「天ぷら」の罠《ふるさとグランプリ》
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記事:バタバタ子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「あしたの朝ごはんは、天ぷらよ」
その返答に歓喜した。「やったあー!」と叫んで、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
天ぷらといえば、ご馳走である。小学校に入る前の当時、まだ人生で数回しか口にしたことのない、幻のメニュー。記憶の中のそれは、黄金色の衣に身を包み、歯を立てるとサクッと小気味よい音をたて、あつあつのエビが口の中でプリプリと踊り出す。
こんなに美味しいものが、世の中には存在して、しかも明日の朝、ふたたび食べられるなんて!
翌朝、起こされるとすぐに布団から飛び出し、リビングのテーブルに向かった。すでに朝ごはんの皿が並べられ、あとは食べるだけの状態となっている。いつもの朝食用のプレートを、心躍らせて覗きこむ。プラスチックのトレーの三分割されたくぼみは、それぞれおかずで埋められている。
そのなかに、天ぷらは、ない。
いつもの、庶民的なおかずばかりだ。
「ねえ、今日は天ぷらって言ったやんか」
「何言ってんの。ちゃんと、天ぷらやん」
母が指さした先には、茶色い、丸い、平たい物体。よく知っている。週に2回は食べている。たしかにこれも「天ぷら」ではあるが。
あの黄金色のサクサクした天ぷらではなく、こっちか。そうか。
釈然としないが、反論もできず、ぶよぶよとした「天ぷら」を食べたのだった。
もし私が他の地域の子どもだったら、こんな悲劇は起きなかっただろう。
ここでは、さつま揚げのことも「天ぷら」と呼ぶのだ。
残念なことに、「天ぷら」に裏切られるのは、一度や二度ではなかった。
家のメニューで。お店で。何度もサクサクの天ぷらを期待しては、さつま揚げのほうの「天ぷら」が出てくるのだった。
その度にがっかりしていたため、いつの間にか「天ぷら」のイメージには、がっかり感や残念な気持ちがセットで登場するようになっていた。
だから、みずから進んで「天ぷら」を食べるなんてことはなかった。東京の大学に進学し、一人暮らしを始めてからは、ほとんど口にしないでいた。
逆に、サクサクの天ぷらはよく買った。かつて、あれほど憧れた黄金色の天ぷらは、学食にもスーパーにも常備してあり、身近な存在となっていた。
さつま揚げの「天ぷら」と再会したのは、上京して2~3年後、新橋でのことだった。
そのときのマイブーム、全国都道府県アンテナショップ巡りの途上で、鹿児島県のアンテナショップを探して訪れたときだった。
観光情報の棚や、焼酎のボトル、要冷蔵の食品のケースを見た後で、ふと視線をあげると、目の前に、出来立てのさつま揚げを販売するカウンターが、どーんと構えていた。まるで洋菓子店でケーキでも売るかのように、多種多様な「天ぷら」が、ショーケースの中に並んでいた。
「おひとつ、食べてみてください」
にこにこした、感じの良い店員さんに試食を勧められ、無下にもできず、口に運んだ。
やわらかい一切れを噛んだ瞬間、意外にも美味しかった。旨みだか風味だか、そういったものが口のなかだけでなく、鼻や喉の奥にまで一気に広がった。しかも飲み込んだ後も、美味しさが続くかんじだ。
「ショウガをちょっと乗せても、美味しいんですよ」
そうなのか。知らなかった。試してみたいな。
それまで避けていた「天ぷら」を、その店で2種買って帰った。その日以来、私の生活に「天ぷら」が戻ってきた。
さつま揚げなんてつまらない、と決めつけないで、もっと早くから、目をむけていればよかった。もったいないことをしていた。
思えば、つまらないと決めつけて、いいところを見過ごしてしまうことは、往々にしてある。
たとえば、本当は修学旅行の実行委員をやりたかったけれど、じゃんけんで負けたから、誰もやりたがらない文集の実行委員に決まってしまったとき。
たとえば、第一志望の大学に落ちたから、仕方なく滑り止めの大学に通うことになったとき。
いつまでも、叶わなかった希望のことばかり考えて、文集の仕事や今の大学での生活にちゃんと向き合わず、つまらないものと決めつけて、なおざりにしてしまいそうになる。
でも文集の仕事だって、テーマを決めたりイラストのカットを選んだり、楽しいこともたくさんある。滑り止めの大学だって、そこにしかいない友人や、環境、そこでしか得られない経験は、目を向ければいくらでもある。
大事なのは、目の前のものごとに素直な気持ちで向き合うことだ。
一番ほしかったものが手に入らなかった残念さで心がいっぱいでも、それはそれとして、「天ぷら」の美味しさや文集の楽しさを、まっすぐに受け入れたほうが、人生、楽しくなる。
「天ぷら」を斜に構えてみていた頃は、もったいないことをしていた。
それを補うというわけではないが、今日も一口一口、味わってかみしめる。
こんどは、サクサクの天ぷらと盛り合わせてみようか。
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