週刊READING LIFE Vol,96

中国で経験したコミュニケーションツールの使い方《週刊READING LIFE vol,96 仕事に使える特選ツール》


記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
2016年1月、中国企業へ出向して1週間ほど経った頃のことだ。仕事を終えてホテル近くのレストランで遅めの食事をとっていると、電話が鳴った。職場の通訳からだ。
 
「あぁ、すみません。毛(マオ)さんから確認してほしいと言われて電話しました。工程に送っている水の温度なんですが、何℃まで下がっても大丈夫ですか?」
 
どうやら何かトラブルが起きたらしい。
 
「20℃くらいまでは大丈夫です。何かトラブルが起きたんですか?」
「確認してくれと言われただけで、詳しいことは分からないです。20℃ですね。ではそう伝えます」
 
そう言って電話は切れた。
 
何が起きているんだろう?
温度が下がることを心配していたけれど、どれ位の速さで下がっているんだろう?
 
聞きたいことが色々ある。
 
けれども通訳を介してだと、しかも電話だとあれこれ聞くことができない。
どうしようか?
 
自分はまだ直接本人に電話で確認できるほどの中国語力は持ち合わせていない。でも文字ならお互いの意図は何とか伝えられるかもしれない。
 
ちょっとドキドキしながら、私は1週間前にインストールしたばかりの中国のチャットアプリを開いて、毛さんに友達申請をした。
 
しばらくすると、友達申請を受入れたというメッセージが送られてきた。
 
「温水が漏れたの?」と中国語で打ち込んで送ると、「そうです」という返事とともに、写真が何枚か送られてきた。
 
察しのいい彼は、今の温度の状態や、温度がどんな風に下がってきているのかが分かるグラフの写真も一緒に送ってきてくれた。
 
写真で状況が分かるので、判断がしやすい。
夜中の修理は危険なので、夜が明けてから作業を開始するが、今の温度の下がり方ならば、それまで待っても生産には影響しないだろうということが分かった。
 
それにしても、これは何と便利なツールなんだろう。日本で働いていた時は、生産に影響しそうなトラブルが起きると、まず電話がかかってきたものだ。状況を色々聞いてみるが、イメージがしづらい。結局、夜中だろうが出先からだろうが、現場に駆けつけて対応することが多かった。
 
今回も、もし通訳を介しての電話のやりとりだけだったら、どうだっただろう? 私が聞きたいことを通訳が書き留め、一旦電話を切り、次に通訳が相手の毛さんに電話をかけて私の用件を伝え、現場の状況を聞き取る。そしてまた、私に電話をかけ直してそれを伝えなければならない。
 
日本でだって、現場の担当者と直接電話で話しても状況が把握しづらいのに、第三者を介せば尚更だろう。それに、通訳だって自宅でくつろいでいる時間なのに、何度も何度も電話でやりとりしてもらうのは気がひける。
 
それがチャットアプリなら、ほぼリアルタイムでやり取りができるし、写真や動画を送ることができるから、それを見れば大体の状況が分かる。
 
「日本の職場でもこういうのを使っていたら良かったのに」と思った。
 
写真や動画を送信できるだけでなく、グループチャット内で情報を同時に多くの関係者へ共有できるのもいい。
 
工場で停電などの大きなトラブルが起きた時、短時間で多くの情報を把握して迅速な判断が要求されるが、日本では電話かトランシーバーを使ってのやりとりだ。そして、受け取った情報をホワイトボードに整理していた。
 
