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週刊READING LIFE vol.88

私を照らす小さな光~断乳それは試練~《週刊READING LIFE Vol,88「光と闇」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
2020年7月1日、三歳になった息子の断乳を決行した。
 
母乳はミルクや離乳食、幼児食が食べられるようになるにつれて赤ちゃんの命綱としての役割が薄れていく。しかし食事ができるようになったことと、母乳を飲まなくなることはまた別の話だ。育児界隈では、赤ちゃんもしくは子供が自分の意志でおっぱいをやめることを、おっぱいからの卒業、すなわち卒乳と呼ぶ。逆に、親の意志、主導で授乳をやめ、子供におっぱいを諦め忘れさせることを断乳と呼ぶ。卒乳になるか、断乳にするか、また断乳にするならいつ頃実施するのかは赤ちゃんや家庭に寄って千差万別で、ネットにはたくさんの体験談が散見される。
 
世間では、離乳食が完了する一歳~二歳ごろに断乳する子が多いようだ。確かに息子が二歳になってから「まだおっぱい飲んでるの?」と茶化されることが多くなった。二歳といえば、しっかり歩けるようになり、言葉もずいぶんと豊富になり、いわゆる「赤ちゃん感」が薄れてきた頃ではある。それと共におっぱいも卒業する、そんな風に考える人が多いことを端的に示している事象だろう。ただ、私はよほどのことがない限り断乳するつもりはなかった。息子の意志に任せて、息子本人が「もうおっぱいいらない」と思うまでは、存分に飲ませてあげようという心づもりでいた。インターネットとは便利なもので、一歳前には断乳・卒乳した子のエピソードもあれば、小学生になるころまでひっそりとおっぱいを飲み続けた子の話も見つけることが出来た。またユニセフが世界的には四歳ごろまで授乳するのが平均的なんて発表しているのを見たりして、うちの子まだ二歳だしまだまだだな、なんて思ったりしていた。
 
「ママぁ、おっぱー」
 
何より、ニコニコしながら息子が私に抱き着いてくる瞬間がたまらなく愛しかった。図体こそ大きくなったものの、0歳の頃と同じ顔でぴったりと寄り添う顔を見下ろして、この子の成長に力を貸しているのだと実感できることが誇らしかった。息子自身も、ジジババあたりに「いつまでおっぱい飲むの?」と聞かれると、「ゆーたん、ずーっと、おっぱいのむ!」なんて答えたりして、大好きぶりを全身で表現していた。
 
「いつまでも飲ませてたら大変なんだから、断乳したら?」
 
寝かしつけの度に、大泣きする度におっぱいにすがってくる息子を見て、夫が断乳を提案してくることがよくあった。その度に私は、インターネットの断乳体験談を引き合いに出して、断乳は大変なんだ、私だけではとても出来ない、パパが主導でやってくれ、私はおっぱいをあげることは苦痛じゃない、と反論していた。夫は私の反論を聞くといつも黙ってしまい、自分から断乳計画などを提案してくることはなかった。結局口だけじゃないか、夫は言うだけ言って、私はやりたくないことで私が大変な思いをするのはまっぴらだ、と思っていたが、今思うと私の迫力に気圧されていたのだろうなと少し反省している。でも、うとうとしながらしっかりおっぱいにしがみついてくる息子を引き離すなんてこと、果たしてこの私にできるのだろうか。悲しいことがあって大泣きした後、涙目で「おっぱいのんだら、かなしいのなおるかなあ……」なんて言われて、それを断れるはずがあろうか。いいやあろうはずがない。こんな可愛い子からおっぱいを奪うなんて残酷なこと、とても私には出来ない……。おっぱいは、私と息子をつなぐかけがえのない大切な絆なのだ。
 
このまま、ずっと幸せに授乳を続けるのだろうなと思っていた。
いつかこの子が必要としなくなる日が来るまで、それは続くのだろうと思っていた。
 
あの日、妊娠検査薬の陽性を目の当たりにするまでは。

 

 

 

