ふるさとグランプリ

宝石箱に飛び込んで《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:バタバタ子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「当機はまもなく、福岡空港に着陸いたします」
もうそんな時間か。
急いで広げていた本やテーブルを片付け、窓から外を覗き込む。
この瞬間のために、わざわざ遅い時間に到着する便の、窓側の席を予約したのだ。
あたりは一面まっくら。見えるのは、窓に反射する自分の顔だけ。
吐く息で窓が曇らないように気をつけながら、ギリギリまで顔を近づける。
 
次第にポツポツと小さな光がみえてきた。
光はどんどん増え、繋がってネックレスのようにうねっていく。カラフルな光の粒も登場する。高度を落とすにつれて、キラメキは次第に、大粒の宝石のように眩しくなっていく。
飛行機は、そのまま宝石箱に飛び込んだ。
 
九州の空の玄関口、福岡空港は、街からほど近いところにある。天神まで、地下鉄だと10分で出られる距離だ。
だから離陸や着陸の際には、いつも歩いている街を、上から詳細に眺めることができる。
昼間にみる光景も楽しいものだが、オススメは、やっぱり夜。特に、夜景がきれいな時間帯。
福岡に住んでいるだけでは分からない、福岡を離れるからこそ気づける輝きだ。
 
「この成績なら、東京の大学を目指せるかもしれんぞ」
担任のその一言で、私は「東京に行く!」と奮い立たった。
福岡の、郊外の町に住む高校生にとって、東京の大学に行くということは、すなわち成功。
限られたトップクラスの人間である証。
能力が高くて、かっこよくて、オシャレで、将来が約束されている。
私みたいな、根暗で、ブスで、デブで、どんくさい、スクールカースト底辺の人間でも、東京に行けば、勝ち組になれる。
そう思っていた。
 
必死の受験勉強を経て、運良く合格通知をもらうことができた。
春が過ぎ、東京の大学生となって数ヶ月。
気づいたのは、東京に行けば自然にイケてる人間になれる訳ではない、ということだった。
東京は、そんな都合のいい力に満ちた場所ではなく、けっこう普通な場所であった。
凄い人も居るといえば居るし、凄い場所も在るといえば在る。
けれど、東京の大部分を占めるのは、地元とおなじように普通の人、普通の街、普通の生活だった。
だから、そこに地方の根暗ブスが出て行っても、自ら変わろうと努めなければ、単に東京在住の根暗ブスとなっただけだった。
 
そのまま夏休みを迎え、福岡に帰省することにした。
新幹線とか夜行バスとか、交通手段はいくつかあったけれど、そのときは飛行機を選んだ。
いちばん移動時間が短くて楽そうだったし、早くに申し込めば割引があったから。それに、せっかくなら空を飛ぶという、非日常的な体験を楽しみたかった。
 
慣れない空港で、手荷物を預けるにはどのカウンターに行けば良いか右往左往したり、保安検査で引っかからないか緊張したり。搭乗前からハラハラドキドキ、非日常的な思いを充分に満喫してから、いよいよ飛行機に乗り込んだ。
 
興奮する気持ちは、離陸して、上昇していくときにピークを迎えた。
それからのフライト中、機内のモニターで、徐々に福岡に近づくのを見ているうち、
「ああ、こんなに、何も変わらないままで、帰ることになっちゃったな」
と、気まずい感覚になっていった。
例えるなら、傑作を描くと豪語して高級な画材をたっぷり買い揃えたのに、まだキャンバスは真っ白で、下書きすら中途半端。その状態で人目に晒すような気まずさ。
久々に家族に会うのは楽しみだったが、同時に、その家族から失望の眼差しを投げかけられるのではないかという恐れが、むくむくと出てきた。
 
「当機はまもなく着陸態勢にはいります。今一度シートベルトをお確かめの上、……」
窓の外をちらりと見やる。もっと明るい時間なら、馴染みのある福岡の地形を上から見られて、楽しかっただろうな。でももう真っ暗だから、何もわからないや。本でも読みたいところだけれど、こう揺れてちゃ、間違いなく酔うぞ。仕方がない、窓から暗闇でも眺めるか……。
 
そして、初めて知った。上空からしか分からない、福岡の街のキラメキを。
 
それ以前にも、飛行機を利用したことは、数回あった。いずれも、日も明るいうちに離着陸したため、地上の建物の一棟一棟、道の一本一本までが、よくわかった。それは愛着のある光景ではあったが、ごちゃごちゃと汚れたコンクリートが立ち並ぶ様は、ひいき目で見ても、美しいとは言い難かった。
同じ場所が、今は夜の闇につつまれて、見苦しいところは覆い隠され、きれいな光だけが抽出されている。
 
それはさながら、遠く離れてみて思い出す、ふるさとの魅力のようだった。
憧れの街、東京に住んでみて思い出すふるさとの姿は、良い面ばかりだった。人の密度が適度、都心にも郊外にもアクセスしやすい、食べ物が安くて新鮮で美味しい、などなど。
逆に悪い面は、都合よく忘れていた。
 
想像上の東京に憧れて出て行き、打ちのめされて惨めな気持ちになったとき。そのたびに、ふるさとは美しい姿で現れて、傷を癒してくれた。
だからもう少し、現実の東京でも頑張ろうかという力が湧いたのだ。
ふるさとは、キラメキの詰まった宝石箱だ。
 
 
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