寝相悪男による「Pokemon Sleep」体験記
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記事:大谷達也(ライティング・ゼミ6月コース)
今年の7月下旬、あるアプリがリリースされた。
その名も「Pokemon Sleep」。日本が誇る一大コンテンツ、ポケットモンスターシリーズのスマートフォン向けアプリで、利用者の睡眠を計測してくれるというものだ。
また、ただの睡眠計測アプリではなく、うとうと・すやすや・ぐっすりなど計測した睡眠のタイプによってさまざまなポケモンが登場し、その寝顔を観測することでポケモン寝顔図鑑を埋めていくというコレクション要素もある。ポケットモンスターシリーズの新作ともあって瞬く間に話題になり、インストールした方も多いだろう。
私もポケモンという名称を聞きつけてアプリをインストールした一人だ。今年で26になるいい年した男だが、恥ずかしながらポケモンが好きなのだ。小さい頃からポケモンのアニメを見て、ポケモンのゲームで遊んで育ってきた。そんなポケモン世代の私にとって、Pokemon Sleepをインストールしない理由はなかった。
しかし、始めるにあたって大きな懸念があった。それは、私の寝相が死ぬほど悪いということだ。特にいびきがひどい。鼻炎持ちの宿命だろうか、それはもううるさい。部活の合宿では私の両隣に布団を敷くのを露骨に避けられ、中学、高校のときの修学旅行では、宿泊するたびに同室になったクラスメイトの機嫌がみるみる悪くなっていった。今となっては、彼らには悪いことをしたと思っている。わざとじゃないんだ、許してくれ……。
そんなこともあり、可愛らしく愛すべきポケモンたちに、私の「いびき(威力:50、ノーマルタイプ、あいてをひるませることがある)」をくらわせてよいものかと一週間ほど葛藤していたが、どうやらPokemon Sleepには睡眠中の音声を録音してくれる機能があるらしい。どうせなら、今まで公害のように扱われてきた自分のいびきを聞いてみようではないか。そう思いたち、これから被害を受けるであろうポケモンたちに心の中で謝罪の意を伝え、泣く泣くアプリを起動した。
5分ほどあるチュートリアルを終え、ようやくはじめて睡眠を計測するフェーズに。ベッドの横にスマートフォンを起き、布団に潜る。ポケモンセンターのBGMがオルゴール調になった睡眠導入サウンドが心地よい。思ったよりすぐに眠りについたようで、気づいたら朝を迎えていた。
さて、気になるいびきはどうなっているのか。目が開ききってない状態のまま睡眠データを開く。睡眠タイプはぐっすり。グラフを見ても、とくに睡眠が浅いところはない。よし、しっかり眠れているようだ。
下にスクロールしていくと録音データを聞けるボタンがあった。録音データは全部で8つ。6時間計測した中で、とくに音が大きかった箇所が10秒ずつくらいに分けられている。
恐る恐る1つ目の音声ファイルを再生する。
「スー……スー……スー」。
あれ? 特に問題はない。続いて2つ目のファイルを再生する。
「スー……スー……フゴッ。スー……スー……グッ」。
多少怪しいところがあったが、これまで友人から数々の嫌味を言われてきたほどのうるささではない。
3つ目のファイルも同じようなものだった。なんだ、今日は調子がいいのか? もしかしたら気づかないうちにいびきは治っているのかも。そんな淡い期待を抱いていた次の瞬間だった。
「ギュイ……ギュイ……ギギッ……」
????????????
寝ぼけていた頭が一気に覚める。しかしその音が何なのか、どこから発されているのか、覚醒した脳でも理解が追いつかない。まるで黒板に爪を立てて引っ掻いているような不快な音が爆音でスピーカーから流れる。唯一、この音がいびきではないということだけはわかった。
5つ目のファイルも、6つ目のファイルも同じような音が流れる。思わずベッドで頭を抱えた。私はいままでこんな音を周囲に撒き散らしていたのか……。
ふと、あごと肩周りに凝りを感じた。それは、いつも私が寝起きに悩まされていた症状だった。その瞬間、すべての辻褄が合った。
「これ、歯ぎしりだ」
気づかないのも無理はなかった。なぜなら、およそ人体から発せられる音ではなかったからだ。実際に再現しようとしても起きている間ではあの爆音を出すことはできない。全部のファイルを聞き終わる前には、ショックを通り越して人体の神秘に感心していたほどだ。
いや、気を取り直そう。本命はポケモンの寝顔を観測することだ。そう自分に言い聞かせ、広場で眠るポケモンたちの寝顔の観測に向かう。彼らが私の歯ぎしりの騒音を被っていないか祈るばかりだ。しかし、それはあくまでこちらの勝手な思い込みであって、本当にポケモンがうなされているようなことはないだろう。そう高を括っていた。
寝顔が観測できたポケモンの3匹のうちの2匹が、カラカラというポケモンだった。途端に嫌な予感がする。カラカラは頭に骨を被った小さな怪獣のようなポケモンで、非常に可愛らしい。私も好きなポケモンだ。しかし、ポケモンに詳しい人ならお分かりだろう。
急いで図鑑の説明欄に飛ぶ。
カラカラ
こどくポケモン
重さ:6.5kg 高さ:0.4m タイプ:じめん
泣きながら 眠っている姿が 発見されているよ。
死に別れた 母親を 夢に見て
しくしく 泣いているかも しれないね。
(引用:Pokemon Sleep寝顔図鑑)
嫌な予感が的中した。まさか、自分の睡眠で苦しむポケモンが生まれてしまうとは……。ぐっすりタイプからは何十種類のポケモンからランダムに数匹が現れるらしいが、その中からカラカラを2匹引き当ててしまう自分が恐ろしかった。
どうやら、私の寝相(いびき、歯ぎしり、その他etc)は現実世界でも、電子の世界にも多大なる被害を生んでしまうらしい。
その一回の計測から、アプリは開いていない。かといって、いまだにアンインストールできずにいる。
今日もアプリから通知が届く。
「ピカチュウは、〇〇(ユーザー名)と一緒に眠れるのが楽しみなようです。そろそろ眠りにつきますか?」
ごめんなピカチュウ……お前の身を守るためなんだ。
***
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