青天の霹靂なのかといわれると、そうではなかった。
 
「………………陽性だ」
 
そろそろ二人目の子供が欲しいね、なんて夫と話していて、基礎体温を計るなどなど、出来る範囲での妊活をしていたので、妊娠検査薬の陽性反応は予想の範囲内だった。妊娠検査薬は、スティック状のキットに尿をかけて薬品の反応を観察する。薬というより検査キットと言った方が意味合いは正しいのかもしれない。とにかく妊娠検査薬が妊娠の兆候を示す表示をしていて、私ははやる心臓が口から出ないように気を付けながら、夫に報告した。やった、二人目。いよいよだ。浮かれる私達を見て、もうすぐ三歳の誕生日を迎える息子がトコトコと近付いてきた。何も知らない息子は無邪気に笑いながら、両手を差し出してくる。
 
「ママ、おっぱい」
 
喉の奥に苦い味がしたような気がした。世間では、次の子を妊娠したら、お腹の子に影響が出ないように、上の子は断乳するのが一般的だそうだ。インターネットで断乳や卒乳についてよく調べている私がそのことを知らないわけがなかった。
 
次の子を妊娠したら、断乳。お腹の子に悪影響。
 
「…………うん、おっぱいね」
 
かといって、今この瞬間から急に断乳するなどとても無理だった。息子は理不尽な仕打ちに泣き叫ぶだろう。新生児の頃から見て四倍以上重くなった息子を抱き上げると、息子は無邪気に私にしがみついてきた。クッションにもたれかかって授乳をする。ふわふわの頭を撫でながら、断乳、悪影響という言葉がずっと頭の中を回って離れなかった。
 
インターネット検索によれば、上の子の授乳が胎児に影響を与えるかどうかは完全に立証されたわけではないらしい。産後、母体を通常の状態に戻す作用として、授乳をすると子宮を収縮させるホルモンが出る。その収縮作用は好ましいものではないから、授乳はやめた方が良いだろう、ということらしかった。その説そのままに断乳を敢行するママはたくさんいたが、それと同じくらい、下の子が生まれるまで授乳をし続けた、という体験談も見つかった。どちらを信じればいいんだろう。もしかして、息子への授乳を続けることができるのかな? 期待が頭をもたげたが、息子の時にもお世話になった産科に初診に行くと、あっさり「断乳してね」と言い渡されてしまった。
 
「ゆたか、もう三歳になるんでしょう? じゃあもう大丈夫だよ」
 
再会が嬉しいはずの院長先生に言われた言葉が肩に重くのしかかってくるようで、帰りの足取りは重かった。断乳しないといけないのか。できるだけ早く。新しい命の為に。あんなにおっぱいが好きな子なのに、ずっとおっぱいのむ、って言ってる子なのに、卒乳じゃなくて断乳しなきゃいけないのか。大丈夫かな。夫は助けてくれるかな。大丈夫かな……。
 
腑に落ちない気持ちの方が八割ほどだったが、医者の指導というのは私にとって効果テキメンだった。何かで読んだ、カレンダーで断乳日に印をつけて、一日ずつ確認していく方法をとることにした。お気に入りのキャラクターのシールを持ってきて、息子のフワフワの頬にすがるようにしながらゆっくりと話す。
 
「ゆーたん、三歳のお兄ちゃんになるから、もうおっぱいはおしまいになるんだよ」
「…………」
 
リアクションをしない息子。話の内容が気に入らない時はわざと聞こえないふりをするので、今もそうなのだろうか。断乳するにしても、下の子におっぱいを取られた、と思わせてしまうのは嫌だったので、三歳になったから、を理由として推すことにした。お誕生日がこの日。おっぱいおしまいの日はこの日。三歳のお兄ちゃんになって、いろんなものが食べられるようになったから、おっぱいはもうバイバイなんだよ。この日まではたくさん飲めるからね、それまでいっぱい飲もうね。
 
