お見合いの失敗ですら、人生の糧だ!
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田盛稚佳子(ライティングゼミNEO)
「結婚はまだなの? 結婚はしないつもりなの?」
と言うセリフを今まで何百回聞いたことやら。
お盆やお正月に親戚の集まる場などでは、ゴシップ好きな親戚が必ずと言っていいほど聞いてくる質問だ。
30代前半までは「そうですね~、機会があれば」と、引きつり笑いをしながら、その質問攻めをかわしてきたものだった。
20代の頃、私の中でその質問は「独身女子には言ってはならないNGワード第1位」だと本気で思っていた。なぜなら、結婚するかしないかは当の本人が一番悩んで、迷って、苦しむ人生の分かれ道だからである。
もし子どもが欲しいとなれば、なおさらのこと。一人ではなく二人以上は欲しいとなれば、女性にとっては妊娠できるリミットが刻一刻と近づいてくる。
耳元で、チッチッチッチ……とストップウォッチが刻むような感覚。
「ほーら、近づいてくるよ、いいの? 本当にいいの? 産まないと後悔するよぉ?」
私の中にいる「結婚してみたい私」がこれでもかとせっついてきていた。
その誘惑と結婚にたどり着けない現状に葛藤しながら、私の恋人は仕事よ! と言い聞かせて働いていた。
人材サービス業でコーディネーターという仕事をしていると、一日に最低でも3人には会って、30分近く個人面談をする。
派遣社員の登録をする方は老若男女さまざまで、これまで面談しなかった年代は後期高齢者の方くらいだ。
就職活動でなかなか内定を勝ち取ることができない学生さん。
就職したもののすぐに結婚して出産と育児に追われて社会復帰に抵抗がある女性。
急なリストラで、長く勤務した職場から離れざるを得なかった男性。
定年を迎えるにもかかわらず、自宅のローン返済があり働き続けることが必要な男性。
それぞれの人生や職場での葛藤を伺っていると、その人生年表を作ることができそうで、本当に興味深い。しかしそれと同時に、他人がとやかく言うことではないとも思ってしまう。
私がこの業界で学んだこと、それは「他人の人生にランク付けをしない」ということだった。
同じ人間でも、働くことの価値観や共有したい思いは違う。
コーディネーターができることは、あくまでも客観的に仕事への適性を見ることである。
面談の中で、その人の良いところを見出し、さらに良い部分を磨いていくことで、その方の人生が豊かになるお手伝いができればいい。
紹介した仕事に就いて、少しでも「この仕事は楽しい!」と思ってくれるのであれば、それでいいと思ったのだ。
そんなことを思いながら働いていた30代半ば、やたらとお見合いの話が来た。
当時の私は、結婚を考えていた彼氏と別れた直後でもあり、見合い話に乗り気ではなかった。
しかし、友人の母親の紹介で「一度だけでも会ってみてお話だけでも!」とやや強引な誘いに押されて、それを断ることができなかった。
今思えば、仕事が忙しいという理由で断ればよかったのだ。ただ、あまりに何度も誘ってくれるので友人の顔も立ててあげなくては悪いかなと少し心が痛み、しぶしぶ引き受けた。
当日は、一応失礼にならないよう、それなりのおめかしをして友人宅を訪れた。
もしかしたら、その昔「機会があれば……」と言っていたその「機会」になるかもしれないという、淡い思いも抱いていたのである。
お見合いはフランクにということで、友人宅で行われた。
実はそれまでにお互いの写真も見ていないし、まるで昭和初期のお見合いみたいだなと思いつつ、果たしてどんな人がやってくるのだろうとリビングで待つ。
ところが約束の時間になってもお相手が来ない。
おや? もしや、すっぽかされたか? と思っていると予定時間をだいぶ過ぎて、ピンポーンとベルの音がした。
友人と玄関にお迎えに出た瞬間、私は固まってしまった。
なんと、やってきたのは紹介された本人だけではなく、母親付き物件だったのだ。
「はじめまして~! いえね、長男のことがちょっと心配でついてきたんですよ。どうぞお構いなく、オホホホホ~」
いやいや、お構いなくって何なのよ。構うわっ! めちゃくちゃ気になるわっ!!
