光り輝いて見える家族の陰に「父親」あり《週刊READING LIFE Vol,88「光と闇」》
記事:安平 章吾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「あなたってイクメンだよね」
私はこの言葉が大嫌いだ。理由として2つある。
この言葉を言う人の大半は、表には出ていない人もいるが「父親は育児をしないもの」という前提意識がどこかにあり、「育児をした父親はすごい」という考えを持っていると思う。
私がひねくれているのかもしれないが、こういった人は育児という面では父親を母親よりも下に見ていると感じている。まるで幼児がおもちゃを自分で片付けたとき、「すごーい」と大げさにわざとらしく褒める、あの感じに似ている。
もう1つの理由は「イクメン」という形で父親をグルーピングすることにある。「イクメン」は少し前に流行始めた言葉であるが、育児をする父親のことを指している。違和感を覚えたのは実際に父親になってからだ。初めの理由とも重なる点もあるが、父親が育児をするのは当たり前のことであり、多少なりとも育児参加するだけで同じように「イクメン」としてグルーピングされ、さも育児マスターのような扱いを受ける。
父親を育児できない、関わらない人として見ていること自体がおかしな話で、令和に入った今でも、父親自信の価値観は変わってきているのに、その家族の周囲の人間の価値観が昭和からあまり変わってきていない。そういった現実が「イクメン」として形で現れていると私は思う。そして、この言葉に悩んでいる父親も多いと聞く。「イクメン」の登場によって普通に育児に携わっているだけでは事足りないような印象を受け、必要以上に育児をしなければならないのではないか、という見えないプレッシャーに襲われるそうだ。
ただ、実際は昭和の時代からも「イクメン」と呼ばれる人々はいたはずである。
少なくとも私の父親は育児にちゃんと携わっていた。その父親の背中を見ていたからこそ、今、私は自分の子どもたちをしっかりと育てようと思っているし、仕事よりも家庭優先という信念を持って生活できているのだと思う。
しかし、私の父親はメディアが面白半分に扱う、いわゆる「イクメン」ではなかった。どちらかと言うと、世間一般的には仕事中心で、家事育児は全くできていない父親に見えたと思う。私の父親は亭主関白で、かつ昔気質で感情を表に出さない、そしてヘビースモーカーというまさに昭和を代表する男だった。一般的に言われる子育て、ということは私が見る限りでは何1つしてこなかった。そのため、家族で楽しく日々起こった出来事を笑って話し合ったり、父親きっかけでどこかに遊びに連れて行ってもらった記憶がないし、何より家族に厳しく接した。
一番厳しかったのは、父親が勝手に設定した家族のルールだ。
20時までにご飯が出てこなかったらその日の夕食は全員食べられず、その夕食中に少しでも会話をすれば「うるさい、黙って食え」と頭をたたかれる。そして、21時までに就寝しなければ、家の外に放り出される。当時は教育的指導ということで、理不尽だとは思いつつも我慢していた。
そんな父親が怖かったので、父親に喧嘩をふっかけることも反抗することも全く無かった。その不満は母親にぶつけ、よく衝突した。しかし、その際も父親がいないタイミングでないと自分の身に危険がふりかかることになる。「うるさい!」と鼓膜が破れそうになるほどの大声で喧嘩を静止され、それで終わらなかったら父親が仲裁に入り、問答無用で私が殴られる。機嫌が悪いときには殴る前にテレビのリモコンを顔に向けて投げられる。父親がいるときに喧嘩をすると毎回非常に痛い思いをするため、よく考えて行動することを小さいながら覚えた。
仕事から変えると基本不機嫌な上に、何を考えているか見ているだけでは分からず、いつも怒っているのでは、と子どもながら気を遣い、顔色を伺っているのは今でも良く覚えている。
そのため、私は父親が嫌いだった。ルールを厳しく設定する割には、自分は私たちが普段過ごすリビングで、父親以外が嫌いな煙草を悪びれる様子もなく吸う。
小学生のときに一度だけ、煙いっぱいになる家がどうしても嫌だったこともあり、父親に対して意見を言ったことがある。