回線が限られているから繋がらないこともあるし、皆現場対応に出払っていて、電話に出ることのできる人が少なく、すぐに応答できないこともしばしばだ。
 
それに加えて、複数の管理職や他の部署から問合せの電話も入ってくるから、電話応対だけでてんてこ舞いになる。
 
「なぜすぐに電話に出ない!」とお叱りを受けるが、そうしたくてもできない事情があるのだ。
 
ところが、グループチャット機能を使えば、そういう無駄がないし、お互いイライラしない。
 
「送水ポンプは1台停止中」
「排気ファンは正常」
「今の圧力は○○Paです」
「これからポンプ動かします」
「ちょっと待って。先にバルブの状態を確認して」
 
そんなやり取りが次々上がってくる。何という効率の良さだろう!
文字情報として記録に残るのも便利だ。
 
言葉の分からない外国人でも、文字だったら辞書を引けば何とか理解できる。こちらから発信したい時も、翻訳ソフトを頼れば何とかなる。
 
それ以降、このチャットアプリは私にとって最強のアイテムとなった。
 
中国企業に出向して最初に中国人上司から指示されたのが、このチャットアプリのインストールだった。
 
「業務連絡はほとんどチャットで行われるから。インストールしたら、私に教えてね」
 
そうしてインストールしたのは、中国のチャットアプリ「Wechat」だ。プライベートで使うチャットアプリで、仕事の連絡もする という感じだ。日本で言えば、いつも使っている個人のLINEやメッセンジャーで社内の人と繋がり、個人間やグループチャット内で業務連絡をするといったイメージだ。
 
だから、情報セキュリティ上は問題がある。グループチャット内には、退職したメンバーがそのまま残っていたりする。
 
「あぁ、これじゃあ、便利だけど日本では導入は難しいかもな」と思った。
 
しかし、その後「企業用Wechat」が導入された。個人用には無い機能や情報セキュリティ面も強化されている。例えば、退職したら、メンバーから外れるのでチャットの内容を見ることはできない。
 
社内の電子申請もこれを使ってできる。上司が出張していても、所定のフローにのって申請し、一報入れておけば、上司は出張先から内容を確認することができるのだ。従って、決裁が滞ることがない。
 
さらに、在席中か離席しているか、既読かそうでないかも分かる。
とにかく、コミュニケーションが効率良くできる点が魅力的なのだ。
 
最近は日本でも、働き方改革やリモートワーク化の影響で、こうした企業用のチャットアプリを導入する企業が増えているという。メールよりもリアルタイムでコミュニケーションできるし、離れた場所に居ても情報を共有できるメリットがある。
 
しかし私は、実際に中国で使ってみて、注意したい点が大きく分けて3つあると感じている。
 
ひとつは、グループチャットの管理だ。せっかく便利なグループチャットなのに、そこに本来加わるべき人が加わっていないことがある。テーマ毎に多くのグループチャットが存在するが、グループ管理者がうっかりして、或いは故意に本来入れるべきメンバーを入れていないと、必要な情報が必要な人に届いていないということが起こる。
 
しかも、情報はチャット内でやり取りされていくので、外から見たら「サイレント」な状態なのだ。リアルに言葉を交わしているのを見聞きしたり、会議で話題が出れば、何となく状況が分かるものだが、チャットで文字だけで情報が交わされていると、雰囲気もつかめない。本来、情報の抜け漏れを防ぐはずのグループチャットなのに、メンバーに入っていないと全く蚊帳の外な状態になってしまうのだ。
 
2つめは時間管理だ。チャットはいつでもどこでも気軽にできる。それゆえに、昼夜、休日お構いなしに流れてくる。家でゆっくりくつろいでいる時間や、休日遊びに出かけている先で、上司からのお小言や業務連絡が入ってきたら、どんな気分? 一気にテンションが下がるだろう。
 
私が勤めていた中国企業では、日本のような「働き方改革」の考えはまるで無かったから、思いついた時に、思いついたままのメッセージを機関銃のごとく送ってくる上司が多かった。自分宛のメッセージではなくてもうんざりするのに、名指しで送られた人はどんな気分だろう? 日本だったら、そのメッセージを見て応答した時間は勤務時間になるだろう。
 
3つめはコミュニケーションの質の問題だ。その中でも、使い方と何をどう発信するのかに気を付けたい。
 
チャットとはいえ、「おしゃべり」とは違う。あまり内容のないメッセージが大量に流れると、本来の用件が分からなくなってしまう。とはいえ、例えばリモートワーク等で顔を合わせる時間の少ないメンバーと、ちょっと心が触れ合うようなやりとりをしたいということもあるだろう。どういう目的で、どんな使い方をしたいのか? それを最初にはっきり決めておくのがよいと思う。
 
