リーディング・ハイ

【ほんとは、この本を知らないでほしいけど。】私が秘本を選ぶとしたら、きっとこの小説を選ぶと思う。《リーディング・ハイ》


――あなたは、カッコイイってどういうことだと思いますか?

顔立ちがきれい。
いつでも冷静でクール。
サッカーのゴールを華麗に決められる。

私の答えは、この中にはありません。
私がカッコイイと思うのは、この小説に出てくるような人です。

 

京都スタッフ三宅です。
天狼院書店には、「秘本」という本があります。
タイトルも内容も門外不出な、まさしく「秘密の本」です。
ジャンルは不問。糸井重里さんが薦めた本や天狼院で劇団になった本まで、どんな本でもいいから「天狼院が死ぬ気ですすめる」本のことを言います。

私は時々、妄想します。
「私が『秘本』を選ぶとしたら、どの本を選ぶだろう!」と。
あの小説。あのエッセイ。あの新書……この世にはなぜか知られてないけど死ぬほどおすすめしたい本がごまんとあります。秘本を選べって言われたらどれを指すのか、自分でも興味のあるところです。

だけど、妄想するだけじゃなくて、もし本気で選ぶとしたら。
私はこの本を選びます。

夏のにおいのする、向日葵がこぼれるように咲いた日のことを描いた小説。
白河三兎さんの『私を知らないで』という本です。

――――なぜ秘本に選ぶのか。
だって、ほんとは、私は、この本のことを「知らないでほしい」から。

 

私がこの本を読んだきっかけは、些細なことでした。

時々本や漫画の話をする友達がいるのですが、この本のことをすごくおすすめだと言っていたのです。
「へえー、青春小説」
ネットでその小説をチェックした私は思いました。
『私を知らないで』のアマゾンレビューには、「ヤングアダルト小説」で「さわやかに読める」「青春物語」と書いてあります。
ふーん、なんか勉強の隙間時間に読むのにちょうどよさそう。

結論から言うと――――それは大きな間違いだったのですが、
私はそのままその本を買ってしまいました。

課題のレポートが少し疲れてきた時に、大学の図書館で私はその本をひらきました。
オレンジの背景に、向日葵を持った少女が描かれた表紙。
みずみずしい、柔らかい冒頭。

私は、その小説の世界にするっと入り込んでしまいました。

時計の針が進みます。
うわ、やばい。
途中から私は焦り始めました。
だって―――止められない。
レポートの続きをやらなきゃなのに、そろそろ家帰ってやらなきゃいけないこともあるのに、うわ、うわ、止まんないのです。
目が文章を追います。手が勝手にページを捲ります。息を呑んで、登場人物たちの行動を見つめます。

 

読み終わったあと、私は深く深くため息をつきました。
体の中のすべての空気を入れ替えたくて、深く深く息を吐いたのです。

初夏の、風がすずしい頃でした。
その時、私の体のすみずみまで、『私を知らないで』という小説がじわぁっと滲んでゆく気がしたのです。

そして、少し滲んだ視界を前に強く強く思いました。

私も、こんな生き方がしたい。
私も、こんなふうにカッコよく生きたい。

 

読み終わった後、私はアマゾンのレビューに腹を立てました。
爽やかに読める青春小説?
違うよ。これは―――、そんな爽やかな話じゃないよ。

エグくて、残酷で、矛盾に満ちた大人の社会に翻弄される、あまりに切ない子どもたちの話、だよ。

 

テレビや雑誌を見ていれば、「クール」とか「冷静」な男の子がカッコいい、と言われます。
スマートになんでもこなして。誰とでもいい距離感がとれて。ちょっとかわいいギャップがあって。主人公をさらっと助けてくれる、まるで、少女漫画のヒーローみたいな。

私たちの世代がとくにそうなのでしょうか。
淡々としてて、スタイリッシュで、聡い男の子。
それが「カッコいい男の子」理想像のひとつであるように思います。

だけど、この小説を読むと、そんな理想像はざくりと崩壊します。

クールなんて、かっこよくもなんともない。
冷静でスタイリッシュなんて、ただ、ダサいだけだ。

人は、本気で誰かを何かを、守ろうと、助けようとしていたら、カッコ悪くなるものなのだ――と。

 

この小説の主人公も、最初はクールで器用な男の子として現れます。しかし、彼に「大切な女の子」が現れ、彼女をなんとか助けたいと思った時、彼はこのうえなくカッコ悪い姿を晒すことになります。

誰かに本気で何かを伝えようとあがいた時、彼は情けなくぼろぼろになる。
何かを強く守りたいと思って動いた時、彼は躓き転び怪我ばかりする。
だけど、読んでいて強く思うのです。
うん、カッコイイよ――――って。

クールにスタイリッシュに淡々と「カッコよく」いた時よりも、
ぶざまに情けなくがむしゃらに「カッコわるく」あがいている時のほうが、
ずっとずっと強くたくましく、カッコよく見える。

矛盾してるようですが、それは、この小説の中の人々みんなに言えることでした。
大人も、女の子も、みんな、強くたくましくあろうとした瞬間、限りなくカッコよく見える。
そのぴんと伸びた背筋を眺めながら、読んでいる私は、思わざるをえなかったのです。

