「ひとりっ子大作戦」は失敗だったのか
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記事:平沼仁実(ライティング・ゼミ4月コース)
「わー! ねえねがぶったー!」
今日も子どもたちの喧嘩する声から朝が始まる。
喧嘩のきっかけを作るのは大抵が6歳年上の娘の方だ。おとなしく遊んでいる息子にわざと近づいて行って、つねったり小突いたり蹴ったり。それに息子がやり返して、収拾がつかなくなり、私や夫が怒鳴り声をあげる。ふたりが同じ空間にいる限り、毎日毎時間そんなことの繰り返しだ。出勤のために家を出て子どもたちから離れると、やっと肺の奥底まで酸素を取り入れられるようになる。
娘の異変が始まったのは、息子が生まれて1か月くらい経った頃だっただろうか。夜寝付いてから数時間後に急に大声をあげて起きてきて、泣き叫びながら部屋中をグルグル歩き回る。何かに取り付かれたような目をして、声をかけても全く話が通じない。水を飲ませようとしたり、部屋を明るくしたりして、何とか「正気」に戻そうとしても何の効果もない。10分ほど経つと急にふと我に返り、布団に戻って寝てしまう。それが毎晩のように続いた。
「弟が生まれたストレスなんだろうな」
自分の意思とは無関係に、ある日急に終わりを迎えた6年間のひとりっ子生活。独り占めしていた両親の愛情が、別の誰かに分散される絶望、悲しみ、寂しさ。そう簡単に受け入れられるものでもないだろう。満たされない娘の気持ちは理解できる。だからできるだけ意識して娘に向き合おうと思った。しかし息子は常に手がかかる。おむつ替え、授乳、寝かしつけ……。圧倒的に息子の世話に費やす時間が多くなってしまう。娘と話していても、息子が急に泣き出したりすると、娘との話を中断して息子の対応に追われてしまうこともしばしば。これでは娘の欲求不満は増すばかりだ。
少しでも娘との時間を作るために、寝る前に娘にマッサージをすることにした。息子を寝かしつけた後、アロマオイルを使って丁寧に娘のからだにマッサージをする。手、足、お腹、顔……。直接からだに触れながら、一対一で向き合う貴重な時間。娘は毎晩のように「マッサージして」とリクエストするようになった。家事に育児に疲れ果てて、正直私の方がマッサージして欲しいくらいだよ、と思う日もあったが、気持ちよさそうにしている娘の顔を見ていると、できるだけ続けようと思った。私にとっても、普段手をかけられない娘への罪滅ぼしのような、罪悪感が軽減するような、そんな時間でもあった。いつの間にか娘の「異常行動」は起きなくなっていた。
しかし今度は娘は息子にちょっかいを出すようになった。やがてやられっぱなしだった息子がやり返すようになると、もう手が付けられなくなった。なるべく口を出さずに見守ろうと思っていても、二人の衝突はエスカレートするばかり。
こうして毎日のように家中に響き渡る、子どもたちの叫び声と、私や夫の怒鳴り声。常に寄せている私の眉間の皺は、深くなる一方だ。
時間が経てば解決する、というけれど一体いつまで続くのか。「いつか」までなんて待っていられない。「今」が苦しいのだ。今すぐどうにかしたい。
コロナ禍でずっとできなかった家族旅行を久しぶりにしたいと、娘の長期休暇に合わせてあらかじめ仕事の休みを取っていた。夫に提案するとまさかの「自分は仕事を休めない」との返答。せっかく休みをとったのに……と落胆していた時、脳裏に浮かんだ「ひとりっ子作戦」。いつかどこかで読んだ育児本に書いてあった「ひとりっ子作戦」は、下の子ができてから手をかけてあげられなくなった上の子と、二人きりで過ごす時間を作ろう、というものだった。今思えばいつの日かの寝る前のマッサージもこの「ひとりっ子作戦」だったのだろう。そうだ、娘と二人で旅行しよう。「ひとりっ子大作戦」決行の時だ。二人きりで過ごす時間で娘の気持ちが満たされれば、きっときょうだい喧嘩も減るのではないか。
行先はずっと行きたかった沖縄に決めた。透明な海の青色と、波の音。いるだけで、目から耳から癒された。永遠にいられると思うほど心地よかった。娘と一緒に海に入った。ゴーグルをつけて潜ると魚が泳いでいるのが見えた。初めて海中で魚を直接見れて喜ぶ娘。何年か前まで、怖がって海に近づくこともできなかった娘が、海ではしゃいでいる。娘の成長を感じた。旅行中の食事もスケジュールも全て、娘の希望を優先した。普段は一人で入っているお風呂も「お母さんと入りたい」と言うので一緒に入った。1日中二人で思いっきり遊んで夜は倒れるように眠った。旅の最終日、「帰りたくない」と何度も繰り返し、名残惜しそうにホテルの部屋を出る娘。楽しんでくれたようだ。夫のいない子連れの旅行は私にとっても初めての経験で緊張感もあったが、来てよかった。「ひとりっ子大作戦」は成功だ。
数日ぶりに夜遅く帰宅した時には、夫も息子も眠っていた。明日の朝起きたら驚くかな。息子も喜ぶだろうな。
そして翌朝。
「わー! ねえねがぶったー!」
息子の泣き声で目が覚めた。先に手を出した娘を叱る夫の声が響く。
え? 何か思ってたのと違う。何も変わっていない。いつもと同じすぎる朝だった。
「ひとりっ子大作戦」は失敗だったのか。二人きりで過ごした時間は無駄だったのか。そう考えるとがっかりした。けれどよく考えたら、こちらの期待した通りにすぐに相手が変わるとは限らないのは当然だ。育児に限らず、人間関係全般にいえることだ。
草木に水をあげるように、娘に愛を伝え続けよう。いつか娘の気持ちが満たされて花咲くように。諦めずに、根気強く。「ひとりっ子作戦」を日常の中に散りばめながら。
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