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ふるさとグランプリ

「1日限りの娘」になろうとした、あの日のこと。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

「おい、おーい。聞こえてる?」
その声は、遠いところから聞こえた。
はい、聞こえてます、と言いたいのだがうまく声が出ない。
「こりゃ、まずいな」
そう聞こえたのを最後に、私の意識はそこで途切れた。

目が覚めると、知らない天井の下だった。
どこだろう、ここは。そう思って起き上がろうとすると、こめかみ辺りに激痛が走った。
ぐわんぐわんと音がしそうなくらいに世界が歪む。
そしてその瞬間、私は全てを思い出した。まずい、そう思って部屋の隅にあったバッグまで這っていき、携帯を開く。
9:35という数字が見える。
ああ、また、やってしまった。
そう思ってため息をついたその時、奥の襖がからりと音を立てて開いた。

「おっ、起きたか」
そう声をかけてくれたのは出張先の上司だった。
「大丈夫か? とりあえず、家内が風呂を沸かしたから入れ。さっぱりするぞ」
今日の業務はこれとこれだ、というような普段通りの口調で上司は言った。
さあさあ、と風呂に連れられ、「じゃあごゆっくり」とドアを閉じられた私は、しばらく閉じられたドアを見つめていた。

「よし、今日飲みに行くか」
そう言われたのは業務が終わる数時間前だった。
出張先にたまたま居合わせた私は、「福居さんもぜひ一緒に」と言われ、特に断る理由もなくついていったのだった。
しかし。
酒は飲んでも飲まれるな、という言葉は何処へやら、まだ大丈夫、まだ大丈夫……と、気付いた時には大丈夫じゃないくらい飲んでしまったのだった。自分でなんとかトイレに行き、店の外に出たはいいものの動けなくなり、そこを上司に見つけてもらったのだ。
その後は記憶がなく、今に至っていた。
暖かい湯船に入り、ため息をつく。
ああ、このまま湯気になって消えてしまいたい……、大学生じゃあるまいし、何をやってるんだろう。
でもまだ、発見された時に外で蹲ってただけでよかった。そのまま例えば池に飛び込んで泳いでたとか、ゴミ箱に突っ込んでゴミの一部になってたとかじゃなくてよかった。
じゃなくて。
さらに下を見て安心したところで、それは今やってしまった内容には1ミリも影響しないのだから意味がない。そう思い、頭までお湯をかぶり、思考を遮断した。
田舎の父と母は娘が社会人になってまでこんな事をしていると知ったら悲しむに違いない。いや、お堅い母なら卒倒するかもしれない。けれど、道端で大の字で寝ていたという友人よりはマシか、いや、そもそも泥酔したという時点でどっちがマシとかそんな問題じゃないだろ……
と、結局のところぐるぐると思考がループして来たところで私は浴室を後にした。

上司の育毛シャンプーをお借りしたため、妙にスースーする頭を撫でながら、私はリビングのドアを開けた。
「……おはようございます」
後ろめたさ全開で俯き加減に入って行くと、眩しいばかりの日光が入るリビングには上司と奥様がいた。
「少しはスッキリしたか? 福居、こちらがうちの家内だ」
「こんにちは」
紹介され、お詫びを告げて慌てて頭を下げる。申し訳ない気持ちで頭そのままが上げられなかった私に、奥様は「大丈夫」と声をかけてくれたのだった。
心遣いに感謝しながら、勧められるがままにソファに腰掛ける。上司と、その奥様と、私。不思議な空間に胃がよじれそうになる。何か話さなくては、と思うのだが話題が思いつかず、私はひたすら困り果てていた。
チラリとリビングを見渡すと、趣味のものがたくさん飾ってあり、そのどれもが時間と手間とお金がかかっていることが一目でわかった。すごいな、と見ている私の目線に気付いたのか、上司が言った。
「僕はこういう趣味があってね。どうもついつい、のめり込んでしまって」
そうね、あなた秋葉原に行っては細かな電子部品を買い込んで来ているものね、と奥様がお茶を淹れながら笑った。上司の熱意が伝わるようなその品々に、私は普段の職場での姿とは違った顔を見て、なんだか面白かったのだった。

