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メディアグランプリ

誰にも、帰るべき場所なんてない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:橋爪朝寿(ライティングゼミ・ライトコース)
 
 
 生まれてから一度も、自分の部屋を持ったことがなかった。小さいころからいつも僕はリビングにいて、寝るときもリビングの床に布団を引いて寝ていた。生活の大部分を僕はリビングで過ごしていた。本を読むのもギターを弾くのもリビングだった。家で、一人で集中して映画を観ることもなかった。とくに、それを不満に感じることもなければ、不便に思うこともなかった。
 それでも、そのころばかりはそれがならなかった。毎日家にいるのが苦しくて、安心して眠ることはなかった。四六時中、耳をふさぐように音楽を聴いて、無心になるために、毎日、マンションの階段を住んでいる九階まで上り下りするようになった。
 そのうちに、家に帰らずにふらふらする日が増えた。そのころの僕は友達や、一緒にお酒を飲んだ知らない人たちの家を泊まり歩いていた。終電が過ぎる頃の池袋には変な生暖かさを持った人たちがいて、彼らは僕に自分の愚痴を吐いたり、なぜかやたら僕のことを知りたがったり、自分の将来の理想を力強く語ったりしていた。
 その日も僕は、池袋東口のHUBで会った人の家に泊まっていた。その日はじめて会った人だった。気さくな女性だった。
 その人のアパートは駅の向こう側、西口のほうだった。もう3月だったけれど夜は肌寒くて、アパートは冷え冷えとしていた。ワンルームの、それほど大きくない部屋は少し箱のようだった。
 明かりをつけて、風呂にお湯を溜めた。その間に、温かいお茶を飲んだ。そうしているうちに体は温まって、そうすると、二人とも口を開くようになった。
 テーブルで、コンビニで買ったお菓子を食べた。チョコレートだった。
 「おいしい?」と聞かれたのでうなずいた。僕も「おいしい?」と聞いた。
 それから、二人で風呂に入った。湯舟は大きくなくて、二人で入るとぎゅうぎゅう詰めになった。人と風呂に入るのなんて久しぶりだった。なぜ僕は初めて会った人と風呂に入っていたんだろうか。
 僕が気まずそうにしているのを見てその人は笑った。不思議な人だと思った。
 風呂を出て、床に布団を引いて、二人で入った。寝返りを打てば転がり落ちてしまう狭さだった。
 眠る前に少し話をした。どこから来たのか、仕事は何をしているのか、何歳なのか。
そうするまで、その人の名前も知らなかった。
 その人は、遠くから来た人だった。
 「私、北海道から来たんだ」
 その人はそう言った。
 実家は札幌にあると言っていた。クラークの像が立っている羊ヶ丘展望台に、小さいころから何度も行っていて、そこから見る景色はとてもきれいだという。
 「そこって、星は見える?」
 僕はそう聞いた。ずっと東京で育ってきて、地方に行くこともあまりなかったので、本物の星空というものを見たことがなかった。見たことがないせいもあって憧れは強くて、一人でプラネタリウムに行くこともしばしばあった。
 「うん、きれいだよ」
 「僕もいつか行こうかな」
 その人は、いまの暮らしが幸せだと言っていた。生まれた家からは遠く離れていて、豊かに暮らしているわけじゃない。それでも、この部屋に帰ると安心するのだと言っていた。
 その日、僕も久しぶりに安らかな気持ちで眠った。風呂も、布団も、二人で分け合うとぎゅうぎゅうだった。その人がはみ出るから、毛布はほとんどそっちに分けた。寒いし、体も布団からはみ出ていたけれど、そのころで一番深く、気持ちのいい眠りだった。
  
 それから少し経ったある日、家であることが起きた。それはとても苦しいことだったけれど、その日から、僕にちょっとしたスペースが与えられた。
 家の中にある、小さな物置部屋の片隅に、僕のパソコンデスクが置かれた。電話ボックス二つ分ぐらいの大きさのそこは、家の中で唯一の、僕のプライバシーが許されるスペースになった。いまも、そこで、この文章を書いている。
 僕が暮らす家は、きっと僕の帰る場所ではない。僕には、帰るべき場所なんてないと思う。
 それは、家族が僕を嫌ってるとか、そういう話ではない。現に、今では、それぞれが同じ家の中で平和に暮らしている。
 
 僕を泊めてくれたあの人がそうだったように、人は、自分の暮らす場所、自分が居心地のいい場所を選ぶことができる。遠く離れた場所でも、自分の意志で移り住んで、そこに自分のすみかを作ることができる。
  
 いま、僕は一人暮らしを始めるためのお金を稼ぎながら、20代のうちに海外に移り住む計画を建てている。行ったことのない、広い世界が見たいと思ったからだ。そのために、バイトを二つ掛け持ちして、毎日、英語の勉強をしている。
 きっと、どんな国、どんな町に行っても、僕は自分の帰る家を作ることができる。そこで安心して眠ることができる。
 どんな人にも、きっと帰るべき場所なんてない。
 人は、自分で選んだ場所に、居場所を作ることができるのだ。
 
 
 
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2018-03-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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