メディアグランプリ

「何もしないをする」の効用


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:夏秋裕子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「疲れた……。何か食べたい」
ここのところ毎晩子供が寝た後に冷蔵庫を開けて何か食べてしまう。
ちょうど仕事がピークに忙しく、家に帰ってからも「今日もあの件には手を付けられなかった」「明日の子供のお弁当はどうしよう?」と考えながら、アイスクリームやゼリーを食べる手が止まらなかった。当然翌朝は胃もたれして、すっきり起きられない。後悔と自己嫌悪を背負って重い足取りで会社に向かう毎日だった。やりがいのある仕事や優しい家族、なにより健康な体があるにも関わらず、常に漠然と「今のままの自分ではいけない気がする。どうにかせねば」という不安とあせりを感じていた。
 
そんなある朝通勤中フェイスブックを見ていると、知り合いのNさんの投稿に目が留まった。
「何もしないをするキャンプ」
 
ん?キャンプって普通、山に登ったり、川で泳いだり、飯盒炊飯をしたり、とにかくアクティブな人がアクティブなことをするイベントではないのか?それがどうやらこのキャンプは「森に入って何もしないをする」キャンプらしい。「森」といういかにもマイナスイオンの癒しパワーが滴るようなワードと、投稿していたNさんに一度リアルでお会いしたかったという興味も相まって、その場で指が携帯の画面に吸い込まれるように参加登録をしてしまった。
 
当日、会場である岡山県新庄村に着いた。案内が来るまでは全く知らなかったのだが、この村は人口約930人でありながらこれまで村町合併をせずに村の自治を守っているそうだ。
しかも「日本でもっとも美しい村」に認定されているらしい。タクシーから降り立ったその村は、緑の田園に突き抜けるような青い空と夏らしい入道雲のコントラストが眩しく輝く村だった。
その風景を見て「何をするか分からないけど、この景色の中に立てただけで満足」と感じた。
 
参加者約20人が集まり、いよいよプログラム開始。ファシリテーターのNさんの穏やかな口調で参加者同士初対面ながらも安心して森に入る。森の中で最初に行ったことは「呼吸の見える化」。とある動作をすることで、今の自分の呼吸を視覚化して、意識的にゆっくりとした呼吸にしていく。静かな森の空気を体いっぱいに吸い込むのはとても気持ちよかった。何も食べていないのに体が澄んだ空気で満たされていく感じがする。
 
体を森に馴染ませていよいよプログラム開始。
「森の中を自由に歩いて『自分の場所』を探してください。うまく探すコツは『もっともっと思考』にならないことです」
というお話があった。「もっともっと思考」というワードを聞いて胸がどきりとした。
Nさんによると、「自分の居場所は自分の体が知っている。ただし『もっといい場所があるのでは』と思うといつまで経っても自分の場所を探せない」ということらしい。
 
その通りかもしれない。キャンプに来る前の自分はこの「もっともっと思考」に陥っていたのかも……。と思いながら、森の中をさまよっていると小さな光が差している場所があり「ここが自分の場所だ」と直感で思うことができた。
 
その場所に寝転がってみると、目の前には高い木の葉と葉が重なり合いそこから淡い光が差し込んでくる。眩しすぎもせず暗くもない淡い光の中でまどろんでいると、そよそよと風の音が耳をくすぐる。澄んだ空気の味や背中のひんやりとした土の感触、木の香り。五感がフル稼働して「気持ちいい」と感じることができた。
「今、自分の心と体がつながっている」と思った瞬間、これまで感じていた不安や不満、欠乏感が体の中からすうっと消え去っていくのを感じた。
 
そう、これまでの自分は心と体が分離していたのだ。例えば、目の前で今日学校であったことを一生懸命話している子供の声が聞こえていなかったり、何もない真っ平らな地面でつまづいたり、今探していたものが何かを忘れてしまったり。
 
そんな時、体はそこにあるのに心が別のところにいる状態なのだ。
「明日の会議の準備がまだできていない」という「未来」の心配をしたり、「あんなこと言わなければよかったのに」という「過去」への後悔だったり。
「友達が行って楽しかったと言っていたリゾートに行きたいな」などと場所がトリップしていたり、「〇〇さんからのメールの返事をしないと」という目の前にいる人と違う人のことを考えていたり。心がさまよって「時間」「場所」「人」の迷子になっていたのだと気づいた。
その結果、「本当の自分はどこか別のところにいるに違いない。見つけるためにもっと頑張らなければ」という「もっともっと思考」に陥っていたのだ。
 
「何かしないと」と思うことは「何かができていない」という欠乏感と紙一重だ。心の欠乏感が、本来体が感じていないはずの空腹感を捏造し、お腹がいっぱいになっても食べることをやめられなかったのだ。
 
息を大きく吸い込んで、大きく吐く。その他は何もせずに「今、ここ、自分」を感じる。すると、さまよっていた心が自分の体に戻ってくる。心と体が一致すると今の自分に何も欠けていることはないと感じることができる。「何もしないをする」にはこのような効果があったのだ。
森から帰って数日が経つ。今日も仕事が終わり、子供が寝たところだがもうお腹は空いていない。
 
 
 
 
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2019-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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