甘すぎるアナタが大好きです
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
世の中にソウルフードが数多く存在する一方で、ソウルドリンクというものもある。
長崎県出身である私のソウルドリンクは、ただ一つ。
「佐世保豆乳」である。
「えっ? 豆乳なんてどこにでもあるじゃない。長方形のパックに入ったものでしょう?」
と思われる方が多いだろう。
たしかに、昔と比べると種類が増えた。近年はコンビニの棚一列分くらいは軽く占めることができるほど、メーカーもいろんな味を世に送り出している。
でも、あの巷に売っている豆乳とはまったく違う。
長崎県の中でもおそらく佐世保市でしか見かけないであろう、独特な豆乳なのである。
まず、特筆すべきは見た目のインパクトだ。
写真でお分かりのように「あのー、パピコの親御さんですか?」と言いたくなる形状である。
残念ながらこの豆乳は、コンビニの豆乳のように独り立ちをすることができない。スマートではあるが、底が丸いため、寝かせて置くことしかできない。
一般的に一袋に3本入った状態で、すやすやと眠るように売り場に並べられている。しかも、これらが並べられている場所は飲料売り場ではなく、豆腐売り場である。紛れもなく、豆腐のカテゴリーなのである。
そして、開けようとしても一筋縄ではいかないところがまた憎い。
パチンと一瞬で開けることができたら、躊躇なくスッキリと一本飲み干せるというのに……。
上のつまみのような部分を歯でかじり、グリグリと高速回転させて開けようとするが、なかなか嚙みちぎることができない。
「そんなに簡単に飲ませてやらんもんねぇ」
という超ドS級な豆乳なのである。
物心ついた時からこの豆乳を飲んでいるが、いまだかつて一滴もこぼさずに開けられた試しがない強者なのである。もし「この開け方なら間違いないわよ!」という方がいたら、ぜひ弟子入りしたいほどである。
歯で噛みちぎれぬまま、結局、ハサミや包丁を使いできるだけ端っこを切り、溢れ出そうとする豆乳をこぼすまいと必死でくわえる。もしくは、速攻でグラスに注ぐ。
うっかり手を離すと、勢いよく飛び出してきてその辺りがビシャビシャになるからだ。細心の注意を払いながら絞りだしていく。
そんな苦労を経て、ようやく口に運んだ時の美味しさといったら!
大豆の青臭さを感じさせないが、少し甘ったるい感じ。そしてほのかな生姜の味が絶妙にマッチしている。一本では飽き足らず、もう一本と思わせるほどの威力は、仮に3時のおやつがなくてもこれだけで満足できるほどだ。
ヤクルトでもカルピスでもない、佐世保豆乳ならではの魅力がそこにはある。
甘味に砂糖と水飴を使っているらしいが、ある情報番組ではスイカと同等の甘さだと紹介されていた。大人になっても飲み続けたい! その決意はわずか16歳でへし折られた。
父の転勤で佐世保から福岡に引っ越すことになったからだ。
近所のスーパーで豆乳を買おうとして青ざめた。
ない! ない!! ない!!! あの豆乳って、佐世保にしか売ってないんだー!
ショックだった。
母乳よりもあの豆乳で育ったと言っても過言ではないくらいの量を飲んでいた私にとって、佐世保豆乳の存在がどれだけ大きかったか、故郷を離れてみて初めて気がついた。
その後、福岡に佐世保のアンテナショップができたが、売り上げが芳しくないのか早々に撤退してしまった。
佐世保豆乳を買えないことが、いつの間にか当たり前になり、スーパーやコンビニで買える豆乳に慣れてきてしまった。それでも、時々思うのだ。
「私が本当に好きなのは、あの甘い豆乳なんだよね……」
だからといって、豆乳だけのために佐世保に行くことはないまま、時間だけが過ぎて行った。
そして、コロナ禍を経たこのゴールデンウィークにちょうど佐世保に行く機会ができた。
中学校の同窓会があるというではないか。
もちろんそれも楽しみだったが、「久しぶりに、あの佐世保豆乳が買えるんじゃない!?」という気持ちが大きく膨らんだ。
特急電車が佐世保駅に着くと、真っ先に駅ナカにあるスーパーに駆け込んだ。
「豆腐売り場、豆腐売り場」と呪文のようにつぶやきながら探していると、見覚えのあるあの形状の豆乳が目の前に現れた。
「あったーーー!」と一人でバンザイをした。店頭在庫をしっかり確認してから、私はスキップしたくなる気持ちで同窓会へと向かった。
ゴールデンウィーク明けは、毎年憂鬱な気持ちになるが、今年だけは違った。
「朝は佐世保豆乳を飲んで出勤しよう!」
そう思うと不思議とスッキリと目が覚めた。恐るべしソウルドリンク。
世界的なコーヒーショップが「ソイラテ」というものを世の中に広めたおかげで、牛乳アレルギーの方や健康志向の方にとっては、豆乳は親しみやすくなり、ちょっと「オシャレ感」も出している。
実際に2011年以降、豆乳の消費量は毎年、過去最高を更新し続けているのだという。
そういう一般的な豆乳に慣れてしまった方からすると、佐世保豆乳は「こんなの甘い! 甘すぎる!」とお叱りを受けるかもしれない。
でも47歳になった今、改めて告白します。
私はそんな甘すぎるアナタが大好きです!
***
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