわけでもないのに、その日の帰り道は、普段なら意識もしない街灯のLEDがとても青白く寂しげに感じた。
 
残された一ヶ月半、可能な限り店に通いここで出会った仲間たちと語り合った。
そして最後の営業日。
時節柄、多くの人数を集めて盛大なお別れ会などできるはずもなく、常連数人でささやかなお別れ会を催した。
 
決して湿っぽくなることもなく、楽しく最後の時間を共有した。
会も終わりに近づいた時、十年以上この店に通っている田村が口を開いた。
 
「この場所で、こうやってみんなで集まることはもうないんです。人生そのものに再現性がないように、このお店にも再現性はありません。本当に素敵なお店でした。だからここでの大切な思い出は皆さんのここにしっかりと留めておいてくださいね。」
と、胸に手を当て熱く語った。
その場にいる全員が、泣いた。
 
そして、この『再現性』という言葉が頭から離れなくなった。
人生、同じことは二度起こらない。
同じようでも、どこか違う。と、いうことだろうか。
 
そんな涙の送別会を終え、6時間後には東京駅へ向かう。日常がまた始まる。
仕事柄、出張が多い。今週は大阪を目指す。
新幹線に乗るときは必ず、E席を予約する。
この窓側の席を予約する理由は、太陽が眩しくなく、そして富士山が見えるから。
 
いつもなら、東京駅を出発すると同時に眠りに落ちるのだが、その日は早朝にも関わらずなぜか頭が冴えていた。どうしても昨夜のことを思い出してしまう。
 
東京駅を出発してまもなく、東京タワーがビルの合間から見えてくる。
朝見る東京タワーはどこか逞しい。
一方で、地方から東京へ帰ってくる時に見える東京タワーは、温かくどこか懐かしい。
 
青空の下で雄大にそびえ立つ朝の東京タワーと、ライトアップされた夜の東京タワーの温かみ。同じ建築物なのに人々に与える印象はまるで違う。
でももしかすると、朝の逞しさや夜の温かみでさえ、見る人の気分や感情そして体調で全く違うものに見えるのかもしれない。
夜、ライトアップされた東京タワーを、恋人と見ている人もいれば、大切な人を亡くし悲しみの中見ている人もいるはずだ。
恐らく、見えている物全てにおいて、寸分違わず過去に見ていた物と全く同じに見えていることなどないのだ。
 
お店が閉店した喪失感の中でも、朝の東京タワーはとても逞しい。
でも、何か違う。
 
そんなことを考えているうちに、いつも通り睡魔に負け、気が付いたら富士山を見るチャンスを逃していた。
 
きっとあの夜、田村が言った『人生そのものに再現性がない』という言葉、物の見え方だけではなく、意識していれば人生のあらゆる所で感じるはずだ。
 
同じ料理を食べていても、時間を共有する人が違えば、味も変わる。
昔観たことがある映画であっても、久しぶりに観ると感動するポイントが違ったり、心に刺さるセリフが違う。
要するに、人生という時計は常に進んでいて、完全に過去と一致した瞬間などないのだ。
 
大阪からの帰りの新幹線。
疲れ果て眠っていたが、新横浜に到着する直前、メール着信を知らせるスマートフォンのバイブで目が覚めた。
送り主は、最近何度か食事を重ねている陽子さん。
少し年上で、笑顔が可愛らしく、髪の綺麗な女性だ。
「今週末、一緒に小籠包食べに行きませんか?」
一瞬で眠気が消え去り、座席に深く座り直す。
さて、どうやって返信しようか?寝起きの頭をフル回転させる。
 
書いては消して、を繰り返す。
品川を過ぎ、まもなくあれが見えてくる。
赤と白の鉄骨を照らす、いつものオレンジ色のライトがとても強く、鮮やかに感じた。
咄嗟に、今までで一番綺麗に見える東京タワーを写真に収め、返信メールに添付した。
「もうすぐ東京駅です。今日の東京タワーはとても綺麗ですよ!」
 
 
 
 
***

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