私があの会社に落とされた理由
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記事:新野佳世(ライティング・ゼミ朝コース)
あの会社のビルの前を通る度に、心の傷が疼いていた。
22歳、就職活動で、私はあの会社に落とされた。
なぜ、私は採用されなかったのだろう。
不採用通知の文書を見ながら、茫然と、全人格を否定された
ような気持ちになった。
1週間ほど、立ち直れなかったことを覚えている。
あの役員の、あの質問が、私が落とされた理由を物語っているのではないか。
それがグッサリと私を傷つけた。
ポマードをつけ、銀縁の眼鏡をかけ、痩身で神経質そうな人事部長は、
私の履歴書を見ながら、こんなことを言った。
「君の文章ね、これ、男が書いたみたいな文章だね。
君のような人に、うちの会社の仕事はできるの?」
射るような視線、全く用意していなかった質問。
私はパイプ椅子の上で小さくなって、曖昧に笑うしかできず、答えられなかった。
22歳、純粋で社会を知らない私は、
人事部長の質問は「あなたは女性らしくない」という意味だととらえた。
社会人としても君は不要だし、女性としても欠陥がある、と
いう意味だと拡大解釈し、自分を傷つけた。
私はあの会社に本当に入りたかったのだろうか。
そうでもなかったかもしれない。
何となく、地元で有名な企業だから、そんな理由だ。
就職活動は、履き慣れないパンプスで靴擦れができて、
かかとに絆創膏を貼って、猛暑の中を歩いていたことしか覚えていない。
早く終わってほしい。
せっかくなら、親が喜ぶ会社に入りたい。
友達がもう内定を2つとった焦り。
せめて一社、でいいから早く内定が欲しい。
「自分が何者であるか」が分からない焦り。
私の就活スーツの色のように、あの日々はダークグレーだった。
そんな中、あの会社の筆記試験、一時面接を突破し、
私は役員面接までこぎつけた。
そう、「こぎつけた」が正しい。
全く箸にも棒にもかからず、何者でもない22歳が、
やっと入ることが許された大きなビルの役員室、だった。
それは完全な圧迫面接、だった。
今なら理由は分かる。
仕事は甘くないし、せっかく採用した社員がすぐに辞めてしまうのは
会社に大ダメージを与えるから、入口で厳しくするのだろう。
私でも同じことをするかもしれない。
でも、22歳の私には分からなかった。
何て意地悪いのだろうか。強烈な洗礼だった。
ダークグレーの日々を真っ黒に変えたのが、あの会社の人事部長の
質問と、不採用通知だった。
「君のような人に、うちの会社の仕事はできるの?」
御社の社風に合わなかった、ということでしょうか。
それとも、可愛げがない、ということでしょうか。
「あなたの文章、男が書いたみたいだね」
この言葉はその後の人生で、何度も頭のリフレインした。
それは、私の中身が男性的で、女性として魅力がない、ということでしょうか。
満身創痍で、心に疼く傷を抱えながら、
私はパンプスで会社を訪問し続けた。
靴擦れの足で歩きながら、
時々カフェで休憩し、涙を流しながら、
いつかこの悔しさを晴らしてやる、と誓う。
それから間もなく、私は別の会社から内定をもらった。
何とも言えない安堵感。
あの時の自分に、就活中の子にこんなことが言えると思う。
仕事は縁だから、あなたに合う会社が絶対にあるはず。
あの会社は、あなたが行くべきところじゃなかったんだよ。
就職して10年経ったある日、あの、
私が落とされた会社に就職した先輩が、私の会社に営業で来た。
驚いた。
大学時代の徹先輩は、颯爽としていて、オシャレで、
キレイな彼女がいた。私の中の清さんはそんなイメージだったのに。
それなのに、10年後に再会した徹さんは、まだ30代なのに
とても疲れて見えた。
「清さん!」と声を掛けるのをためらい、結局声をかけなかった。
営業の仕事ってそんなに辛いのだろうか。
そういえば、清さんが入ったあの会社、私は役員面接で落とされたな。
あの会社の業績が悪化し、合併の話が持ち上がっていたことを
新聞で知った。
そして、とうとうこの日が来た。
会社の用事で、あの会社の顧客窓口を訪問することになった。
就職活動で、役員面談に行ったきり、10年以上の歳月が経っていた。
そうそう、この壁の色、社員の制服、覚えている。
思えば、無意識にあの会社の自社ビルに近づくのを避けていた。
違う会社に就職が決まった、とは言え、
あの役員面談の言葉は、時々思い出して、反芻し、苦々しく感じていた。
久しぶりのあの会社、顧客窓口のカウンターで順番を待った。
おや? 待ち時間に、私はこの空気で何かを感じ取った。
あの会社の制服を着た女性たちを観察して、それを確信した。
やっぱり、この会社に就職しなくて良かった。
この制服を来て働いている自分がイメージできない。
儲かっている匂いが全くしない雰囲気。
業績不振の会社に勤める社員が醸し出す緊迫感、オーラ。
何て覇気がないのだろうか。
女性たちは顔色が悪く笑顔がないに見えた。
私が就職活動をしていた時のように、
まだ補助的な役割、なのだろうか。
新聞の報道では、「旧態依然とした社風」が業績の足を引っ張っていると言っていた。
「もー、絶対にあの悔しさを晴らしてやる!」と思って泣いた22歳の私。
結局、悔しさを晴らす必要がなくなった。
あの会社は、自滅しているように見える。
あの会社は、少なくとも、私という人間を必要としていなかった。
「男性的な文章」を書く私を。
役員が履歴書の数行で見抜いた男性的な文章。
後で分かったのは、私の脳は「ロジカルに物を考える」のが得意な
「男性脳」だということだ。
それは、「違う業界では重宝される」質のものであった。
旧態依然とした業界で、女性は補助的な役割しか必要がないのなら、
全く必要とされない能力、であった。
「君の文章ね、これ、男が書いたみたいな文章だね。
君のような人に、うちの会社の仕事はできるの?」
この質問に今ならこう答えるだろう。
「はい、男性的な思考をする男性脳だと言われます。
そんな新しい考え方の女性を採用して、社内を一新するのはどうでしょうか。
同じような女性だけを採用していては、会社の成長は望めないからです」
少なくとも。
私なら、あなた方と一緒に、このピンチを脱するために
違う視点のアイディアを出したかもしれませんよ。
清々しい気持で、背筋を伸ばして、あの会社のビルを出た。
私の長年の心の疼きは、悔しい無念さは、この瞬間に成仏した。
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