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メディアグランプリ

「友情の架けハシ」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木宙夢(ライティングゼミ・平日コース)
 
その日は、凍てつくような寒さだった。
ストーブで温まった教室と、雪の降り積もった外との気温差で、窓ガラスは曇っている。
かじかんだ指先はなかなか感覚を取り戻さず、しばらくは神経の通っていない指先で単語帳をめくり、僕は時計の針を気にしていた。
 
「はあ、緊張する」
 
公立高校の後期入試に望んでいた僕は、ため息をついた。
というのも、地元から少し離れたこの高校を受験するのは、自分一人。
同じ中学校や塾の知り合いはいなくて、とても心細かった。
 
しかも、後期入試なので、この試験に落ちたら終わり。
自分がどうしても行きたい高校に行けるラストチャンスだった。
 
受験の時に、周りの人がとても賢く見えるのはなぜだろうか。
 
話す相手がいなく、飲みすぎたお茶のせいで、僕はトイレを何度も行き来した。
途中、隣の席の子と偶然トイレに行くタイミングが一緒になった。
 
彼もまた、たった一人で受験をしているようだった。
 
緊張をなかなかほぐせないまま、やがて、一科目目の時間が近づいてくる。
 
「ガラッ」
 
「それでは、試験を始めるので筆記用具以外はしまってください」
 
試験官の先生が、教室にやってきて指示をする。
教室には、ピリッとした空気が張り詰める。
 
シャーペン2本と消しゴム1個を出し、精神統一をする。
 
「大丈夫、自分ならいける。自分ならいける。自分ならいける」
 
無理にでも、心に言い聞かせて自分を鼓舞させる。
そうでもしないと、ネガティブな感情に押しつぶされて、崩れそうだから。
 
「始め」
 
一斉に答案用紙を裏返す音、自分の名前を記入していく音が周りに広がる。僕もそれにならい手を動かす。
 
集中している時間は、あっという間で、気づけば三教科の試験が終わり、昼休憩の時間になっていた。
 
この昼の時間の使い方で、合格の可能性は大きく変わる。
僕は、なるべくリラックスして過ごしたかった。
 
これまでの試験に手応えはあり。
しかも残りの科目は、得意の理科と社会だ。
 
少し安心した気持ちで、バッグから母親お手製の弁当を取り出す。
 
「あれ? ない」
 
予想だにしない出来事に、冷や汗が出てくる。
 
中には、保温された白米と、僕の好きなおかずたち。
そして、母からの応援を込めたメッセージカードが入っていた。
 
しかし、肝心のアレがない。
 
弁当箱どころか、なんなら、バッグの中身を取り出して、考えられるところ全てを探した。
 
だが、どんなに探してもアレはない。
 
いや、正確には一つだけあったのだが、
これじゃあ意味がない。
 
そう、箸が弁当に一本しか入っていなかったのだ。
 
二本あってこその、箸。
これではただの棒だ。
例えるなら、缶切りのない缶詰を渡されたようなもの。
 
もともと、母親は天然の部類だと思っていたが、まさかここで起こるとは。
 
非常に困った。
ここにきて、最大のピンチが訪れてしまったのだ。
 
腹が減っては戦ができぬとはいうが、極度の緊張の中、必死で三教科食らいついた自分にとって、弁当は命綱だ。
 
食べるものがなければ、この先戦う自信も気力もない。
 
今思えば、試験官の人に事情を話せば、近くのコンビニまでの外出許可をもらえたかもしれないが、当時はそんなことを思いつく余裕がなかった。
 
そんな時に、一人の救世主が現れた。
 
「箸、一本貸してあげようか?」
 
隣の席の男の子だ。
 
先ほどトイレで一緒になって以来、
見知らぬ他人だが、なんとなく互いに気になっていた。
 
「え、いいの??」
 
「いいよ。俺、おにぎりとおかずだから、箸一本で食べれるから」
 
なんということだ。
受験の神は、見捨ててはいなかった。
 
「ほんと!? 助かった。本当にありがとう!!」
 
彼もまた、一人で受験に来ていて、心細かったらしい。
 
そんな時に、何度もイレに行く僕の姿で、彼は緊張がほぐれたらしく、話しかけたかったそうだ。
ああ、緊張していて良かった。
 
僕は、黒と白でできた即席の二本の箸で、ご飯を食べる。
彼は、おにぎりと、白い棒でおかずを食べる。
 
一人で食べるよりも、格段に美味しかったし、
一人じゃない嬉しさが、確実に力になった。
 
やがて、貴重な昼休みは終わる。
中学の自分が精一杯努力した、受験があと二教科で終わる。
 
二人は、互いに約束した。
全力を尽くそうと。
そして、最後の集大成をこの二時間にぶつけた。
 
「解答用紙を裏にして、ペンを置いてください」
 
教室中に安堵の声が漏れる。
高い倍率の中、この教室に入る人の半分以上は、
この学校には通えない。
 
それでも、けり落とすライバルというより、
一緒に受験を戦い抜いた戦友のような仲間意識が教室には芽生えていた。
 
それから二人は、一緒に帰った。
偶然の出会いだけではない、二人は出会うべくして出会ったかのような、互いに親友になり得る予感がしていた。
 
同じ部活に入ろうと約束をし、部活内でダブルスを組もうと約束した。
 
そして、駅のホームで二人は言った。
 
「合格して、入学式で会おう!」
 
そうして、二人は別れた。
 
合格発表までは、ずっと落ち着かなかった。
 
ここまで、自分の合格と誰かの合格を同時に願ったことはないだろう。
 
数週間後、満開の桜が各地で咲き誇る頃、その高校の入学式は行われた。
 
僕は、入学式に向かう。
駅から電車で向かう時に、ある人に連絡をする。
 
「受験以来に会うね。先に着きそうだから駅で待ってるよ!」
 
すぐに、連絡が帰ってくる。
 
「俺も、早く着きそうだから駅にいるよ!」
 
二人は、駅で落ち合う。
そして、歩き始める。
合格した第一志望の高校に向かって。
 
 
 
 
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2019-04-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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