既読の機能も、賛否が分かれるところだ。私自身は、ビジネス用のチャットであれば、既読機能が有った方が、メッセージを送った側としては安心できる。メッセージを送る側、特に上の立場の人間が少し気を使えば良いのではないかと個人的には思っている。
 
実際中国で使っていた時、本当に重要なメッセージで、皆がちゃんと受け取って内容を理解したことを確認する必要がある時は、既読機能が有ろうが無かろうが、上司はメッセージの最後に「メッセージを受け取ったら返信して下さい」と打っていた。そして、しばらく経っても返信が無い部下には、返信を促していた。
 
一方で、何か訓示的なメッセージ等、微妙に反応に困るメッセージが送られてくるのも確かだ。そんな時、即座にレスを返す人が必ず何人かは居るかと思えば、やっぱり反応しておかないとマズイかな……と思っている人も居る。このあたりの空気感は、日本も中国も同じだ。
 
けれども、本当に響いて欲しかった部下からのリアクションが無ければ、上司はその部下を名指しでもう一度メッセージを送ってきたりするから、日本よりは分かりやすい。
 
要するに、誰に向けたメッセージなのか、即レスが要るのか要らないのか、はっきり伝えることで、無駄に「OK」「了解」のスタンプが乱れ飛ぶことを防げるのではないかと思う。
 
さらに気を付けた方が良いと感じるのは、「文字だけ」だと相手の表情が見えないゆえに、とても不安にさせることがあるということだ。特に、相手にとって「耳障りな話」や「耳の痛い話」をする時は要注意だ。
 
私も、上司から何か「不穏な」空気を感じるメッセージが飛んでくると、「あぁ、やばい。怒ってるのかなぁ」等と気が滅入ったものだ。同僚達と、「これ、どういう意味だろう? カンカンなのかなぁ?」等と話しながら上司のもとへ行ってみると、全然大したことなくて、「何だよー、それまで気をもんでストレス感じまくったじゃないかよー」ということがしばしばあった。
 
電話なら声の調子で分かるし、顔を見て話すなら、表情や動作などから、ニュアンスが伝わるが、文字だけだとそれは伝わらない。
 
それを補うために「顔文字や絵文字を使う」という手もあるが、それもまた相手との関係性次第。いくらニッコリマークがついているといっても、それで100%安心するかというと、そうとも限らない。
 
思い違いも発生しやすい。
こちらは「そんなつもりじゃなかったのに」と思っていても、文字面だけから違う受け止め方をされて、ギクシャク……ということもある。
直接話していれば、相手の表情で判断できたり、その場で誤解を解くこともできたのに。
 
だから、相手にとって「聞きたくないような話」、自分にとっては「言いにくい話」であればあるほど、伝え方を工夫しなければならないし、私自身は、そういう場合はやはり対面でも電話でも、直接会話を心がけたいと思っている。お礼や謝罪も同じだ。文字で済まさず、直接伝えたいメッセージだ。
 
日本でも、これから益々ビジネス用のチャットアプリ導入は進んでいくのだろう。どういう目的で、何を効率化したいから導入するのだという目的がしっかりしていれば、とても使えるツールになると思う。
 
特に冒頭に紹介したような、トラブル発生時の対応に対しては導入によるメリットが大きいと思う。一方で、こうしたアプリの導入で、コミュニケーションの方法がお手軽になればなるほど、コミュニケーションの中身は、より生産的で気持ちのよいものになるように活用していけるといいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。
2019年末に20年以上の会社員生活に終止符を打ち、2020年に独立。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。
もともと発信することは好きではなかったが、ライティング・ゼミ受講をきっかけに、記事を書いて発信することにハマる。今までは自分の書きたいことを書いてきたが、今後は、テーマに沿って自分の切り口で書くことで、ライターズ・アイを養いたいと考えている。

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2020-09-22 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,96

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