うどん県香川～一杯400円のうどんが教えてくれた働くことの本質～《ふるさとグランプリ》
＊この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事：沙那（ライティング・ゼミ）
入口を開けた瞬間に立ち込める天ぷらの匂いとうどんを茹でる湯気の熱気に心が踊る。
あ、ここは本物だ。
私はその日、私用で香川県に来ていた。香川県かぁ。うどんしか名物ないし、うどんもそんなに好きじゃないしな。
香川行きが決まった時、正直そんなに嬉しくなかった。
うどんは美味しいかもしれないけれど、うどんの味になんて、特に感動しないだろうと……。
その考えは非常に浅はかだったと思い知らされる。
ホテルまで向かうタクシーの運転手さんに美味しいうどん屋さんを聞き、そのお店で降ろしてもらった。店の前には大行列。すぐに最後尾に並ぶが回転率の早さから思いのほか、早く店内に入ることができた。
ちゃきちゃきしたおばちゃんが天ぷらの注文を聞いてくる。そのお店は天ぷらも有名らしく、ちくわ天と半熟卵天を選ぶことができる。
「せっかく香川に来たなら、ちくわとね、半熟卵両方がオススメだよ！」
「んー。じゃあ、ちくわ天と半熟卵天両方で！」
「はいよ！ 絶対後悔させない味だからね！」
商売上手なおばちゃんだ。そんなこと言われたら両方頼みたくなるに決まっているじゃないか。
どうやら天ぷらは注文すると、揚げたてを提供してくれる仕組みになっているらしい。ちゃきちゃきおばちゃんが注文を取ると、そのメモは揚げもの部屋にいるおばあちゃんに渡される。
そのガラス張りの小部屋にはおばあちゃん一人が入っていて、ひたすら天ぷらを揚げている。慣れた手つきで玉子とちくわに衣をくぐらせ、油の海の中へ優しい手つきで放り込む。油の中で玉子とちくわがぷかぷか優雅に浮かんでいる。その一連の流れがあまりにもスムーズで、かつ、美しく感動してしまった。
芸術的な動きなのだ。
喉の奥がゴクリとなる。
美味しそう。
早く天ぷらにありつきたい！
私がじっーと見つめているとおばあちゃんと目が合い、ニコリとされた。その笑顔がとてつもなく素敵でキュンとしてしまった。あれは輝いている人にしか出せない笑顔だ。綺麗だとか、笑顔が上手いとかそういう類のモノではない。様々なことを乗り越えた人にしか出せない優しい優しい笑顔だったのだ。
列が進んでいくと、うどんを注文するゾーンに突入する。無口で頑固そうなおじいちゃんが熱心にうどんをこね、広げ、均等に切るという作業を繰り返している。
きっと、彼は無口だけれど芯のある旦那に違いない。どうやら、あの天ぷらのおばあちゃんと夫婦なようで二人三脚でお店を切り盛りしてきたというような張り紙があった。もくもくとうどんを打つ彼の姿が昭和の無口で不器用な男を彷彿とさせる。
さらに列が進むとうどんの量を頼み、お会計をする。1.5玉のうどんとちくわ天、半熟卵天でしめて400円。
なんてお得なんだ！
このお店はセルフスタイルになっており、1.5玉のうどんを受け取ると自分でうどんを温める。自分で湯の中に麺をくぐらせ、器に盛る。お好みでネギ、ワカメ、天かす、しょうがを思う存分トッピング。
最後にかけつゆを柄杓で好きなだけかけてうどんの完成！
つやつやの麺の上にこんもりと持ったワカメやネギに心が弾む。
はやく！
はやく食べたい！
はやる気持ちを抑えて席に着くと、絶妙のタイミングで先ほど注文した天ぷらが届く。あの優しい笑顔のおばあちゃんが優しく揚げた芸術的な天ぷらだ。
アツアツのうちに食べたいという気持ちで、やっつけ的に写真を撮り、箸を握る。
「いただきます！」
うどんを食べることをこんなに楽しみに思ったのは初めてだ。まずは、ちくわ天だけを一口。