「おっぱい、のめるの?」
「うん、今日は飲めるよ。この日まで飲めるよ」
「ゆーたん、おっぱい、のむ」
 
幼児なりの険しい顔がふわりとほどけ、嬉しそうな笑顔になった。何て嬉しそうなんだろう。今日からもうおっぱい飲めないと思わせてしまったのだろうか。私はまだまだ小さな体を抱き締めて、まだ飲めるよ、たくさん飲もうね、と何度も何度も繰り返した。
 
カレンダー式の断乳は、一日に一度、カレンダーを見ながらその日にシールを貼っていく。時間感覚がまだ一定でない子供にとって、「この日」と「今日」の間の空白が少なくなっていくのを見ることで、日の経過が実感できる、というアイディアだそうだ。息子は毎日カレンダーに向かい合い、神妙な顔でシールを貼った。夫もジジババも、この日でおっぱいおしまいだよ、と言い聞かせることに協力してくれたが、息子はどこ吹く風で、相変わらずおっぱい、おっぱいと言っていた。時々ぽつりと「ゆーたん、ずっと、おっぱい、のみたい」と言う。決まって私と二人きりの時なので、彼なりにTPOを考えて発言しているのだろう。あるいは、ママならこの決定を覆してくれるのではないかと期待しているのかもしれない。
 
「……おっぱい、ずーっと飲みたいねえ」
 
そんな時、私はそう言って息子を抱き締めてやるしかできなかった。
 
日が進むにつれて、息子は機嫌が悪いことが多くなった。遊んでいて思い通りにいかないと、癇癪を起こして物を投げ、大泣きした。そして「おっぱいのんだら、なおるかなあ……」と言いながら私のところにやって来る。まだ断乳前なので、要請にはできるだけ応じてあげたかった。彼なりに何か感じていて、それに必死に対処しようとしている、そんな風に私には思えた。彼にとっての解決策は、おっぱいを飲んでママに抱っこされることなのだ。その解決策を奪われる不安と戦っている。
 
本当に断乳しないといけないのかな。
つわりもないし、このまま続けてもいいんじゃないかな……。
だって、可哀想だよ、こんなに不安がって……。
 
心が揺らいでいた断乳決行三日前、寝起き前に夢を見た。出血して切迫流産状態になってしまい、医者や知人に「この子は大丈夫だよね?」と尋ねまわる夢だった。夢の中で私は、授乳が原因だもんね、今から断乳すればまだ間に合うよね、とすがるように先生に聞く。先生は重苦しい表情で首を振り、ダメだと思うよ、と呟く。そんなことはない、きっとどうにかなるはずだ、まだ間に合うはずだ……そう呟きながら、大丈夫と言ってくれる人を探して、どことも知れぬところを歩き回っている頃に目が覚めた。
 
「……生々しい……」
 
喪失感と焦りが、まるでそれが現実だったかのようにまだ私の中に残っていて、嫌な寝汗までかいていた。
 
小さすぎて姿が見えなかった、お腹の中の赤ちゃん。時々少しだけ腹が痛くなる以外には、まだ何も感じられない新しい命。今目の前で幸せそうに寝ている息子も、お腹の中のこの子も、等しく同じ私達の子なのだ。息子はもう立派に成長して、夫やジジババにも手をかけてもらえる。でもお腹の中のこの子は、私しかいない。周囲は私に気を付けろと言うしかできない。私が食べ物に気を配り、無理をしすぎないようにするしか、まだ姿も見えないこの子を守る方法はないのだ。ずっと息子のことを心配していたけれど、この子のことも心配してあげなくては。この子は息子よりもずっとずっと小さくて、か弱くて、息子以上に私にしか頼ることが出来ないんだ。
 
……しよう、断乳。
 
そう決めた瞬間、自分が昏い水底に沈んでいくような気がした。
 
かくして断乳の日はやって来た。私は断乳しなくてもいいんじゃないかという選択肢を失って、それでもまだ息子との断乳を感情的に受け入れられていなかった。最終日はいつものように授乳をして、いつものように添い乳で寝かしつけをして、何事もなく終わってしまった。息子は分かっているのかいないのか、特に名残惜しむわけでもなくあっさりと眠りについた。
 
