週刊READING LIFE vol,109

クローゼットの片隅に押し込めたもの《週刊READING LIFE vol.109「マフラー」》


2020/12/31/公開
記事:秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
クローゼットの中はまるで朝の通勤電車だった。
服と服が押し合って潰れ、それでも無理やり押し込めたものだから、袖やフードが変な方向に曲がっている。
 
近いうちに引越しをする。ちょうど良い機会だから断捨離をしよう! と、気合いを入れて扉を開けたのはよいが、これは骨が折れそうだ。ここ数年見た事もないようなコートが奥の方で息苦しそうにしている。いったい何着あるのだろうか……。自分のいい加減さに呆れながら、とにかく出さなければ始まらないと、クローゼットから服を救出していく。
 
誰かの結婚式で1回着ただけのドレス。
運動するぞと意気込んで買った、まだタグのついたウェア。
すっかり年季の入ったお気に入りのスカート。
 
あぁもったいない、なんて呟きながら、右へ左へ選別していく。もう大人なんだから、次はちゃんと吟味して買おうと反省するけれど、毎年、同じように誓っては反省している気がする。成長しない自分にがっかりだ。深いため息と共に視線を落とすと、ふと視界の端っこに何か白いものが映った。
 
「あれ、これなんだっけ……」
 
クローゼットの一番奥。右の隅っこに、白い袋がある。よく見ても思い出せない。手にとって感触を確かめる。ビニール越しでも、もふもふとして柔らかい。これはたぶん毛糸だと思う。いつか何かに使った残りだろうか。何故こんなところに毛糸が入っているのか。不思議に思って中身を覗くと、思った通り中身は毛糸だった。
 
綺麗な藤色と山吹色のマフラー。
それは、おばあちゃんの手編みのマフラーだった。
 
意外な物が出てきて驚く。そういえば、3年くらい前にもらったのだ。祖母は、ボケ防止にもなるからと細々と手先を動かすことが大好きで、その年は空前の編み物ブームだった。久しぶりに遊びに行ったら山のようにマフラーが出てきて、好きな色を持っていけと渡してくれたのだった。どれも淡い金平糖のような色をしていた。
 
正直、小中学生ならともかく、こんな可愛い手編みのマフラーを30を過ぎた私が、どこに巻いていけばいいのかと思ったが、せっかく編んでくれたのだし、仕方なく2本選んで持ち帰った。そして結局、1度も巻くことなくクローゼットの奥に押し込んでいたのだ。
 
久しぶりに袋から出してみた。
やっぱり色は淡くて可憐で、絶対に自分には似合わないと思う。それに、短くて細い。この先も絶対に首に巻くことはないだろう。この際、処分しようか。でもせっかくもらった「手編み」の「プレゼント」を捨てるのか? それに、おばあちゃんはもういないのだ……。迷いに迷って、また私はクローゼットの奥に白い包みを押し込んだ。

 

 

 

祖母が亡くなった時のことを私は今も後悔している。
マフラーをもらった翌年のことだったと思う。叔父から連絡があって聞いた病名は、完治が難しそうな名前だった。余命も1年と聞かされた。離れて住んではいたけれど、車なら1時間もかからない。お見舞いにも気軽に行ける距離のはずだった。けれどその頃の私は、父の病気とリハビリ、よく熱をだす2歳の長男の育児にいっぱいいっぱいで、心の余裕を全く持ち合わせていなかった。なにかと理由をつけてはお見舞いを回避し続けていた。
 
1年を待たず、祖母は旅立ってしまった。
 
私はついに、たった1度しか病院に行かなかった。既に80を超えていたし、仕方がないといえばそれまでだけれど、やはり後悔した。最初で最後のお見舞いで、看護師さん相手に「うちの美人で自慢の孫だ」とババ馬鹿ぶりを発揮していたこととか、「最後の最後でこんなところに入っちゃって、情けない!」と悔しがる姿が思い出されて辛かった。もっと、お見舞いに行けばよかったのに。理由ばっかりつけて逃げていた。忙しかったから……。そうかもしれない。もっと単純に「死」の臭いを感じてしまうのが怖かったのかもしれない。あの頃は、それを正面から受け止められる気がしなかったのだ。
 
