12歳から一人暮らしをしていた話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:柳澤理志(ライティングライブ名古屋会場)
私はプロの囲碁棋士である。
「それが仕事なの?」
と良く聞かれるが、それが仕事だ。
ただ、自分の中では仕事という感覚はない。
9歳の時に、
自分の道はこれしかないと信じて、
(あるいは思い込んで)
今日まで歩んできた。
バイトもしたことがないし、
就活もしたことがない。
囲碁で食っていくか、死ぬか、
どちらかしかないと思っている。
棋士の業界は、
早ければ中学生でプロになる者もいれば、
20歳過ぎまで苦労してなる者もいる。
趣味として楽しむなら、
いつからでも始められる、
素晴らしいゲームである。
(この点はとても強調したい)
ただ、プロとしてやっていくとなると、
芸事だけに、若いうちでなければモノにならない。
プロ入りの年齢制限は23歳までである。
私は17歳の時にプロとしてデビューしているので、
中間くらいの年齢である。
「プロになれた」
と書いてしまうとサラッとしたものだが、
その過程は地獄としか表現しようがないものだった。
何しろ、年間1人のプロ入り枠を、
全国から集まった、
天才と呼ばれた子供同士が争うのである。
父から囲碁を教わり、
田舎で腕を磨いてきた私が、
本格的な修行の場を求めて名古屋に来たのは、
小学校を卒業してすぐの時だった。
3月後半生まれの私は、
その時まだ13歳になる直前だった。
師匠の元に住み込みで修行する
「内弟子」
というのもよくあるパターンだが、
結果的に一人暮らしという形になった。
折しも師匠に子供が生まれたばかりで、
内弟子をとる余裕がないタイミングだったのだ。
親もさぞ心配だっただろう。
子供の夢に理解のある親だったとはいえ、
よく出してくれたものである。
熟考を重ねた結果であるが、
最後の最後に息子を名古屋に出すことを
決断したエピソードを、後から父に聞いた。
それは実際に住む数か月前に、
1週間ほどテスト期間で名古屋に滞在したときのこと。
田舎では大人に混ざって対戦しており、
そもそも子供は多くないし、
自分より強い子供などいなかった。
ところが、名古屋に来た初日に
プロを目指す子供の集団に放り込まれ、
初めてその洗礼を受けたのである。
なんと4歳下の子供に
打ち負かされたのだった。
こんな天才がこの世に存在するのか、と衝撃を受けた。
しかしそれは私にとって挫折ではなかった。
「こんなヤツがいるからこそ、
もっと頑張らなければいけない。
一刻も早く名古屋に行かせてほしい」
と父に訴えたのだった。
(私には記憶はないが)
井の中の蛙大海を知り、
落ち込んで帰ってくるかと思いきや、
むしろ火が付いた息子の様子を見て、
「これならば」と思ったそうである。
かくして、院生(プロ養成機関)の一員となった。
それで一人暮らしを始めたわけだが、
食事はどうしたか?
選んでもらったアパートが、
単身赴任の人へのサービスのあるところで、
食堂があって朝食がついているところだった。
(おじさんたちに囲まれて朝食をとっていた)
昼は学校で食べて、
夜はやむを得ず弁当とか、外食、という生活である。
日々の時間は、全て囲碁が中心である。
土日は院生の研修対局、
平日も必ず何かしら囲碁の修行の場があった。
月、火、金、は昼から「研究会」に参加。
研究会とはプロ棋士が集まって研鑽を積む場。
そこに志願して入れてもらっていた。
様々な棋士の主催する会があったが、
派閥のようなものはなく、師匠以外の棋士も
院生に対して分け隔てなく教えてくれる、
ありがたい環境だった。
水、木はプロの対局が行われるので、見学に行った。
そんな調子なので、学校の方は、
早退、欠席を繰り返していた。
すでに述べた通り、プロになるには
ライバルに勝ち抜かなければならない
かなり狭き門であり、年齢制限もある。
そのため、一刻も早く高いレベルに
到達しなければならないという焦りがあった。
学校がとにかく苦痛で苦痛でしょうがなかった。
「俺は今こんなことをしてる場合じゃないんだ。
勉強が必要になったら自分でやるから、
後にしてくれないか?」 と思っていた。
「学校なんかいらない」
というタイトルの作文を書いたり、
白紙でテストを出したりした。
先生方もさぞ困ったことだろう。
中学校を卒業したときには
「ああ、やっと解放された」
と思ったのを覚えている。
そんな子供だったので、
もちろん高校は行っていない。
行こうと思ったことも一度もない。
そのかわり、全ての退路を断っているので、
プロになれるかどうかに生死がかかってくる。
プロ試験というのは、ペーパーテストなど一切なく、
ただただリーグ戦を勝ち抜くだけである。
一局の重み、一手の重みは半端ではない。
修行の甲斐あって、その頃には
かなりの水準まで実力は伸びていた。
しかしその年、最後の3戦のうち
1つでも勝てばプロ入りできるところから
3連敗でそれを逃した。
この時の帰り道は、世界が歪んで見えた。
今年惜しくても、来年なれる保証は一切ない。
周りは天才ばかりであるから、
あっさり追い抜かれるかもしれない。
重要な対局の時に、体調を崩すかもしれない。
これで来年もダメだったら、
もう生きてはおれない。
そのくらい思いつめた気持ちで一年間過ごした。
翌年、16歳のときにプロ入りを決めたときは、
崩れ落ちそうなくらい安堵した。
夢を叶えた歓喜よりも、
「死ななくて良かった」
とホッとしたのだった。
今までの人生の中で、最も戻りたくない期間である。
***
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