今日もやはり「おっぱい、ずっと、のみたい」と言ってきた。明日の朝、きっと息子はまた「おっぱい」と言うだろう。おっぱいをあげたい、あげてしまいたい。言われるがまま、息子を抱き締めて、可愛いね、と眺めていたい。そんな思いが頭をもたげる度に、あの夢がまざまざと思い出され、私は打ちひしがれた。カレンダー式断乳の最後の仕上げは、おっぱいにマジックで絵を描き、おっぱいをおっぱいならざるものにすることだ。よし。やろう。可哀想だけど、油性マジックで汚れた乳首を息子の口に含ませるのは気が引ける。そういうネガティブ要素があれば耐えられる気がする。深夜、鏡の前で自分のおっぱいに油性マジックで落書きをした。へんてこな犬の顔を見て、なんだか笑えてきた。息子は明日これと対面して、なんていうかな……。
 
恐れていた朝がやって来た。息子は一応、今日からおっぱいはないということは理解しているようで、無意識に私の胸元をまさぐることはなかった。その代わり私と目が合うと、小さな囁き声で、おっぱいのみたい、と言ってきた。心が痛い。この子の要求にこたえてあげられないこと、ただそれだけが、私の何もかもを真っ暗なところに引き寄せていく。
 
「……ゆーたん、おっぱい、なくなっちゃったんだあ」
 
そう言いながら、落書きおっぱいを見せる。息子の顔から微笑みが消えて、まつ毛の長い瞳をまん丸に見開く。
 
「……ほんとだ。おっぱい、なくなっちゃったあ」
 
そう言ったきり、おっぱい、と言わなくなった。落書きおっぱいをしげしげと見つめ、私が服を直すのも見つめ、泣きもせず、怒りもせず、いつも通りころんと布団に寝転がった。完全に予想外の反応だった。もっと泣くかと思っていた。もっと怒るかと思っていた。あるいは単なる落書きであることを見破って、それでも飲みたい、というのかと思っていた。拍子抜けするような気分と共に日常が始まり、朝食を食べ、着替えをして、保育園がわりにジジババがやってきて機嫌よく過ごしていた。一度だけ、おやつの時間頃に「ママ、おっぱい……」と言いに来て、落書きおっぱいを見せると、「おっぱいなくなっちゃった……」とまた戻っていった。夜は夜で、ぐずることもなく、パパと一緒にあっさりと入眠した。
 
こんなもんなんだ……。
 
翌日も同じような様子だった。朝とおやつの時間に、おっぱいの様子を見る。落書きおっぱいをみて、なくなっちゃったと呟く。ネットで見かけたような、ずっと泣いたり、癇癪を起こしたり、という様子は全く見られなかった。あんなにおっぱい大好きと言っていた息子だが、そこまで執着していなかったということなのか。私や夫、ジジババは極力「おっぱい」という言葉を言わないようにしていたので、息子も三日、四日目ごろにはおっぱいの様子を見ることもなくなってきた。断乳は成功、順調に進捗している。これでよかったんだ、お腹の子が健やかに成長するために、これでよかったんだ……。
 
健気な息子の態度とは裏腹に、私は深夜、必死にネット検索をした。検索キーワードは「妊娠 上の子 授乳」だ。その中でも妊娠中、更には出産後も上の子と一緒に授乳をしていた人の体験談ばかりを探して、食い入るように読み漁った。ネット検索だから当然、そうした記事ばかりうまくヒットさせることが出来る。体験談は次から次へと現れる。片っ端から読んでいると、涙が止まらなくなった。断乳しなければよかった。体調が悪くなっていたわけでもないのに、言われるがまま断乳なんてしなければよかった。あんなに、あんなにおっぱいが好きな子だったのに、無理矢理それを奪ってしまった。今日一回もおっぱいの事を言ってこなかったのは、もうおっぱいのことを忘れてしまったんだろうか。それとも我慢しているんだろうか。インターネットのどのサイトを見ても、そのうちおっぱいのことを忘れます、とばかり書いてある。あんなに、あんなにおっぱいのことを好きでいてくれたのに、あの子はそれをあっさり忘れてしまったのだろうか……。妊娠しても断乳しなかった人たちが羨ましくて、ただただ泣くしか出来なかった。けれど、明日はおっぱいをあげてしまおうかと思う度に、あの夢の記憶が邪魔をして、また悲しく暗い気持ちに落とされるだけだった。
 