「あら、お母さんまでいらしたの? チカちゃん、いい?」
いいわけないだろっ!! と心の中では怒りながらも、表向きはにこりと笑って「はい」と完全に仕事用の作り笑顔をしてやった。
母親はこざっぱりとした洋服で現れた。
一方、本人はまるで「ダチの家に来ました」と言わんばかりのヨレヨレのパーカーに、ダメージデニム、おまけに足元を見ると、つま先から踵までプリントされたド派手なキャラクターものの靴下を履いているではないか!
う そ や ろ!? と言いたくなる気持ちを両手でぐっと堪えた。
私は、その場で腹を決めた。
「よし、今日は仕事だと思おう!」
そうでもしないとやっていられなかった。もしかしたら、話し始めたら意外と面白い人かもしれないじゃないか。もし良いところを見つけられたら、それこそ収穫だ。
初めて会うその人は年上の方だったのだが、非常に口数が少なく、こちらから話題をふっても、驚くほど全く会話が進まなかった。私なりにかなり頑張ってみるものの、なかなかうまくいかない。
テレビ番組や芸能人、仕事や趣味の話、どういうジャンルの音楽が好きかなどあらゆる角度からアプローチしてみたが、刺さる気配が一向にない。手強い相手だった。
一つの話題が終わるとしーーーんとした空気がリビングを漂う。まだ寒い2月だったからだと思いたいが、残念ながら季節だけのせいではなかった。
「一つの話題がこんなにも広がらないことってあるー?」と誰もいるはずのないリビングの後ろに助けを求めたくなったほどだ。
結局、お相手が積極的に話しだすことは2時間もの間、一度もなかった。途中からぐったりと疲れてきた私は、もう4人目の個人面談を終えたような気分だった。
「今日は仕事だと思おう!」と意気込んでいた私は、一体どこへいってしまったのか。どうしようもなく暗澹たる気持ちになった。
「早く帰りたい、帰らせてください」
本人は下をずっと向いたまま。たまに紅茶に口をつけるくらいで自分から話しだす気配はない。母親に連れられて、しぶしぶやって来た感じ満載である。
せっかく良いところを見つけようにも、会話が進まなくては見つけようがないのである。
仕事より疲れる休日って一体何なのさ。
そんなことなら、いっそ断ってくれればよかったのに……。私はすっかり冷めた紅茶をすすりながら、天を仰いだ。
その傍ではお相手の母親が
「若いっていいわねぇ。あら、いいのよ~、そんなに緊張しなくても」
と呑気に紅茶を飲みながら、それでもどこか眼光鋭く、私の言動をチェックしているのがわかった。未来の嫁になるかもしれない私を品定めする様子に、寒気すら覚えた。
「ご心配なく。緊張なんてしていませんし、ワタクシ、そちらに嫁ぐつもりは1ミリもありませんから」
私は再び天を仰いだ。
そうして私にとっても、おそらくお相手にとっても苦痛だったであろう2時間を過ごし、やっと帰れるとほっとしたのもつかの間。その眼光鋭かった母親が
「あなた、チカコさんを送って行ってあげなさいよ」とお相手に水を向けてきた。
「いえいえ! 本当にお構いなく」と私は丁重にお断りをした。
しかし、「せっかく遠くまで来ていただいたんですし」と食い下がってくる。
それでは、と私は最寄りの駅までの「最短10分お別れコース」をお願いしたが、家の近くまで送る「最長40分おしゃべり付きお送りコース」をさせろと言ってきかない。
初対面なのに何なんだ、この強引さは。
「あらまぁ、チカちゃん遠慮しちゃって。今日お休みなんだし、せっかくだからいいじゃないの。お二人でゆっくり車の中でお話すれば」
と、友人の母親は仲人ばりに嬉しそうである。
待て待て、今まで苦痛の2時間を過ごさせておいて、さらに延長40分だとぉぉぉ!?
