メディアグランプリ

父からもらった言葉


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記事:佐藤京子ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
職業人生の中で、私には、父から貰った忘れられない言葉がある。
 
私は、高校卒業後、経理事務職員として地元企業に就職した。
私の住む町には、興味ある仕事もなかったし、選べるほどの就職先もなかった。
また、父の反対もあり、自宅通勤しか選べなかったことも要因のひとつ。
日祝がお休みで、お給料が貰えれば、それでいい。それ以外、職場に求めていることは何もなかった。
就職に関しては、とてもドライな自分だった。
 
その当時は、飲食店が繁盛し、繁華街は酔っ払いで溢れ、ヤンキーがもてはやされていたバブル景気時代。
会社の景気も良かったことから、仕事はまあまあ忙しかった。
新卒といえ、少人数の部署だったため、それなりの責任ある仕事も任されていたが、そつなくこなしていたと思う。
プライベートでは、週末決まって飲み歩き、知人と合流し、真夜中までカラオケで大はしゃぎするのが、ブームだった。
それが楽しかったし、それなりに充実していて、不満もなかった。
それが、いつからだったか、なんの不満もない、安定した毎日が、自分を不安にさせるようになった。このままでいいのだろうか……。
不安はモヤモヤへと変化していった。
20歳目前にして、日を増すごとにモヤモヤが増量された。
私には、このモヤモヤの原因が、わかっていた。
新卒で就職する際、自宅通勤が条件となっていたことから、諦めていた職業があった。
封印していた、それが、また疼きだしたのだ。
事務職という裏方の仕事ではなく、表舞台に立つ仕事がしてみたい。
 
人生の転機のおとずれだった。
能天気な母は、私が家を出ることに賛成し、協力してくれた。
おかげで父にバレないよう内密に事を勧めることができ、就職先を確保。
その後、父の猛反対を押し切り、家を出て、友人宅に身を寄せ、新たな職に就いた。
 
選んだのは広告会社の営業職。
それまでは、経理課に所属し、裏方に徹してきたが、会社の要となる営業職を敢えて選んだ。
これが、うまくハマった。
新聞に折り込まれる求人広告紙の営業であったが、世はバブル景気にあったことで、どこもかしこも人手不足。
人が足りなくて、会社が潰れると言われていたくらい、人材が不足していた時代。
ハローワークの求人では間に合わず、求人広告を出す企業がたくさんあった。
しかも、人事担当者は、ほとんどが中年男性。
20代女性が営業にきたことと、広告掲載料が10万円以下であったことから、決済も容易に下りたらしく、面白いように営業がとれた。
 
社員数が10名にも満たない、小さな企業だったが、仲間にも恵まれ和気あいあいとした環境で仕事をすることができたし、広告紙として発行されることで、達成感が得られた。
 
経理事務の仕事が嫌いなわけではなかったが、毎月数字を追い求めるだけだったのに対し、自分が営業で取ってきた広告が、紙面となって、人の目にふれる。
毎週、締日と発行日に追われたが、それもまた、メリハリがついて良かった。
お給料も賞与も、事務職をしていた頃とは比べ物にならいくらいの金額を頂けた。
自分の成果が、給与に反映されることがうれしかったし、やりがいを感じた。
人生で初めて、仕事が楽しいと思えた。
 
楽しい日々の中で、気になるのは父のことだった。
父は、シャイで、普段、私とまともに会話することがなかった。
私に届けたい言葉は、全て母を通じて告げられる。
直接、父に叱られた記憶もないし、手を上げられたこともない。
父の車を勝手に運転し、壁にぶつけてしまい、車の側面が凹んでしまった事件があったが、その時も、父が怒ることはなかった。
息子二人に末っ子の私。父が可愛がってくれていたことは、痛いほど理解していた。
 
そんな父が、私が実家を離れるにあたり、母を通じて言ってきたのは「出ていく以上、二度と家の敷居はまたがせない」だった。
(自分の元にいて欲しかったのだろう、親不孝でごめんなさい)
 
覚悟しての初帰省。
待っていたのは、お酒を飲んだ陽気な父だった。
真向かいに座った父は、私の話(仕事の話し)をニコニコしながら、楽しそうに聞いている。
(その姿は、今でも、目に焼き付いている)
その時、今は亡き父が、私に言ってくれた言葉がある。
 
「今の仕事は、お前に合ってるんだな。イキイキしている!」
 
シャイな父親が、直接、私に伝えてくれた言葉。
家を出ることを、猛反対していた父が、私の職業人生を認めてくれた言葉。
この言葉が、宝物となった。
 
現在、経理事務と、営業で培った知識とスキルを活かせる職に付いている。
加齢と共に、勢いも薄れ、裏方を好むようになった。
今、父に会えたら、あの時のあの言葉は、きっと貰えないと思う。
 
過去の自分は、確かにイキイキしていた。それで十分だ。
 
今年の春に就職した娘。
尊敬できる社長の元、職場のスタッフに恵まれ、やりがいもあり、毎日楽しく仕事ができているらしく、プライベートも超充実している。
娘は、今、イキイキしている!
 
あの日、あの時の父の気持ちを体感している自分が、ちょっとだけほほえましく感じられた。
今後は、娘の職業人生を応援していくこととする。
 
 
 
 
***
 
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2023-10-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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