泣きはらした夜もやがて明け、また朝がやって来た。眠れなかった私は、隣で眠る息子の寝顔を眺める。寝顔は授乳してもしなくても変わらない、お地蔵さんのような顔だ。息子はいまどんな気持ちでいるのだろう。断乳したことを怒っているだろうか。それとももう忘れてしまったのだろうか。私から聞くことはできない。もしもう一度、息子が「おっぱい」という言葉を口にしたら、何と息子に答えよう……。そんなことを考えていると、息子がぱちりと目を開け、私を見るとニッコリ笑った。
 
「ママぁ……おっぱい」
 
ああ。何日ぶりに聞いただろう。
 
「おっぱい、のみたい」
「ゆーたん……」
 
忘れてない。この子はおっぱいのこと、忘れないでいてくれている。
 
「ママもねえ、ゆーたんに、もっとおっぱい飲んでもらいたかったよ……」
「おっぱい、のんでいいの?」
「ダメなんだって。ゆーたん、三歳のお兄さんになったから、おっぱい美味しくなくなっちゃったんだって」
「じゃあ、ゆーたんが、おさとう、ぱらぱらーってする!」
 
息子はぱっと起き上がると、虚空を掴んで、私の胸に見えない砂糖をたっぷりと振りかけた。茫然とする私を見て、得意げににっこりと笑ってみせる。
 
「もう、だいじょうぶだよ!」
「……ゆーたん……」
 
笑ってしまった。おっぱいに砂糖をかけたから、また美味しくなって、飲めるようになる。大好きなものを奪われてしまったのに、怒るでなく泣くでなく、笑いながら提案してくる息子。なんていじらしいんだろう。なんて真っ直ぐなんだろう。ただただ可愛くて、愛しくて、息子を抱き締めるしか出来なかった。涙が昨日の夜よりも更に土砂降りに溢れてきて、止められそうにもなかった。私は断乳の悲しみで、真っ暗などん底にいるような心地でいたけれど、この子はいつも前を向いている。不貞腐れることなく、どうしたらいいかな、と考えて私に提案してくる。三歳になったばかりの小さな息子の心意気は、どんな星よりも太陽よりも眩しく輝いているようだ。私はその光が、暗闇の中にいる私の気持ちを照らしてくれるのを感じ、また泣いた。

 

 

 

「おっぱいおさとう」から更に数日たったが、息子は相変わらずおっぱいを諦める様子はない。落書きが薄くなって来たら、それが消えればまた飲めるようになるのか、と聞いてきたり、ちょっとだけ試してみようか、と言ったり。三歳になったからおっぱいおしまい、と言い聞かせているので、二歳に戻っておっぱい飲む、と言ってみたり。他に誰もいないときにこっそり聞いてくるのがまた可愛らしい。どの提案も否定せざるを得ないのだが、息子は腐ることなく、そうかあ、と受け入れる。そして時々おっぱいを眺めて、照れくさそうに触って、ほおずりしている。まだまだおっぱいのことは忘れそうにないが、断乳はひとまず成功したと言っていいのではないだろうか。
 
もしも、息子が泣き叫んでいたら、私は心が折れてしまっていたかもしれない。何よりも息子が頑張ってくれたから、私は乗り越えることが出来たのだと思っている。
 
息子よ、どうかその小さな胸に燦然と輝く光を、誇らしく掲げて生きていってほしい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
https://tenro-in.com/category/doppelganger-company

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2020-07-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.88

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