何度も「最短コース」をと食い下がったが、ご婦人二人の強引さについに私は白旗を上げた。
しぶしぶ、車の助手席に乗ってふと、お相手がハンドルを握る手元を見た。
私はギョッとした。
その人の左手の小指の爪だけが異常なほど長かったのだ。まるで、凶器だ。
今までお付き合いした方は、どの爪もさっぱりと短く切っていて清潔感のある方が多かったので、今日のお相手もそうなのかと、つい油断していた。
座っているときは紅茶を飲む右手しか見えていなかったし、ずっと左手は隠れていたので、まったく気づかなかったのだ。うかつだった。
「うわぁぁぁ、本当に無理―!!」と心の中で絶叫しながら、家までの約40分、そのお相手と何を話していたか全く覚えていない。
小指の爪だけを伸ばすことに一体何か意味があるのか、今となっては謎のままである。
ご存知の方がいたら、ぜひこっそり私に教えてほしい。
後日、友人の母親から連絡が来た。
「チカちゃん、あの方どうだった? ちょっとおとなしいけど、すごくいい人でしょう?」
とぐいぐい薦めてくださったが、
「いやぁ、ちょっと私とは合わなさそうです。せっかくですが、今回はご縁がなかったということで……」
とやんわりとお断りをした。
すると、その母親は突如、淡々と言い放った。
「チカちゃん、人事とか採用とかの仕事で人を見る眼はあるかもしれんけど、男性を見る眼は本当にないんやね。だからアンタは結婚できないのよ!」
スマホを持ったまま、私は呆気にとられて何も返す言葉がなかった。
しばらく相手が一方的に話しているのを聞いたあと、「じゃあ、どうも」と感情のない声で電話を切った。ショックだった。
今まで私がお付き合いした人に会ったこともなければ、名前すら知らないのに、何の権利があってそこまで踏み込んでくるんだろう。両親ですら、そこまで言わないのに。
なんだか悔しくて、思わず涙がぽろぽろとこぼれた。
長年付き合った彼と結婚しなかった理由は、性格の不一致だけでなく、女性問題とか、価値観とかいろいろと擦り合わせなくてはいけないことがあった。それでもどうしてもお互いが歩み寄れなかったという、その友人すら言えなかった経緯があるのだ。
お互い納得のうえでのお別れだったのに、ただ友人の母親というだけで、土足で踏み込んできて勝手に人生のランク付けをされたことに心底悲しくなってしまった。
でも、そのことがきっかけで私は学んだことがあった。
お見合い失敗事件以来、新しく出会う人にも、仕事で個人面談をする相手にも、
「こういう言い方をしたら、傷ついたりしないだろうか。本当に大丈夫だろうか」
と慎重に言葉を選ぶようになった。
「親しき中にも礼儀あり」という言葉がある。
身をもって感じたからこそ、今の自分があるのだと思う。残念ながら結婚はできていないけれど、今の独身生活にも後悔はしていないし、私なりになかなか面白い人生を送っている。
何気なく発した言葉が人を元気づけることもあれば、深く心をえぐられるように傷つけることもある。30代はそういう他人からの言葉に過敏に反応していた時期でもあった。
痛みを何度か経験すると人は慣れてくるのか、はたまた神経が図太くなってくるのだろうか。
40代後半になった今は、けっこうキツイことを言われても、
「はいはい。なんか、また言っているわ」
くらいに捉えて、他人の言葉に一喜一憂することは少なくなったように思う。
「こんなこと言われたわ~」とネタにできるくらいになったのは成長でもあり、自分の糧にもなっている。
そうは言っても、言葉というのは簡単なようでやはり難しい。
いい意味で人に刺さる言葉を届けられるように、これからも言葉を選びながら記事を書いていきたいと、私は今改めて思っている。
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