私の特技をエアロビクスに導いた一言
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記事:岩田 真治(ライティング・ゼミ特講)
「かなり動けるようになってきましたね。この後の上級クラスに参加してみませんか?」と声をかけられたのは、エアロビクスを始めて半年ほど経ったころだった。声をかけてくれたのは、初級クラスと上級クラスを教えている美人インストラクターだった。
美人の先生の言葉が胸に刺さった私は、翌週、上級クラスに参加した。60分のクラスが開始し、15分後、私の心は折れた。レッスンの最初の10分は準備運動のため、正確には私の心は5分で折られてしまった。初級クラス動きが全く通用しないくらい、上級クラスは難しかった。残りの45分間、途中退席する勇気のない私は、エアロビクスという生き地獄の中をさまよっていた。
このまま永遠にエアロビクスを永遠にやめようか、という考えが頭の中をよぎった。しかし「半年間頑張ってきて、やっと綺麗な先生から声をかけてもらったし、上級クラスで通用するくらいまで上手くなろう」という下心が勝った。
それから私は自分の実力を冷静に分析しながら、エアロビクスのレッスンに出るようになった。私が通っていたスポーツクラブのエアロビクスのレッスンは、当時6コースに分かれていた。①初級、②初中級、③中級、④中上級、⑤上級、⑥最上級という難易度別に。
半年間続けていた初級クラスの振り付けは、完ぺき再現できるようになっていた。そこで、半年かければ1つのコースを完ぺきに踊れるようにする。そして、次のコースに進むという作戦に出た。美人インストラクターの上級レッスンに出るまで2年かかるが、充分な実力をつけてから参加した方が、先生目当てにレッスンに出ている男性会員と差別化できる。そう思った私は、初中級クラスに参加するようになった。
エアロビクスの参加者は、レッスンごとに無言の縄張り争いをする。インストラクターに最も近い場所、いわゆる最前列の中央はボス猿的な会員が立つ。新参者が間違ってボス猿の位置に立とうものなら、村八分にあってしまい、二度とそのレッスンに出られなくなってしまう。
私の遠慮気味で、人見知りする性格は、エアロビクスの立ち位置争いとは無縁だった。初めて出るクラスは、知らず知らずのうちに、最後列の端っこになっていた。しばらく同じレッスンに出ていると「もっと前の方で踊ってください」と、立ち位置を譲ってくれる親切な人が出てくる。そして、しばらく中央列で踊っていると「一番前で踊ってください」と、最前列の立ち位置を譲ってくれる人も現れる。アイドルグループで言うところのセンターポジションを何か月か務めて、私は上のクラスのレッスンを受けるようにした。
「1つのレベルで半年間鍛えて、次のレベルに進む」という段階を踏む戦略は私の性格にピッタリだった。2年後、予定通りに美人インストラクターの上級クラスへ参加するようになっていた。せっかく2年ぶりに、レッスンに参加したにもかかわらず、インストラクターは一切話しかけてくれなかった。忘れられたのか、それとも嫌われたのか、という考えが頭をよぎった。
しかし、その時の私にはどうでもいいことだった。エアロビクスをやっているのが、純粋に楽しかった。「美人インストラクターに振り向いてもらう」という下心より、エアロビクスの魅力の方が勝っていたのだ。次の目標は、最上級クラスで最前列センターを取ることになっていた。美人インストラクターのレッスンより上のレベルを目指していた。
最上級・最前列・センターの目標は叶わなかった。私は転勤により、スポーツクラブを退会することになった。くしくも同じタイミングで、美人インストラクターも、そのスポーツクラブを辞めることになった。最後のレッスンが終わり、仲の良い会員とお別れの挨拶を伝えに行った。私は先生に、エアロビクスという特技ができたこと、転勤先でもずっと続けること、を伝えた。
先生は「最初は、怪しい人かなと思いました。ずっと、気難しい顔で踊っているから。でも、いきなり来なくなったと思ったら。また、急に来るようになって。いつの間にか、すごく上手くなっていてビックリしました」と言ってくれた。
怪しい人というのは余計だけど、ずっと気にかけてくれたこと、実力を認めてくれたこと、が素直に嬉しかった。20年以上前に、「上級クラスに参加してみませんか?」の一言あって、遠回りしながらも、地道に技を磨いたからこそ、今もなお「私の特技はエアロビクスです」と言える。
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