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中華街ドリフターズ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西尾たかし(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
※この話はフィクションです。
 
復興途中の中華街は、かつての喧騒を取り戻しつつあった。壊れた建物の間に新しい看板が並び、屋台からは甘辛い匂いが漂ってくる。
再建された提灯が夜風に揺れ、かすかに光を放つ。だが、崩れたままの壁や瓦礫の山が、ここに残る「かつての街」を語り続けていた。
 
大樹(タイキ)はトラックを停め、牌楼を見上げた。震災の影響で簡素になった門は、以前の重厚なデザインとは違い、どこか寂しげだった。
彼はゆっくりと歩き出す。懐かしい街の音、料理の匂い、人々の話し声。確かにここは変わりつつある。だが、彼にとってはもう過去の場所だった。
 
そんな彼を引き戻したのは、ネットラジオから流れてきた「歌」だった。特に注目されることなくこの世から消え去っていきそうな歌を取り上げるコーナーで紹介された「漂流者の歌」。女性の声。その響きが、恭美のものに似ていた。災害前後の中華街で歌われていたものだとDJは紹介していた。
 
彼女がまだこの街にいるはずはない。それでも、大樹の心はざわつき、この街へ戻らずにはいられなかった。
 
『亀来軒に行ってみるか。まだあればの話だが……』
彼は路地を進み、かつて馴染みだった中華料理店を目指した。見覚えのある提灯が暖かい光を放っているのを見つけると、ほっと息をつく。「営業中」の札が揺れていた。
 
暖簾をくぐると、店内には油の香りが漂い、かすかなざわめきが耳に届いた。カウンターの奥で鍋を振る白髪混じりの劉(リュウ)が、大樹を見つけて驚いた顔をした。
 
「おお、久しぶりじゃねえか。」
劉は鍋を置き、手ぬぐいで手を拭きながら笑みを浮かべた。
「まだこの街に未練があったのか?」
 
「お久しぶりです。ちょっと近くを通りかかったもんで……」
大樹は椅子に腰を下ろした。その前に劉がビール瓶とグラスを運んでくる。グラスにビールを注ごうとする劉に、「車なんで」と告げる。残念そうな顔をして引き下がる劉。
 
「相変わらずつまんねえ男だな。また女を追いかけに来たのか?」
振り返ると、伍(ゴ)が酒瓶を片手に座っていた。顔は赤らみ、以前いつもそうだったように少し酔っているようだった。
 
「恭美(キョウミ)だろ?」
伍はにやりと笑う。
「昔の女を追いかけて、この街に戻るとはな」
 
大樹は無言で伍を睨む。だが、伍は意に介さず酒をあおった。
 
「今でも恭美はここに?」
大樹が尋ねると、劉は少し考え込んだあと、低い声で答えた。
「あの子がここに来たのは2年前だな。歌を続けてるって話してたけど、それっきりだ」
 
伍が口を開く。
「この街も変わった。けどな、変わらないものもある。過去に囚われてるやつも、未練を抱えてるやつもな」
 
その言葉に、大樹は何も返せなかった。
 
 
かつてのナイトクラブは廃墟と化していた。砕けた窓から覗くと、埃まみれのステージと壊れた椅子が散乱している。
彼は床に落ちていた古びたポスターを拾い上げた。そこには恭美が写っており、「希望の星、恭美ライブ」と書かれていた。
 
「……恭美」
彼はその名前を呟いた。指先が震え、胸が痛んだ。あの頃の恭美の歌声が耳の奥で蘇る。夢を語っていた彼女が、どうしてこの街から消えたのか。
 
かつて、彼女はタクシーの助手席で言った。
「ねえ、大樹。私、ここじゃない場所で歌いたい。でも、この街が好きなの。だから、でも、どっちか分からないけど、行けるところまで行ってみたい」
 
その時の笑顔を、彼は思い出した。
 
 
トラックは夜の高速道路を走り抜けていた。中華街の明かりがバックミラーの奥に消えていく。
大樹は途中のパーキングエリアにトラックを停め、缶コーヒーを買うために外に出た。
 
ふと、駐車場の隅からかすかに聞こえる歌声に足を止める。
――「漂流者の歌」。
 
そのメロディーを、彼は知っていた。
 
声のする方へ歩くと、若い女性が路上でギターを抱えて歌っていた。
彼女の声はまだ荒削りだったが、どこか懐かしく、恭美の面影を思わせる響きがあった。
 
大樹はしばらく黙って聴いていたが、歌が終わったタイミングでふと声をかけた。
 
「その歌、どこで知った?」
 
女性は驚いたように顔を上げ、微笑んだ。
 
「ネットで見つけたんです。昔、中華街で歌ってた人がいたって」
 
「そうか……」
 
「その人の歌を聴いたとき、なぜか懐かしい気持ちになって……気づいたら歌ってました。」
 
大樹は微笑みながら、静かに言った。
 
「いい歌だよな」
 
女性は頷き、ギターを抱え直す。
 
「いつかどこかで聴きたいなって。その人の生の歌を」
 
大樹は答えず、缶コーヒーを片手にトラックへ戻る。
エンジンをかけ、ゆっくりとアクセルを踏み込む。
 
フロントガラス越しに広がるのは、闇に包まれたハイウェイ。
どこまでも続く道の上で、大樹はふと口を開く。
 
「漂流者の歌か……」
 
彼は、低くゆっくりと、メロディーを口ずさみ始めた。
静かな車内に響くその声は、夜の風に溶け、広い空へと消えていった。
 
 
 
 
***

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2025-02-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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