ふるさとグランプリ

亡くなった人が心に降りてきていると思うのはおこがましいですか?《ふるさとグランプリ》


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記事:森中あみ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
失礼ながら、彼女の訃報により彼女を知った。彼女を慕う作家さんが投稿していたのを見たからだ。「そんな人がいたんだ」と、その時は軽く思っただけだった。去年の11月。ちょうど私は出産後1ヶ月で精神的にも体力的にもブルーの真っ只中だった。人の話どころではなく、流れていく情報のひとつに過ぎなかった。ただ、その作家さんが旅行先でその訃報を知り、チェックアウトの時間なのに崩れるようにホテルの部屋に座り込み、東京に戻ってくる電車の中で、「雨宮さんなら、この気持ちをうまく表現できるのに」と悔しがっていたことだけは、ずっと引っかかっていた。
 
不眠症なんて自分には関係ないと思っていたのに、夜中に娘のぐずぐずで何度も起き、昼まで爆睡を繰り返していたら、睡眠ペースが乱れてきた。3時になっても目はギラギラ。ぎゅっとつむってみても、頭の中はぐるぐる。こんなときは、あれだけ娘にダメだと言っているスマホを開くしかない。芸能人のネットニュースを見ても、なんだかむなしい。かといって、ツイッターも疲れる。やっと寝入った娘の寝息を確かめながら、何を考えようかとぼーっと天井を見ていると、あのときの記憶がよみがえってきた。「こんなとき、雨宮さんなら気持ちをうまく表現できるのに」検索画面に、名前を入れる。苗字だけで上から4つ目に名前が出てきた。クリックすると、画像とともに「AVライター」の文字。なにそれ。いきなり引き込まれる。スクロールしていくと、死亡の原因についてあれこれ書かれているものがたくさんあった。一通り目を通してみたけれど、どれも似たようなことが書いてあった。結局、公表されていないから誰も真相はわからない。読んだ後、モヤモヤがもっと大きくなっていて、意味のない井戸端会議をしたようで後味が悪かった。それよりも、真実に近いものが欲しい。真っ暗な部屋でスマホの明かりだけが光る。眠れずにモンモンとして、ただ暇つぶしを求めているだけなのに、真実を探そうとするなんてとおかしくなるけれど、彼女はもう亡くなっているのだから、井戸端会議に反論もしないのだから、せめてテキトーな気持ちは少しでもなくしたほうがいいと勝手に正義ぶっていた。
 
「40歳がくる!」それは彼女が亡くなる直前まで書いていたWEB連載のタイトルだった。連載が始まったのは、亡くなる年の5月。11月になくなった彼女。そのときいくつだったのだろう。見ていた画面を逆戻りし、プロフィールを見る。1976年9月26日生まれ。どきんと心臓がなった。私と同じ誕生日だった。4つ年上。ということは、彼女は40歳で亡くなったのだった。画面を見たまま固まる。誕生日が一緒だった人に会ったのは、生まれて2度目だ。1人目は中学の同級生で、顔までそっくりだったからお互いはずかしいのと嫌な気持ちで、どう接したらいいのかわからなかった。そして2人目。なんだろう。この感じ。誕生日が同じ人なんて確率的にはよくあることらしい。だけど、福岡出身。そこまで同じ? もう止まらなかった。彼女のストーカーになった。ツイッター、インスタグラム、ブログをすべてフォローした。もう更新されることはないのに。まだどきどきする。
 
それから毎晩、彼女のWEB連載を1記事ずつ読むのが習慣になっていった。眠れない日も眠れる日も毎晩読んだ。ちょうどライティング講座に通い始めたばかりで、書くこととはなんぞや! と悩んでいた私にとって、毎日の心の葛藤を日常のできごとにからめ、さいごはちゃんとオチをつけてサラサラっと書いてある読みものにふれているだけで、自分もそんな人になれた気がした。生きづらそうな日々をこんな風に文字にして、吐き出せるってすばらしい。「この気持ちをうまく表現できるのに」と悔しそうにしていた作家さんの気持ちがわかった気がした。
 
どんどんのめりこんでいった。福岡で進学校に通い、東京の大学にいくところまで私とそっくりだった。名前が二文字でひらがななのも、勝手に似たものの一つに数えた。本も買った。作家さんが悔しがっていたのは、これだったのかと本当の意味でわかった。心をえぐるような「本当」がそこに書いてあった。悲しいとかさみしいとか、書いていない。だけど、タクシーの窓にふりかかる雨、恋人の家までコートの中に抱えて持っていったドンペリが他の女にも振舞われていたと知った話は、まるで東京の街で、彼女になったかのような錯覚になり、酔ったような気分で眠りにつけた。彼女を生きている私がいた。どうして彼女は亡くなったのだろう。はじめから決めていたのだろうか。考えても、もうわからない。
 
わたしは今、彼女のような文章が書きたいと思う。ここまでさらけ出さなくても、と思うほどさらけ出しているカッコいいものが書きたい。「書くことなんて、いくらでも出てきますよ」と誰かに言っているのを読んだ。生きていれば、書くことなんていくらでもある。わたしにはそう聞こえた。でも彼女は亡くなった。もう書けない。勝手で、とてもおこがましいけれど、勝手に同じ誕生日に後から生まれた者のよしみで、あなたを目指させてください。あなたにはなれないけれど、生きている限り、自分が自分になるために書くような気が、今、はじめてしています。
 
 
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