私たちは芭蕉に侘び寂びを期待しすぎているのかもしれない
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記事:吉田裕子(ライティング・ゼミ)
子どもの頃には分からなかったけれど、大人になってその良さが分かるものって、ある。
私の地域では、小学校の修学旅行先が奈良・京都だった。しかし、12歳の子どもがこの地域の寺社を訪れたって、ほぼ意味はないのではないか。残念ながら、私の記憶も、
・奈良公園の鹿がなかなかアグレッシブである!
・大仏の鼻の穴(サイズの柱の穴)を通ることができた!
の2点に集約されてしまう。(京都はどこに行った?)
そんな私も、大人になってからは、京都・奈良の寺社をめぐる旅を楽しむようになった。お気に入りの寺社がいくつもあるし、奈良の大仏とは30分以上見つめ合った経験もある。
きっと、何を楽しむにも適齢期というものがあるのだ。
この想いは、自分の仕事においても感じる。
私の仕事は、学校や塾の国語教師である。
教えなくてはいけない教材はあらかじめ指定されていることが多い。本音を言えば、「これをこの年代で読んでもなぁ……」と違和感を持つものも多い。合わない時期に読まされると、嫌いになりかねない。嫌いになられるくらいなら、その適齢期にまっさらの状態で出会う可能性を残した方がましだとも思う。
そんな風に感じる作品の一つが、松尾芭蕉の俳句である。
「閑(しず)かさや岩にしみ入る蝉の声」
きっとほとんどの人が「聞いたことはある」という俳句だと思う。岩の印象的な立石寺(りゅうしゃくじ)を訪れた芭蕉は、絶景の中、蝉の鳴き声がまるで岩にしみ入るように感じたわけだ。そして、自身の澄みゆく心境を「閑かさや」と表現した。この「や」という切れ字が、感動の深さを感じさせる。
残念ながら私は、立石寺には行ったことはない。でも、何だか分かる気がするのだ。「静か」よりも「閑か」という字で書くのがふさわしい、安らかに落ち着いた心境。人の喧騒だとか、しがらみの煩わしさだとかから離れ、雄大な自然の中でたどりついた境地。ああ、いいなぁ、と思う。
しかし、これも、子ども達からは、
「蝉が鳴いていたらうるさくてたまらないのに、何でしずかなわけー?」
なんて言われてしまうわけである。「もう! 無粋だなぁ……」とため息をつきつつ、教えるのである。いつか、この感覚が分かる年齢になったとき、ふと思い出してもらえたらいいなぁ、などと老婆心で思いつつ……。
これ以外にも取り上げたのが、次の芭蕉の句。
「古池や蛙とびこむ水の音」
ここで私は、ちょっとひねった授業をしようと目論んだ。有名な句であるだけに、新鮮に感じてもらう工夫をしようと考えたのである。
そこで閃いたのが、この俳句の英訳を紹介することだった。有名な句であるし、何種類か訳が見つかるのではないか、その比較検討をするのも面白いのではないか、などと考えた。そうして探した中で、最初に見つかった英訳を見て、私は驚いた。
ラフカディオ・ハーンによる英訳である。
Old pond — frogs jumped in — sound of water.
皆さん、お気付きだろうか?
2句目(と呼んでいいのだろうか?)のある単語に。
「frogs」と複数形になっていることに。
……あれ? これ、複数なのか?
それまで私が想像していた「古池や蛙とびこむ水の音」のカエルは1匹で、思い描いていた情景はこうだ。
静寂に包まれた古池。そこに1匹のカエルがとびこむ。ポチャン、と音がして、池に波紋が広がる。その波紋が消えるとともに、音の余韻も消える。そして、再び静寂に戻る。
塩でスイカの甘みが増すように、カエルのとびこんだ音がかえって引き立てる静寂の味わい。……これこそが、この句の眼目だと思っていたのに。
frogsということは、ぽちゃん・ぽちゃん・ぽちゃんと次々とびこむわけである。ぽちゃ・ぽちゃ・ぽちゃ・ぽちゃ・ぽちゃ、くらいかもしれない。にぎやかではないか。元気ではないか。うーん、それは違うのではないか。
最初に抱いたのはこうした違和感である。
この訳を書いたラフカディオ・ハーンは、外国人であるとはいえ、日本に造詣も深く、日本に帰化して「小泉八雲」と名乗り、怪談などを発表した作家である。そんな、ラフカディオ・ハーンほどの人でも、この芭蕉の句の持つ侘び寂びができなかったかと思うと、驚きであった。
やっぱり、理解できなかったか~。やはり、こういう味わいは、日本人にしか通じないのかな~。そんな風に考えもした。
でも、しばらくしてから、考え直してみた。
この解釈で句を読んだらどうなるだろう、と。
人の目も届かない、打ち捨てられたような池。表面には藻が生じ、石には苔が生え、悠久のときをそのままに過ごしてきたかのような、静かなたたずまい。そこにやってきたカエル達が次々と飛び込む。ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん! 躍動感! 池の、止まっていた時が動きだす。死んでいたかのような池に、生命の活気が訪れる。その明るさは、まさしく春。……そもそも、カエルは春の季語であった。
これはこれで面白いかもしれない。
古池と、この春新しくオタマジャクシから姿を変えたカエル。
不変で静かな池と、跳ねて元気なカエル。
しーんとした静寂の時間と、カエルのとびこむ音。
それぞれの対照がはっきりしていて面白い句だと言えるかもしれない。「芭蕉=侘び寂び」と思い込んでいたせいで見えなかった、新しい世界を英訳に教えてもらった気がした。
句の正確な意味は芭蕉に聞かなくては分からないし、それはそもそも無理なお話。ただ、絶対的な正解は分からないにしても、芭蕉の他の句などを比較する中で、よりふさわしそうな、より正しそうな解釈を探すことはできるだろう。この句も、より妥当そうな解釈を言うのであれば、「古池の静寂をしみじみ感じている」ということで良いのだろう。
でも、そんな風に、作品を先入観の枠に閉じ込めなくても良いのではないか。
作品は、作り手自身の手をはなれ、自由に羽ばたいていく可能性があるのである。
そのことを垣間見たようで、楽しい授業準備であった。
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