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ヘアカットが人生を変えた話、信じますか?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:紫月 涼帆(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
少し前、カナダで女性アナウンサーが白髪染めをしないことを理由に番組を解雇になったというニュースを見た。差別に厳しい欧米メディアでも未だにそんなことがあるのかと意外に思ったくらいだ。そして、かくいう私も白髪染めを卒業し、そろそろ一年が過ぎようとしている。
 
きっかけはコロナ禍の2020年春。徹底した活動自粛による生活の激変は、多くの人に「本当に大切なものは何か」「自分はどう生きたいのか」を考えさせる機会にもなったはずだ。そして私も、一つの自己矛盾を抱え込むことになる。日頃から「年齢は記号でしかない」と言い続けてきたのに、未だに白髪染めを続ける自分に見て見ぬ振りができなくなったのだ。
 
どこにも行けずに有り余る時間の中で、自問自答の日々が続く。なかなか一歩が踏み出せなかった理由は、グレイヘアが一日にして成らないことにあった。考え抜いた末、多くの人が「心が折れる」という移行期を、ハーフタイプのウィッグを使って乗り切ることにした。
 
そして8か月ほど経った頃、担当美容師のNさんに掛けられた言葉が転機になった。「Tさん(私)、ベリーショートなら、もうグレイヘアいけますよ! どうします?」 髪の長さにもよるが、女性の場合、完全にグレイヘアに移行するには1年半から2年かかると言われていた。ミディアムロングだった私も長期戦を覚悟していたが、熱がこもりやすいウィッグ生活は快適とは言い難かった。「やってみます!」 ほぼ即答だった。
 
Nさんは、「じゃあ、思いっきり、私の好きにしていいですか?」
 
その言葉に一度は頷いたものの、ショートヘアを経験したのは小学生までで、ベリーショートなど人生初だった。あまりに勢いよく刈り込まれていく様子に一抹の不安がよぎる。それまで髪で目立たなかった首元のシワや、形の悪い眉、出っ張ったおでこなどがどんどんあらわになっていく。髪は女の七難を隠すとはよく言ったものだが、今、私はその武器を手放そうとしていた。本当に後悔しないだろうか。
 
ええい、ままよ。鏡から目を逸らし、寝たフリをしてその時が来るのを待つ。
 
「Tさん、できましたよ!」 Nさんの声にゆっくりと目を開ける。一瞬、鏡に映る見慣れない自分に違和感を覚えたが、すぐに馴染んだ。むしろ「案外イケる?」と心が弾んだほどだ。TVがいくら神美容師を特集しても首都圏の話だと諦めていたが、こんな地方にも神美容師はいた。いや、あの「思いっきり、私の好きに」が実は正解だったのだろう。きっと客側が躊躇しているせいで、腕を振るえていない神美容師たちが全国に数多いるはずだ。
 
次なる問題はワードローブだった。グレイヘアは手持ちの服がほぼ似合わなくなると聞いていたが、はてさて、どれほど似合わないものなのか? 自宅に戻るとすぐに、一番お気に入りのモカブラウンのワンピースに腕を通す。姿見の前に急いだ次の瞬間、言葉を失った。あかん、全然似合わへん。他もすべからく同じだった。
 
好みの色は、若い頃からモカやベージュといったアースカラーが中心だったが、それは黒髪があったからこそ許された特権だったのだとこの時気づく。仕事の関係で西洋人の友人も多いが、なぜ彼らがビビットな色やコントラストの強いデザインのファッションを好むのかが疑問だったが、アースカラーや無難なデザインなどは金髪の彩度に負けてしまい、ただ「似合わない」、それだけだからだ。グレイヘアも同じだった。
 
急ピッチで、ワードローブの総入替作戦が始まったことは言うまでもない。とにかく、メリハリの効いたクール&モード系のコーディネートに狙いを絞り、遠ざかっていたヒールのある靴やアクセサリーも買い揃えた。前髪で隠せると手抜きしていたアイブロウも丁寧に描くことを覚え、「年齢は姿勢に出る」という誰かの言葉を思い出して、筋トレにまで通い始めた。
 
ベリーショートのグレイヘアによる小顔効果も抜群で、避けていたサングラスやスタンドカラーのコート、ロングスカートなどもよく似合うようになり、コーディネートの幅は確実に広がった。そして、グレイヘアとの試行錯誤を始めてから二か月ほど経った頃、「かっこいいですね」と声を掛けられることが増えていく。性格が男前とはよく言われたが、外見をかっこいいと言われるなど人生初で、面映ゆかったが嬉しくもあった。
 
グレイヘアは、何もしなければ「おばあちゃん」にしか見えない。その危機感に突き動かされていた一年前に比べると、この頃は肩の力も抜けてきたように思う。グレイヘアと生きることに自信がついたのだろう。丁寧にブローしていた髪も無造作に乾かすだけになり、アクセサリーで飾り立てることもやめた。真珠のピアスは欠かさないが、休日は筋トレ用のジャージで出かけてしまうときもある。それでも「お洒落ですね」と声を掛けられ、「ジャージですが?」と心の中で一人ツッコミせずにはいられないことも。
 
毎月、カットしてくれるNさんにそれを伝えたら、「勘違いしている人が多いんですけど、髪型だけ変えてもその人は変わらないんです。髪型に合わせてライフスタイルを変えてくれることで、かっこよく、美しくなっていくんです。私のカットがTさんの行動をポジティブに変えることができたなら、美容師冥利に尽きるというもの。今日はいい日になりました」。
 
先日は、グレイヘアモデルの登録にも行ってきたが、せっせと白髪染めをしていた頃には考えられなかったことだった。私が今、これほどグレイヘアにポジティブでいられるのは、Nさんの大胆なヘアカットがあったからこそだろう。あのミディアムロングのままグレイヘアになっていても、ここまでの新しい自分を発見できたとは到底、思えない。人生100年と言われる時代だ。あと何回、こうした大きな分岐点に出会えるだろうかと、ますます楽しみでもある。
 
 
 
 
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