「サクリッ」
なんとも言えない絶妙なサクサク感の衣の中から、ちくわ本来の旨味がひょっこりと顔を出す。
おいしい！
おいしいよ！ おばあちゃん！
ちくわの天ぷらにこんなに感動するとは思わなかった！
だってただのちくわの天ぷらなのに！
普段なら海苔弁当に入っているただのフツメンのちくわ天が！
今日は最高のイケメンに思えるのだから！
おばあちゃんの腕がどんなに素晴らしいかということを思い知らされる！
お次はうどん！ つやつや光る麺は、あのおじいちゃんが熱心にこねた力作だ。箸でつるつるすべるなめらか肌の麺を掴み、ズルズルッと勢いよくすする。ほどよいコシと噛むほど広がる優しい小麦粉の風味。主張しすぎないダシの効いたかけつゆ。
あー。うどん県香川さま！
「たかがうどん」と思っていて、ごめんなさい！
うどんなんて昼のメニューが思いつかない時の残念賞メニューだと思っていて本当にごめんなさい！
違いました！ 全部私の思い違いでした！
香川ではうどんはスペシャルな食べ物に違いありません！
そんな気持ちで無心でうどんをすすりながら、私は店内を眺めた。すごい活気なのだ。次から次へとやってくるお客さんをすごい勢いで対応する。どの店員さんも結構なおばちゃんなのだけど、元気いっぱいに輝いて見える。みんな誇りを持って働いてるのだ。一杯400円のうどんのためにおばちゃん達は必死で働いている。
この一杯のうどんにあの天ぷらおばあちゃんや、ちゃきちゃきおばちゃんや、頑固な旦那の思いが詰まっているのだ。心して食さなければ！
あっという間にうどんを食べ終わると、私は改めて呆然としてしまった。うどんがおいしいということにだけではなく、おばちゃん達の働く姿があまりにも眩しかったからだ。
私は自分の胸に問いかけた。私もあのおばちゃんたちのように誇りをもって働けているだろうか。一杯一杯のうどんに向き合うおばちゃんたちのように、繰り返されるひとつひとつの仕事にきちんと向き合えているだろうか。
うどん屋に来て自分の仕事への向き合い方を考えるとは全く思っていなかったのだが、仕事の本質は小さな仕事に向き合えているかにかかっているのだということを思い知らされる。あの天ぷらおばあちゃんも、頑固そうな旦那も、もう何十年と一杯のうどんに向き合い続けているに違いない。それでも、変わらず愛され続ける店であるのは、怠惰せずに常に一杯一杯に思いを込めて向き合っているからではなかろうか。
それに対して私はどうだろう。
正直に言うと、繰り返される地味で単調な仕事がつまらないと感じていた。たった5年程度働いたくらいで、なんて生意気なことを思っていたのだろうか。目の前の小さな仕事に本気で向き合えなければ、大きな仕事なんてできるはずがないのだ。
仕事の基本的な本質を、この一杯のうどんが私に語りかけてくれた。
「ごちそうさまでした！」
私はお腹も心も満たされた気持ちになりながら、箸を置いた。
「おばちゃん、天ぷら両方頼んで正解でした！ おいしかった！ ごちそうさま」
最初に天ぷらの注文を取ったちゃきちゃきおばちゃんにそう声をかけると、どや顔で笑っていた。
「また来てね！ ありがとうございました！」
お店の暖簾をくぐる時、あの優しい顔をした天ぷらおばあちゃんが笑顔でお辞儀をしてくれた。あまりお化粧をしていない顔には、たくさんの皺が刻まれているけれどお肌はつやつやで、何度見ても綺麗な笑顔だった。
あぁ、私もあんな素敵な年の取り方をしたい。
そして東京に戻ったら、新たな気持ちで仕事に向き合おう。
そう、心に刻んで私は香川県を去った。
ありがとう！ また来るよ！ 香川！
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