「どうだ、あなたはちゃんとカッコよく生きているか?」って。

 

やさしさとつよさを持った幸せな大人になりたいと誰だって願うけれど、この矛盾と嘘にまみれた社会でそれは案外むつかしいんですよね。

私も、いろんなものを欲しい欲しいと思ってここまで来たら、気が付けば、中学生の時の純粋さは失われてる気がします。
自分を大きく見せたがることや、つい見栄を張ってしまうこと、だらだらと色んなものの無駄遣いをしていまうこと。

だけどこの小説を読めば、「ああ、そんなんやだ」って思います。

もっともっとカッコ悪くあがいて、もがいて、ちゃんとカッコよく生きたい。
この小説たちの主人公に負けないくらい、夏の空に向かって背筋を伸ばして。

 

私が秘本を選ぶとしたら、この小説を選びます。
だれにも「秘密」で、これを私は売りたいから。

だってほんとは、この本を、誰にも知らないでほしい。

ほんとはみんなにこの小説を「ただの青春小説だ」って素通りしていてほしい。
みんなに知られたくない。
だって、こんなに鮮やかなカッコよさ、ほんとは私だけのものにしておきたい。

みんなには、そのまま「クールにしてること」をカッコイイことだって勘違いしていてほしい。

――――本当のカッコよさは、私だけの秘密にしたいのです。
ほんとは、ね。

 

だけど、そんなこと言ってられません。だって私は書店スタッフで、やっぱりこうやって本をすすめたくてしょうがなくて、うずうずしちゃうんです。
だから。
私は「秘密」で、この本を売りたいのです。
この一見さわやかな表紙に隠れた、カッコよさの真実を、あなたにひっそりと知っていてほしいのです。

 

向日葵の爽やかな表紙に騙されて読んだ本を、私は、きっと夏が来るたび思い出すのだと思います。
こんなふうに、ひっそりと、秘密を抱きしめるみたいに。

私を知らないで

 

512lg77ZxFL『私を知らないで』白河三兎/集英社文庫
中学生の無力さと、それでも頑張るという覚悟は、どうしてこんなに美しいのか。平凡な中学生の、秘密と覚悟。青春小説が好きな方はぜひ。

本体価格 650円+税

*当書籍は、「月刊天狼院書店」7月号第1特集「夏の恋と青春」カテゴリの1冊です。
*天狼院書店にてお求めいただけます。注文は、お電話(東京:03-6914-3618/福岡:092-518-7435)かお問い合せフォームにタイトルを添えてご連絡ください。

 


 

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天狼院イベント体験チケット(2,000円相当)1枚
・「メゾン・ド・天狼院」エントリーできるプレミアムカード(書籍2,500円につき1枚)

合計 3,080円相当 + プレミアムカード

をもれなくおつけいたしますので、ご来店の際にお使いください。


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「夏の恋と青春」セット

「こんな青春、送りたかったなあ」「こんな恋をしてみたい!」
夏にぴったりの、恋と青春をたっぷり味わえる本を集めました。

『私を知らないで』白河三兎/集英社文庫 650円+税
中学生の無力さと、それでも頑張るという覚悟は、どうしてこんなに美しいのか。平凡な中学生の、秘密と覚悟。青春小説が好きな方はぜひ。読んだ後は、きっと向日葵を見たら涙するようになると思います。

『海の見える街』畑野智美/講談社文庫 670円+税
自称・硬派系女子をも腰抜けにすることができる恋愛小説。出会って、少しずつ交わり溶け合う心の面積が増えていき、いつのまにか新しい未来を紡ぎ出す。人と人との化学反応がていねいに描かれた、美しい色彩の物語です。

『悲しみよこんにちは』フランソワーズ・サガン/新潮文庫 490円+税
夏にどこも旅行へ行けないと嘆くあなた。これを読めば、太陽きらめく南フランスの海岸へ行くことができます。海と、砂浜と、シャンパンと、恋。少女のフランスへの憧れがすべて詰まった、フランス少女小説の名作です!

『チア男子!!』朝井リョウ/集英社文庫 760円+税
悩みを抱える主人公たちが、男子チアリーディングを通して前に進んでいく青春物語。「誰かの背中を押すことが、自分の力になる」そんな想いに胸を打たれること間違いなし。この夏を、ちょっぴり特別な夏にしたいあなたにおすすめの一冊。

『スローグッドバイ』石田衣良/集英社文庫 460円+税
いろんな形の恋の「さよなら」が詰まった短篇集。好きな時に、好きな話を読むことができるのが嬉しい。「あとがき」から先に読むのもおすすめです。あなたをそっと包みこんでくれる一冊になることでしょう。

『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦/角川文庫 560円+税
おともだちパンチを繰り出す「黒髪の乙女」と、その乙女に想いを寄せる「先輩」の物語。アプローチをことごとく打ち砕かれ地団駄を踏む先輩の姿は、爽やかではないけれど、ついつい応援したくなってしまう。

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