「部屋で煙草を吸うのやめてほしい」
灰皿を投げられた。しかも陶器製。
これ以降、父親に意見を言うのを諦めた。
父親というのはずるく、自分のことしか考えていないのだろうなとも思うようになった。同時に、私は父親に対しては恐怖心しかなかった。他の友人から話を聞く、子どもと一緒に遊び、何でも話すことが出来る「優しい父親」がとても羨ましかった。
そのためか、私は父親には自分から進路相談、学校での悩み、やりたいことなどは一切話さなかった。父親に相談したところで、「アホか!」と怒鳴られるだけで相談にすらなら乗ってくれないだろうと考えていたからだ。
だから私は全て母親に相談した。母親は私が話したことを真剣に考えてくれ、大体のことは肯定してくれた。私の中で親は母親であり、父親はどこか他人のような、一定距離をとった上で接する必要があるように感じていた。
しかし、そんな父親でもふと見せる優しさはとても嬉しかった。実は子どものことを大事に考えているのは母親よりも父親のほうであり、そして、心配性であることを成長とともに気づいた。それは、これまで2回、唯一、父親が直接私に優しさを見せた場面がある。
小学生のとき、休日の昼間から学校の友人と遊んでいたが、たまたまその日、夜に地域の夏祭が開催されることを知り、事前に家族に相談することなく、その場の流れで参加することにした。
終わったときには20時を過ぎていた。私の家族は私のせいで、全員夕食を食べられなかったのではないだろうかと心配になった。夏祭が終わったときに時間を確認したときには「家出して、友人の家にしばらく泊めてもらおう」と思ったほど、その日は家に帰るのが憂鬱になった。
仕方なく家に帰ると案の定、煙草をふかしながら父親が仁王立ちで家の前に立っているのが遠目に見えた。
「殺される」
そう思って恐怖心が高まって目の前が真っ暗になりそうだった。
しかし、父親の態度は想定していたものとは180度違った。
「おかえり、変な人に連れて行かれたのかと焦ったやないか」
「怪我はしていないか、さぁご飯を食べよう」
「おかえり」とこのとき生まれて初めて言われた気がする。そして、私のことを心配されたことを今まで感じたことがなかったため、このときは不思議な気持ちに包まれた。それと同時に、父親に心配かけさせて悪かったという気持ちが溢れ出し、その場で大泣きして父親に何度も謝った。父親は何も言わずに私の自転車を片付けて家の中に入り、いつも通り食卓に座って会話がないまま食事をした。何より20時を過ぎて夕食を食べたのはこのときが最初で最後である。
また、高校の進路先を決める際、バスケットボールが強豪校に行きたい気持ちがあったが、自宅から電車で2時間かかる場所であったため、もしバスケットボールができなくなったらどうするのか、と中学の担任、母親から猛反対された。特に母親に反対されたことは辛かった。これまで私のことを肯定してくれていた母親が、自分の進路という人生において大事な場面で認めてくれないと思ったとき、急に目の前が真っ暗になった。これまで家族の中では母親という光だけを頼りに進んできたのに、その光がなくなったため、私は自分の道を失ったように感じた。
しかし、家で落ち込み、塞ぎ込んでいる様子を見て、父親が言ってくれた。
「自分がやりたいことをやりなさい。その代わり中途半端は許さんぞ」
これまで家族の中で唯一信頼していなかった父親だけが私の意見を尊重してくれた。
特に大事な話だけは父親には相談できないと思っていたが、反応は真逆で父親だけが賛成してくれた。そして、母親の反対を抑え込んでくれた。そして高校に通い始めてからも、5時に毎日起きて準備してくれ、父親の仕事前に私を最寄の駅まで車で送ってくれ、帰りも0時に駅まで迎えにきてくれ、終電が過ぎていたときには車で1時間離れた駅まで迎えに来てくれた。
送迎のときに車内で父親と2人きりになる毎日が続いたが、これまでどおり何か父親と話し込むことはなかった。それでも父親が私のことを想ってくれ、私が感謝していることも察してくれていたことは理解できた。父親も同じ気持ちであったのだろうか、私が疲れているのを察してくれ、車の中で寝てしまっても何も言わずに車を運転してくれた。