人との別れはいつも突然で、あの時こうすれば良かったとか、あんな事しなければよかったとか、後悔ばかりがつきまとう。「たられば」を言っても何にもならないと分かっている。納得のいく別れなんて存在しないのだろうと思う。だけど、思わずにはいられない。後になればなるほど些細なことを思い出しては、後悔する。自分の都合ばかりで進んでいく、生きている自分の冷たさにゾッとした。私には何かが欠けているのだろうかと思った。

 

 

 

引っ越して1年が経ったある日、また白い包みを見つけた。
1年ずっと片付けられずに押し込んでいた、クローゼットのダンボールの中から。つけることは無いと思いながら、引越しの荷物にも入れたマフラー。祖母への罪悪感も後悔も一緒に押し込んだまま連れてきた。ずっしりと重たい毛糸の塊。
 
恐る恐る包みを開ける。
中には藤色と山吹色のマフラー。
変わらない優しい色でふわふわと柔らかい。
 
手にとって目をなぞるように指を滑らせた。編み目は滑らかで、均一に整っている。目が詰まったり、緩んだりすることはなくて、ただ穏やかに編み目は進んでいく。私も母に習って編み物をしたことはあるけれど、平らに、まっすぐ編んでいくことすら難しかった。すぐに目が詰まったり、だらけたりした。私の性格そのものといったひどい出来栄え。気に入らなくて何度か解いてやり直したものの、祖母のようにこんなに綺麗にはならなかった。どんどん意地になってムキになった。
 
「肩に力が入りすぎだわ。そんなに糸ひっぱらんの!」
 
母と祖母の声が肩を叩いたような気がした。
欠けているんじゃなくて、多すぎだったんだろうか。
 
祖母は、穏やかな気持ちでマフラーを編んでくれたに違いない。いつも座っていた縁側の陽だまりの中で、静かな愛情を編み込んでくれたのだろう。なかなか会いに来なかった孫を怒ってないなんて、都合のいい解釈かもしれない。いつもポケットに10円玉をいれて、私に電話をかけようかどうか、公衆電話の前で悩んでいたらしい。私の事情は全て分かっていて、ただ沈黙していてくれたのだ。
 
解いてやり直せるのなら、このガタガタになった編み目をまっすぐに直したい。
だけど、どんなに糸を引っ張っても、時間だけはどうしたって元に戻らない。
どんなに歪んでも、失敗しても、前へ前へと進むしかないのだろう。
だったらせめて、この先の道をゆっくり丁寧に編み込んでいこう。
 
祖母のマフラーが、私らしくない淡くて優しい色ばっかりだったのは、ちょっとは力を抜いて、優しい顔しなさいよって意味だったのかもしれない。毎日の忙しさに目を釣り上げてばかりいないで、金平糖でも食べてふわふわと笑いなさいよって事だったのかもしれない。
 
クローゼットの奥に押し込んでいたマフラーは、私の小さな罪悪感も後悔もぐるりと包み込んでくれるようだった。おばあちゃんの手編みのマフラーは、短くて細い。けれど、とても力強く私を温めてくれた。
 
だから、迷いに迷って、ついにマフラーを手放すことにした。
丁寧に包み直して、改めてお別れを言った。
 
マフラーの向こう側で、おばあちゃんがニカッと笑ったような気がした。

 

 

 

冷たい風が吹く会社からの帰り道。
みんながぎゅっと肩をすぼめて歩くなか、私だけはウキウキと歩いている。ちょっとニヤニヤして、端から見たら気持ち悪い人かもしれない。カバンには、ついさっき買った新品の手帳が入っている。
 
来年はどんな1年にしようかな。
新しい手帳を買うとまず考える。来年こそは夏にキャンプに行きたい。旅行にも普通に行けるようになるだろうか。そうしたら子ども達を連れて、もっと実家にも顔を出そう。
 
そうだ! 2人目のひ孫を連れて、おばあちゃんのお墓まいりにも行こう。
 
新しい手帳に全部書き込んでおこう。
来年を共にする、優しい藤色の手帳に。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。
2020年8月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年12月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
頑張る誰かの力をそっと抜いてあげられるような文章を書けるようになることが目標。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-12-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol,109

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