しょうもない特技が、傷ついた心を救う話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:飯田峰空(ライティング・ゼミ木曜コース)
「私の特技は、生のサトウキビから砂糖を作ることです」
こう切り出すと、相手の反応は大体3パターンにわかれる。
作れるようになった経緯を聞く人と、具体的なポイントを聞いてくる人と、掘ってはいけない類の話だと思ってこのことに触れない人だ。
大学生の頃、私は必要に迫られて、生のサトウキビから砂糖を作りまくっていた。
当時、私はテレビの制作会社でADのアルバイトをしていて、子ども向けの実験番組を担当していた。番組では子役が実験を行うので、その実験が「安全に・確実に・簡単に」行われるかの事前確認が必要だった。そのため、番組が成立するように、スーパーボールを改造したり、某ピタゴラなんとかのような動く仕掛けを事前に作っていた。
その回のテーマは、食塩水と砂糖だった。ビーカーで濃度の違う食塩水を作って、重さを測ったりするアレだ。その番組では、真面目な実験と遊び要素の強い実験をセットで紹介していた。そのため、塩をやったら砂糖だろ、砂糖だったら一番映像が派手なサトウキビにしよう! サトウキビから砂糖、作れるんじゃね? じゃ、やり方を確認して、完璧にできるように準備しておいてね! と、ディレクターに無茶振りされた。そんな訳で、私とサトウキビとの格闘が突如始まったのである。
今から10年前。ネットはあったが、youtuberはいないし、やってみた動画もない。そんな中やっと、自由研究のアイディアノートと沖縄文化を体験しようのサイトから手順を拾い、ドッキングさせて試行錯誤でレシピを完成させた。
これを読んで、サトウキビから砂糖を作りたくなった人に以下のことを告ぐ。
まず、生のサトウキビは東京では手に入りにくい。銀座にある沖縄のアンテナショップに行くと、生のサトウキビがビニールに入って売っているので、それを買い占めよう。買おう、では足りない。買い占めよう。一時期、東京に売っている生のサトウキビを買い占めていたのは私です、すみません。
肝心の砂糖の生成方法は、サトウキビの皮をむいて、ミキサーで砕き、さらしで包んで絞り液体をだす。それを繰り返し、液体を煮詰めて冷蔵庫に入れて固める。二文でまとめたが、細かい作業を含めると約10工程、正味3時間かかる。各工程にマニュアルにない注意点があり、それだけで1時間くらいは語りたいところだがここでは割愛する。つくる際に一番注意してほしいことは、手の怪我だ。サトウキビの皮を剥く時、サトウキビを立てた状態で包丁を振り下ろして皮を剥くのだが、不安定極まりない。節に差しかかる部分は力が必要だけど、それ以外のところはサクッと切れてしまうので、力任せにやると簡単に切れた後で包丁が暴発する。手や足に包丁が刺さるデンジャーも起こりかねない!
そして、サトウキビをさらしに包んで絞る時も、さらしを突き破ったサトウキビが手に刺さって地味に痛いし、刺さった傷の部分に糖分のベタベタが入りこんで気持ち悪くなってくる。
こんな痛みと恐怖に耐えながら、なんとか飴3個分くらいの砂糖はできる。これが、意外とちゃんと甘い砂糖の味がする。色気のない素朴な黒糖といった感じだ。とはいえ、これだけの労力と手を失うリスクを背負ってやるもんじゃない。餅は餅屋、プロの仕事はプロに任せよう。その教訓を痛感するような味だった。
これだけ文句を言いながらも、当時はスムーズに作る方法を真面目に研究していた。やけくそになりながら「今、サトウキビから砂糖をつくる大会を開いたら、関東チャンピオンくらいにはなれるんじゃないか」という想いではっぱをかけ、自らを鼓舞していた。
この考えが、実は何年経っても自分の心に残っている。
どんなにくだらない些細なシチュエーションでも、その瞬間は誰よりも真剣にそのことに取り組んだ自分がいる。そして、自信を失いかけた時に自分を励ましてくれるのだ。「お前はチャンピオンじゃないか」と。
しょうもない特技は、絆創膏のようなものだ。
使うことは滅多にないけれど、カバンの中で存在を確認するだけで、安心していつもより大きく遠くまで動けるような気がする。もし傷ついた時には、自分の傷をふさぎ、回復させてくれる。
この「しょうもない」がポイントで、大会や検定があって合格不合格や順位が出てしまうものは、自分が納得できるハードルが高くなる。かといって、「自分の子どものことを一番よく知っている選手権」など競技人口が他にいないようなパーソナルなことだと、チャンピオンで当たり前じゃんと我に帰ってしまう。
「最寄り駅から新宿まで、最短歩数でいける大会」とか「4時44分の瞬間をうっかり目撃しちゃう選手権」とか、絶妙なラインを探すのがいい。絆創膏としてこっそりカバンに忍ばせておくと、心が傷ついた時にきっとあなたの役に立つ。
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