「で、お昼は中華街に行こうと思うんだ。福居、時間は大丈夫?」
「えっ」
そのままお暇しようと思っていた私は、突然の申し出にびっくりしてお茶をひっくり返しそうになった。
確かに、ここから中華街までは目と鼻の先だ。しかしそんなに上司と奥様の時間を頂くわけにはいきません、と私はやんわりと断った。
「いいんだよ、2人だとそんなに行かないから。
今日は1日、僕たちの娘になったと思って一緒に行かないか?」
そう言われてしまうと、断る理由もなく私は承諾したのだった。

「そうか、君は僕よりふた回りも下になるのか。娘であってもおかしくない年齢なんだな」
初めて会って自己紹介した時に、上司が私に言ったセリフだった。
上司は年齢の割に若く見えますね、と言うと「うちは子どもがいなくて、若い時と全然、感覚が変わらないからかなぁ」と言っていた。子育てについてピンとこなかった私は「そういうもんなんですか」とだけ返事をした。
その後、トラブルが相次いで、思ったよりも出張先で過ごす期間が延びた。長く一緒にいて色んなことを話すうち、ビールを飲みながらぽつりと上司はこう言った。
「娘がいたら、こんな感じなのかな」、と。

車を駐車場に停めて外に出ると、独特の匂いがした。
中華街にはよく友達と点心を食べに来ていたので、ある程度の場所はわかっていた、つもりだった。けれどその日はなんだか、街がいつもと違う顔をしているような気がした。
……こんな感じだったっけ、中華街って。
妙に赤がハッキリとして見え、落ち着かなかった。
私はまるで初めて来たかのように、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いた。
3人で並んで行くと、ここの焼売が美味しいよ、ここに雑貨屋さんがあって……と、さすが地元の奥様は詳しかった。
お昼を食べたが、緊張していたのか、単に前日に飲み過ぎた影響なのか、どんな味だったのか全く覚えていない。
お支払いの時、財布を出した私を上司が「いいから」と止めた。さすがに迷惑をかけすぎている、と思ったが、レジ前で話し込むと上司の顔がたたないと思い、ご厚意に甘えることにした。
その時に気がついた。本当は、もっと手放しで「美味しかったです、ご馳走様でした!」とニコニコ笑って甘えれば良かったのではないか、と。娘になったと思って、とまで言ってくれたのだ、その方が上司も嬉しかったのではないだろうか。
けれど、そういう風に可愛らしく甘えることが大の苦手だった私はそれが出来なくて、ただ頭を下げただけだった。

その後は中華街を散歩し、ショーを見たり、お土産を見たりした。上司も奥様もとても良くしてくれたが、相変わらず私はどうしていいのか分からず、はしゃぐことも甘えることも出来ず、ただただ借りてきた猫のようだった。

別れ際、改札まで送ってくれた2人に、たどたどしいながらもお詫びとお礼を告げた。
奥様はぎゅっと私の手を握り、「また遊びに来てね。次はうちで鍋でもしましょう」と笑顔で言ってくれた。
私は罪悪感で押しつぶされそうになりながらも、はい、と答えた。
あの時、私は改札の向こうにいる2人に手を振りながら、果たしてうまく笑えていたのだろうか。

私の罪悪感の原因は、いくつもの申し訳なさからだった。急に泊めてもらって休日に付き合わせてしまったこと、そして、到底、娘のようには振る舞えなかったどころか、心を閉ざしがちに接してしまったこと。あんなに良くしてもらったのに、と思えば思うほど、罪悪感は募った。
あの時もっとこう出来ていたら、なんて、考えてももう遅い。
流れる景色を眺めながら、今度上司に会ったらうんと美味しい手土産を持って行こう、そして今度こそたくさん話をしよう。
そう思ったのだった。

それからもう、何年も経つ。
残念なことに、私はそれ以来上司にはお会いしていない。もちろん、奥様もだ。
次の仕事に移った私は部署を異動し、あちこちを転々とした。上司もあちらこちらの支所を転々としていたため、ついぞお会いする機会がなかった。
お詫びをしようと思っても、上司の連絡先として知っているのは業務用の携帯電話だけ。お邪魔させていただいたものの、お宅の場所をハッキリ覚えているほど私は地理に詳しくもなく、記憶力がいいわけでもなかった。

けれど、今もふと思い出す。3人で行った、あの中華街を。
夢だったかのように妙に色が濃く、異世界のように思えたあの空間を。
もう一度会えた時に、上司に伝えようと思っている言葉がある。
「娘として過ごせたあの日は、特別な1日でした」と。

***
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