父親との2人きりの時間は高校生の送迎のときが最初で最後だった。
特に深い会話をしたことはなかったが、初めて父親と同じ空間で同じ時間を過ごすことができ、父親に対して少し安心感を持つようになった。
時は過ぎ、現在、私も2児の父親になり、私の父親は祖父となった。私の父親が私の子どもと接する際には、自然な笑顔がこぼれ、過保護なほど心配し、煙草も外で吸うようになった。何より、私の子どもに会うために車で7時間かけて実家から私の家まで駆けつける。私が一緒に過ごしたかつての父親の面影はない。しかしながら、変わらず、私のことを想ってくれたように私の子どものことを想ってくれている。
人ってこんなに変わるのか、と正直私は驚いている。
そんな様子を悟ったのか、母親が私に言ってきた。
「お父さんね、実は一番あなたのことを心配していたのよ。ああいう人だから、感情を表に出すのが恥ずかしいみたいでね。私があなたのことを想っていたよりも、すごい考えていたんだから。あなたが出ていたバスケットボールの試合、毎回パソコンで結果を見て、一人で喜んでいたのを何度も見たのよ。高校のとき、送迎していたのも楽しかったみたい」
嘘だ、と私はいった。
「今でもあなたのことを心配しているのよ。私があなたのことを表面上では支えていたのかもしれないけど、実はお父さんが陰から支えていたのよ」
ずるいな、と思った。
そんなところ、一度も見たことが無かったのに。
自分では絶対に口にはしないだろうが、母親から父親のことを聞いたとき、自分もそんな父親になりたいと思った。
父親と母親の子育てはまさに光と闇のような存在だと私は考えている。
母親が子どもにとって光輝き、優しく接してあげる一方で、父親は光を支える役割として陰ながら支える。「光ある所に闇が生まれる」と言われるが、父親と母親という存在は、子どもにとって切り離せない密接な関係として成り立っている。私の父親も見えないところで子育てに携わっており、そして私が道に迷ったとき光へと導くように道を示してくれた。
ただ、私の父親から学ぶべきではないところもある。厳しく接しすぎることで、子どもが父親に恐怖を感じ、距離を取ってしまうと、父親の意図するものが見えなくなる。私は、自分の父親から良い点と悪い点の両方を学ぶことができた。
それを活かし、今、自分の子どもに関わっている。母親に怒られたときに私が子どもを慰めたり、休日になると思いっきり遊べるようにどこかへ連れて行く。またそのときには母親を子育てから解放させ、リフレッシュさせる。
「父親は一家の大黒柱」とされているが、10年前のように家族の家計を支えるだけではなく、家族が家族として上手くまわるように、しっかりと精神面から支えてあげることが父親の役割に変わってきているのではないだろうか。それを「イクメン」として全面的に子育てに携わるのも良いかもしれない。しかし、育児に全面的に関わることを社会全体が良しとするのではなく、それぞれの家族の形で子育てをすれば良いと思う。
そして、私の中では、母親が自由に楽しく子育てを行うことができ、また子どもも毎日を楽しく過ごすことができるように父親が陰ながらサポートすることが重要だと考えている。もしも母親が悩んでいたら、また子どもがどうしても相談できる相手がいないとき、その時が父親の本当の出番だと思う。
自分で言うのは少し嫌な気持ちになるが、私は社会の中では「イクメン」に当てはまるのかもしれない。でも自分では決してそれは言わないようにしている。育児の主体である母親を光輝かせ、子どもに光を示してあげる。家族がやりたいようにサポートし、私は子育てにおいては闇の役割であることを常に意識している。
そのことを意識しながら、今度の休日も子どもを連れて外に出かける予定にしている。もちろん、家で待っている母親へのフォローも忘れないように考えている。
□ライターズプロフィール
安平 章吾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
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